6.March
大学の合格発表、よくテレビで見る様に大学構内に張り出された合格者の番号を探すなんて事はせず、県外を受験した私は家でスマホを両手で持ってドキドキとしていた。私のすぐ後ろで母が両手を合わせて祈っていた。「大丈夫大丈夫。受かってる受かってる」なんて私を勇気付けようとしているのか自分に言い聞かせているのか謎だけれど、親としてもドキドキするものなのだろう。さらに二人の緊張を面白がるように兄がまだかまだかと待っていた。
合格発表の時間になりスマホをスライドして合格を確信した時は、思わずスマホを投げて叫んで母と抱き合った。
「俺のおかげだろ」
ドヤる兄にムムッとしながらも数学の成績が上がったのは確かに兄のおかげなので反抗は出来なかった。大人の対応として「ありがとうございました」と素直に伝えた。
「良かった〜!にぼしのおかげ〜」
「んなわけ無いでしょ!」
どういうつもりでにぼしのおかげだと言うのか分からないが、そこは私が頑張ったからだろう。にぼしの出番は結構遅かったし。もっと娘を褒めろよ。
母は本当に嬉しそうで、「お父さんにも合格したって教えなきゃ」「晩御飯ご馳走にしよう!何がいいかな!?」と私よりハイテンションだった。それだけ家族にも沢山心配を掛けたと言う事なのだろう。
学校に合格したと連絡に行って先生方にお祝いを言って貰って、本当に晴れやかな気分だった。勿論中にはまだ試験が残っている人もいるし、浪人を覚悟している人もいる。それでも合格したと嬉しい報告が聞けるのは先生達もホッとするのだそう。
そして卒業に向けてまた学校に通った。もう手の指に収まる数だけだ。卒業式の練習をする度に物悲しく感じる。
もう朝勉をする必要は無いけれど、変わらず朝は一番に登校した。もはや日課となっていた。朝の静かな教室で勉強はしないけれど本を読んでいた。受験で我慢していたので解禁したのだ。読みたかった本が溜まっていたので時間があれば読んでいた。試験日の帰りの電車の中でも既に読んでいた位だ。
幾分朝の冷え込みが緩やかになった卒業式の前日、もう今日と明日しか来ないのかと感傷に浸りながら廊下を歩いた。
部活動に打ち込んだとか、やりたい事があってのめり込んだとか、何か特別な事があった高校生活では無かった。同じ時間に学校に来て授業を受け、そして友達とお喋りをして笑い合って、それから学校行事にはクラスの輪を乱さないように出来うる限りで頑張って。褒められるような事は何もしていなくて、ただ普通に高校生活を送った。それでも校舎に不思議な思い入れを抱くし、当たり前だった日々が終わってしまう淋しさを感じてしまうらしい。
いつもの様に、何も変わらない動きで教室に入る。でも、今日は驚いて途中で足を止めてしまった。いつも一番だった。私が一番乗りだった。それなのに今日はもう高橋くんが来ていて、自分の机に凭れ掛かるように立っていた。
「おはよう」
高橋くんが私に気がついて挨拶をした。きっと私に向かって言ってくれた筈。実は私の後ろに誰か居て、その人に向かって言っていたなんてオチではないだろう。だっていつもは誰も居ない時間。
「おはよう……」
「今日は勝った」
勝負していたのだろうか。私より先に来たかったのだろうか。
立ち止まってしまった私だけれど、いつまでも突っ立っているのもおかしいので、ドキドキとしたけれど自分の席までゆっくりと歩いた。高橋くんの斜め後ろの席だ。
「いつもこんなに早くに来てたんだ」
「……うん」
話し掛けられているのが不思議だった。いつも一言位しか話した事無かったから。何て答えたら良いのか分からなくて、せっかくの会話のチャンスなのに何も繋げられない。
机まで到着してしまってとりあえず鞄を机に置いた。高橋くんがこちらを向いているから近くに感じた。一月からずっとこの席で、ずっと斜め前に高橋くんは座っていたけれど、背中を見つめているのと向き合うのとではずっと距離が近くに感じた。
「あのさ、連絡先、教えてよ」
「えっ」
予想外の言葉に反射的に問い返してしまった。顔が赤くなりそうだった。いや、待て!冷静になれ、私……!
「あっ、何かクラス会的な幹事とか?そう言えば明日卒業式の後に皆で集まるとか言ってたっけ」
我ながらナイスな返しだと思った。勘違いした女になってしまったら恥ずかしくてもう学校に来られない。まあ、明日で卒業なんだけど。最後の最後に笑い者になるのは嫌だ。同窓会でイジられるかもしれないし。
「そうじゃなくて。個人的に」
高橋くんの顔を見れば、気恥ずかしそうな表情だった。
一気に顔が熱くなるのが分かった。
ハッキリとした言葉を貰った訳では無い。待て、待て。あり得ないだろう。実は夢?実はクラスのドッキリ?嫌がらせ?
「嫌、かな」
「全然!嫌じゃ、ないよ」
何だか恥ずかしくてまともに顔を見られなくて、でも真っ赤な顔にきっと高橋くんも悟ってくれた様な気がした。ちょっと手が震えながらも連絡先を交換した。
「山本さんって、大学隣県だっけ」
「うん」
「通い?」
「その予定。高橋くんは、T大だよね。一人暮らし?」
「うん。一人暮らし」
お互いに志望大学がどこかなんて話をした事がないのに、お互いの進学する大学を知っていて、さも当然の様に話しているのが何だか可笑しい。噂で聞いていたんだろうな。
「このまま卒業したら、何も接点の無いままだった。何か繋がりが欲しかったんだ」
繋がりが欲しかったと言って貰えるとは思わなかった。
私は卒業をしたらこの恋心をどうにかして終わらせなければならないと思っていた。けれど高橋くんは違った。終わらせるんじゃなくて形を変えた繋がりを求めてくれた。
何で、いつから、どうして?沢山たくさん聞きたい事があった。
「私、高橋くんは佐藤さんと付き合ってると思ってた」
聞きたい事が沢山あるのにまずそれが出てきたのは何故なんだろうか。
「佐藤?いや、佐藤は別のクラスの俺の友達と付き合ってるから」
「えっ、そうなの?」
全然知らなかった。友達からもそんな情報は無かった。
急に思い込んでいた事を恥ずかしく思った。佐藤さんも彼氏がいるのに他の男の子と付き合っていると思われるなんて嫌だったかもしれない。
「佐藤からは、寧ろ、茶化されていたと言うか、けしかけられていたと言うか……」
今度は高橋くんが恥ずかしそうにしていた。ちょっと可愛いなんて思ってしまった。
「佐藤は、その……気づかれていたから、もっと話し掛けろとかいろいろと言われていたと言うか……」
高橋くんが照れるから私まで照れてしまう。
高橋くんがこんなにも照れ屋な事を初めて知った。格好良くて人前でも堂々と歌えちゃうような人だから、漫画の登場人物みたいに男らしく想いを伝えられる様な人だと極端に理想化していたのかもしれない。でも本当はそんな事無くて、恋愛では恥ずかしがってしまう普通の高校生の男の子なんだ。不思議とそれが可愛く見えて愛おしさが増してしまった。
きっともっと知らない所が沢山ある。知っている所の方が少ない。でも私達はこれから知っていけるのだろう。これからも繋がりが続き、私のこの恋は続いて行くのだから。
最後までお読みくださりありがとうございました。
知香