酒から神が生えまして
拝啓、大好きだったおじいちゃん。その後そちらの生活はどうでしょうか?
私はあこがれだった美容師の仕事を始めて、いくつかお店を変えたけどやっと落ち着いて今では店長の助けに慣れてるかなって自負できるくらいには成長してます。ってたぶんおじいちゃんなら見ててくれているんだろうけど。
ところでおじいちゃんが昔話してくれていた龍神さんに出会いました。
白銀のきれいな白い姿で、びっくりしたけどおじいちゃんの話を思いだして今では仲良くさせてもらってます。
今日はその話をちょっとさせてもらうね。
あれは仕事が忙しくて一人暮らしの家に帰ってから何にもやる気が起きなくて、閉店前のスーパーに駆け込んでなんとか割引のお惣菜を買って帰った日のことだったかな。
今思い返してみたらあの日はおじいちゃんの命日だったんだね。後から思い出すような薄情な孫でごめんね。きっとおじいちゃんが繋いでくれた縁だったのかな?ありがとね。
とにかくなんとか一人暮らしの部屋に帰った日のことだった。
「あ”ぁ~~マジしんどっ!自分で選んだ道だからさ!まぁ別にいいんだけど!でも疲れないかどうかは別なのよ!」
シャワー上がりの髪をパンパンとタオルでたたきながら、2DKに配置したローテーブル
とソファの間に座り込んでソファの座面に肘だけ乗せて天井を仰いだ。
「あ~~伸びる伸びるぅ~背中にきくぅぅぅ~。」
温まった体を何とも手抜きな方法でほぐしつつパックされた総菜たちをテーブルに解き放っていく。きっとどこかのパートのおばちゃんが作ってくれたであろうお惣菜を前に、揃えた両手の親指に割り箸を挟む。
「いただきます。」
パキンと乾いた音に一口ポテトサラダを口に頬張る。しんなりとしたキュウリがポテトと馴染むといえば聞こえがいいけど、時間がたったそれはただ萎びているのと何が違うんだろう?
今の仕事で給料上がって思い切って契約更新に合わせて引っ越したちょっと広くなった部屋。一人でいるにも慣れたけど、ちょっとまだその空気が冷たいのは気のせいじゃない。
「くそぉ~年齢=彼氏なしだよ畜生~!ほっとけ!」
誰に言われるわけでなくてもないの玖悪態ばかりが口に出る。
片思いがなかったわけじゃない。でもそれに打ち込むよりも自分の技術を磨くのに必死だった。お客さんにナンパされたとか耳に入っても他人事だった。合コンに誘われるより着付け教室に通ってスキルを増やす方が良かったし、はやりのドラマ見るよりカリスマ美容師のカット術とか今年トレンドのヘアアレンジ動画を見る方が意味のあるような気がしてた。
そんな中でも頑張れたのはあこがれてた店長にちょっとでも役に立ちたかったから。
きっと今思えばそれが小さな恋心だったのかもしれないんだけど、自覚するとか何とかの前に店長は後輩ちゃんとできちゃった結婚することになってた。情けないことに何にも知らなかったの私だけなんだよね。
憧れの人の吉報がショックなのか、職場の微妙な空気をつかめなかった鈍い自分にショックなのか……。けれども転職するほどの理由にはならなくて。パーマや染髪の薬剤が体協に影響だとかなんだとか気にした店長が早々に彼女を退職させちゃったとかでこっちはしわ寄せに増えた接客と彼女の自称ファン?からの愚痴に対応したりと世話しなかったんだから多少の文句は許してもらってもいいと思う。
「っていうか許せよ。お前ら幸せなんだろ?帰ったらあったかいお風呂が沸いてておいしいご飯があって、きゃっきゃうふふでラブラブしてるんだろ?こちとら理不尽な愚痴と増えたしことでてんやわんやだ畜生め!」
きゅっぽん!といい音立ててとくとくと注いだ焼酎ロック。
「んあ”~~効くぅぅぅ~!」
カッと喉を熱くする酒が喉を通ったら芋わずため息がこぼれた。
「鶴亀鶴亀鶴亀鶴亀!はぁ、愚痴ったってしょうがないもんね。」
【ほう!最近の若者にしては殊勝ではないか!口浄のまじないも久方ぶりに聞いたわい。】
「若者って言ってもいいのかなぁ?もうすぐ30だよ?って、だれ!?」
唐突に聞こえた男の声に周囲を見回す。部屋の四隅や天井に異常は見られないし違和感もない。植木とかも置いてないからカメラやマイクを仕掛けられているとも考えにくい。コンセントや電源タップにも違和感はない。
きょろきょろとしていると不意に低いとこから声がする。
【こっちだこっち。】
正確には手元のあたりから。
【慣れた気配がすると思って久しぶりに出てきてみればどっかで見たか?や、青白い頭の知り合いはおらんがなぁ?】
「青い頭……。」
髪のトップは地毛になじませたネイビー、色を抜いてアッシュにしたインナーカラーは上下二段に分けて上は青、下の襟足はアッシュを残したまま毛先だけ水色にしたグラデーションは我ながら渾身の自他ともに認める派手髪である。
そんな派手髪の私をコップの中から見上げているのは白い龍頭。爬虫類独特の目がコリらをじっと見ている。氷の上に座りながら。
しかもお坊さんが来ている袈裟?見たいな柄が入った白のパーカーに水色の七分丈と思われる絞りのズボン?着ているお尻から生えてると思われる蛇みたいな白い尻尾がコップの中におさまりきらずに向こう側のふちに垂れて、その先っぽには龍頭の鬣と同じ色の白い毛が一房流れている。桜の花びらが似合いそうな風体である。
ただしコップに生えていなければ。
【はっはぁ~ン。思い出したぞ。お前何度か辰雄の膝に乗ってたちび孫か。】
「ちびまご……。」
カッカッカとグ回に笑う様になぜか既視感がある。
【既視感があって当然だろう?お前は辰雄の晩酌に出てくるつまみ目当てに膝に乗ってじゃないか。わしが酒から出てくるたびに人形の服を持ってきたり鬣を梳こうと目をぎらつかせおっただろう。】
ほれほれ、と鬣の一部を三つ編みにした部分をひらひらして見せる龍頭。
【そう龍頭、龍頭と呼ぶな。儂は酒に宿りし付喪神が一柱、龍酔。杜氏は我らをひとまとめに酒神と呼ぶ。まぁ。龍酔でもご酒神さまとでも好きに呼ぶがいい。】
「龍酔ってこの焼酎の銘柄……?」
【いかにも。我らはとにかく数が多いのでな。わかりやすく銘柄を呼称としている。】
「我らってそんなにいるの?」
【いかにも。酒の数だけわれらは存在する。杜氏が身を清め祈り育て繋ぎ、産み落とした数だけ存在する。】
心なしかどや顔のご酒神さまである。
【時に辰雄は健在か?しばらく顔を見んが。】
「あ、えっと。」
なんて伝えたものかと思わずまごついてしまった。
気まずさを誤魔化そうと焼酎を飲もうとしたけど、どっかから生えてきたご酒神さまが陣取るコップを呷る気にならないので新しく持ってきた陶製のタンブラーに水割りを作る。まだ酔ってないよね私。うん。
【あぁ、逝ってしまったのか。我らが見えて儂とも恐れず話す喧しい男だったが……。そうか。】
「もう十年になるよ。そっちの世界では会ったことないの?」
口をつける前に龍酔の陣取るコップの端にタンブラーをカツンと当てて、なんとなく出た言葉に龍酔はきょとんとした。ちょっとかわいいなぁ。
【我らがいるのはあくまでも現世であって黄泉ではない。逝ってしまった者とは会えぬな。】
「そうなんだ……。」
【ところでちび孫。お主晩酌にしてはこの器は無粋であるし中身もなんというか生気の半減したものばかりではないか?辰雄はもっと良いものを食べておったぞ?】
「勝手にやってきて人の晩御飯に文句言わないでもらえますかねぇ、ご酒神さまぁ。」
どこの姑だよ。って結婚してないからいないけどね!畜生!
「鶴亀鶴亀鶴亀鶴亀。」
【ははっ!それも辰雄の口癖だな。よく悪態をついては口浄しておったわ。】
「こうじょう?おじいちゃんはよくない言葉をつぶやいた後はそう唱えたらなかったことになるって言ってたよ?」
【いかにもあいつが言いそうな……。人間は不平不満を言ったことでその対象を無意識に呪う。だからその呪いをなかったことにし、呪いの道具になった己の口に呪い返しが来ぬよう浄化するまじないの言葉だな。まぁ、子供にもわかりやすくするためにそう言ったんじゃろ。】
おじいちゃんの話をする龍酔さんは楽しそうだ。さっきから尻尾が左右に揺れている。
「そうなんだ……。ってか、おじいちゃんがいいおつまみ食べれてたのはおばぁちゃんが用意してくれてたからだからね!一人暮らしの社畜はこんなもんなの。」
タンブラーの水割りを一気に呷って磯部揚げを口に入れる。本当は唐揚げが食べたかったけど人気なのか割引が済んだ閉店前には残っていなかった。
【うまい酒にはうまい肴が欠かせぬものだが……。若者に酒の席で説教をすると嫌われるからやめておけと辰雄も言っておったし……ふむ。】
何やら独り言ちてるご酒神であるがそんなの気にするとご飯が覚めるので煮魚と揚げ豆腐を焼酎片手にぐびぐび流し込む。
【仕方ないな。では今から言うものを明日買ってこい。どうせ冷蔵庫もからなのであろう?】
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翌日。
「って、昨日言われたからスーパー行っても総菜買わずに言われた物だけ買って帰ってきたけど、昨日のが夢落ちとかだったら私の晩御飯ベーコンしかないなぁ。どうしよう。」
昨夜は龍酔さんとおじいちゃんの話で盛り上がって楽しくなって片付けもせず寝たら朝にはパックの殻はきれいに洗ってゴミ箱にあったし、コップとタンブラーも洗われてキッチンに伏せられていた。
だから夢落ちではないはず。私が夢遊病とか酒の勢いでとかじゃなければ。
なんて不安になって玄関扉を開けられずにエコバック片手にたたずんで早数分。
ガチャン!
【お主、こんなところでいつまで立っているんじゃ?はよぉ中に入らんか。お、言われたものはちゃぁんと買ってきたな。関心関心。】
「初めてのお使いみたいに言わないでよ。ってかこんなもの買ってきても私料理得意じゃないよ?」
玄関から出てきたのは龍頭日二足歩行のイケオジボイスである。ただ昨日のコップサイズと違って身長161cmの女子でもそこそこある身長の私が見上げるくらいには大きい姿の龍酔さんが百円ショップのエコバックを受け取るのはなかなかにシュールな構図に思えるもは私だけではないはずだ。
【安心するがいい。儂ら酒神はそれぞれの酒に合った料理を知っておるものだ。任せておけ。お主は風呂にでも入って疲れを落とすといい。】
意外な言葉に玄関で靴を抜出た動きが止まる。
「お風呂?」
【沸かしておいた。それから洗濯も済ませて畳んで置いたがやり方があっていなければ自分で直してしまうといい。畳み方は人によってこだわりがあると辰雄が言っていたからな。儂はお主と戦争する気はないがああも溜まっていては見かねた。】
「どっ!」
【ど?】
どこのスパダリだよぉぉぉ!大きさとかなんでコップに注いでもないのに出てきてるとかぎもんもあるけどそんなのどぁでもいいし!何なら洗濯物の畳み方なんてこだわりないからやってくれるだけで有難てぇぇぇぇぇ!
【すぱだり……?とはなんだ?まぁ、いい。はよぉ風呂にはいれよ。】
そう言って廊下の先にあるダイニングに足を踏み入れたら部屋が輝いている。
「まさか、掃除までしてくれたんですか!?」
【久々に体を動かしたくなっただけだ。うっかり調子に乗って神域にしてしまうとこだったけがな、まぁもんだいないじゃろ。】
キッチンに消えた龍酔さま(様呼びに格上げ)を見送ってダイニングの隣に続く寝室を開ける。うっかり神域とか何も聞いてない。私は何も聞いでないのだ!
開けた先のシングルベッドの上にはきちんと畳まれた洗濯物がいくつかの山になっておかれていた。その中からバスタオルと下着にパジャマをよけて残りはクローゼットにしまう。
再びダイニングを通る時には包丁のトントンと小気味いいリズムが聞こえてくるから、本当に料理ができるんだなって感心してしまった。
そんなわけで今日は久々にゆっくり湯船に浸かってヘアケアやボディメンテをしたらだいぶかかった気がする。料理って時間かかるから大丈夫だよね……?またせちゃったかな?
ちょっとおっかなびっくりでダイニングに戻るとそこはお腹をくすぐるいい匂いで満たされていた。
【良いタイミングで戻ってきたな。ほれ、座るがいい。】
指定されたのは昨日も座ったテーブルとソファの間。きれいに掃除されたそこにすとんと座ると大きなお盆で出される香りの正体たち
「な、なにこれ!」
【ふむ。バター醤油でソテーしたベーコンを切ったアボカドに乗せたアボベーコン、新玉とブロッコリーのマヨネーズ焼き、春キャベツとあさりのペペロンチーノはんぺんに大葉、ベーコン、チーズの挟み焼きだ。】
「え?洋食?和食じゃなくて?」
【なんだ?和食が良かったのか?若い者は洋食を好むと辰雄は言っていたが……。まぁいい。和食がいいならまた作ってやる。】
「あ、や、和食ももちろん食べたいけど、焼酎の神様だから和食しか作れないと思ってたからびっくりしたっていうか。ご酒神さまってこんなこともできるなんて凄いですね……。」
【なんで今更敬語なんじゃ?】
なんとなく、なんか圧倒されて思わず。
【まぁ良い。覚める前に食うがいい。】
そう言って握らされた朱塗りの箸にロックの焼酎。もちろん銘柄は龍酔だろう。当のご酒神さまは優雅にソファに腰を落ち着けてしまった。
「ありがとうございます!いただきます!」
食べたものの味はもちろんおいしかった。言わずもがな酒も進むというもので。すっかり酔いのまわった私はお日様と柔軟剤の匂いに包まれてベッドの住民である。
【まったくデカくなったのは図体ばかりだの、ちび孫。」
「ちびまごじゃなひろん、下酔尾りこ……りこやよ。」
【酔いすぎじゃぁろうに舌が回っとらんぞ……。まったく。】
ご酒神さまのぼやきが遠くに聞こえた気がしたけどそんなことはどうでもいい。今は、このまどろみを……。
よく朝、テーブルに置かれたベーコンアスパラエッグに歓喜するのはまた別の話である。
おじいちゃん、そちらでは大切だった人には出会えましたか?まだまた我が家にはおばぁちゃんが必要なので、どんなにおばぁちゃんが大好きでも、もう少し待ってて見守ってくださいね。
私はおじいちゃんのおかげでできた龍酔さんとのご縁を大事に今日も頑張ります!!
ご覧いただきありがとうございます。
久しぶりの投稿でドキドキしてますが楽しんでいたはだけたら幸いです。これを期に連載も少しずつ再開できればと思います。
この作品はx(旧Twitter)にて制作したイラストをネタに書いてみました。龍酔さまのイラストを投稿しておりますのでぜひそちらもご覧いただけたら嬉しいです。
X(旧Twitter)@RISEmakino_iras
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