5.February
二月に入ると学校への登校が自由になった。学校で勉強したい人は来て良かった。塾の自習室に行く人もいれば自宅学習の人もいて、勿論試験に臨んでいる人も居るので半数位の人しか学校には来なかったけれど、私は塾に通っていなかったので試験日以外は学校に行った。
高橋くんも学校で勉強していた。時々居なかったのは試験日だったのだろうと思う。皆が来ないのでもう席替えはしないらしく、席は変わらず高橋くんの斜め後ろの席だった。高橋くんの背中に元気を貰いながら最後の追い込みをした。
二月には恋する女の子がソワソワしてしまう一大行事がある。女の子だけじゃないかもしれない。兄も昨夜「明日は彼女とデートするから晩御飯要らない」と母に言っていた。きっとアレは浮かれている。どうせ帰って来ないだろうな。リア充大学生め。妬ましい。父は毎年職場でチョコレートを貰ってくる。ほぼ私と母のお腹に収まっているので、それは楽しみだったりする。今日くらいは許してくれ。ビタミンB群沢山摂るから記憶力の低下に繋がりませんように。
母に砂糖の摂り過ぎを言われてからというもの、にぼしをしゃぶってばかりいた。休日にいつもの様に勉強をしていたら、母が部屋に入って来るなり「怖っ」と言った。私の口からにぼしの頭が出ていたからだった。にぼしを勧めて来たのは母なのに酷い話だ。食べると塩分の摂り過ぎになるかもと思ったのでしゃぶっていただけなのに。頭は苦みが強いので尻尾を咥えていただけなのに。
この日いつもより学校に来る人が多かった。贈る方も受け取る方も恋人が居る人も居ない人もバレンタインデーを期待してだろうか。
もう受験を終えているふうちゃんも学校に来ていた。隣のクラスの山田くんにチョコレートをあげる為らしい。
私もちょっとよぎったよ。いつも早く学校に来ているんだから、誰にも気付かれずに高橋くんの机にチョコレートを忍ばせられるんじゃないかって。
でも私はまだ受験も終わって無くて浮かれてよいのかどうなのか。そもそも誰かに告白なんてした事も無い訳で、そんな事したらソワソワして勉強に身が入らない気がする。それに怖い。高橋くんの友達に見つかってからかわれるのも恥ずかしい。そもそも高橋くんがチョコレートを好きかどうかも分からない。いや、実は彼女がいる可能性もある。それも高い確率で。佐藤さんとの関係もちょっと疑っているのだ。本当の所どうなんだろう。
バレンタインデー当日、チョコレートの準備もしていないけれどソワソワして学校に行った。こんな日ばかりは私が教室に一番乗りでは無かった。私より早くに学校に来ている女子がいた。誰かにチョコレートを渡すためだろうか。その勇気が凄いなぁと思った。彼氏にあげるのならわざわざ朝早くに来る必要はない。待ち合わせをして渡せるのだから。片想いの人にこっそりあげる為に早く来たのだろうと思う。誰にだろう。高橋くんにだったりするのかな。そこまでは分からない。
けれど、高橋くんはこの日学校に来なかった。
次の日学校に来た高橋くんは、昨日がバレンタインデーだったのを知らなかったんじゃないかと思う位普通だった。いや、私の主観だけれど。高橋くんの斜め後ろの席の私はこっそり観察していたが、高橋くんが席についてもいたって普通にしており、机の引き出しからチョコレートが出てくるなんて所を目撃する事も無かった。
え?意外とモテないの?と思ってしまった。モテはするけど本命にならないタイプなのだろうか。推し止まり?
高橋くんは秋にT大の推薦入試を受けていた。おそらくそこが第一志望だろう。T大は県外だ。付き合うとしたら遠距離恋愛になるだろう。女子も高橋くんの事は好きだけれど遠距離恋愛を敬遠して告白をしようとは思わないのかもしれない。
実際私も見ているだけ。好きだな、格好良いなと思ってちょっとした事にドキドキしたり喜んだり、彼の新しい一面を見つけて可愛らしさにふふふっと笑ったり。そんな恋をしているという事が嬉しいのだ。そんな日々が受験生活に潤いを与えて頑張りに繋がっている。それ以上を望んでいるかと言えば、今の私には無い考えだ。
高橋くんという存在に勇気付けられ試験当日を迎えた。不安に思えば合唱祭の時の写真を眺めて大丈夫大丈夫と言い聞かせた。
試験会場の周りの人皆が賢く見えてしまう。でも合格出来たらこの中の人と大学生活を送る事になるのかもしれないと思うと、何だか仲間意識の様なものが芽生えてしまってもいた。
試験が終わると張り詰めていた会場には安堵感が流れる。試験官の人の「お疲れ様でした」という言葉に本当に疲れたなぁと感じた。会場から出て冬の冷たい空気にあたると自然と青い空を見上げた。冬の空は綺麗だ。気持ちの良い開放感があった。