4.January
冬休み、学校が無く家でひたすら勉強をする毎日はなかなか精神的に参った。登校する時間も勉強に充てられる、授業を受けている時間も自分の勉強に充てられると、勿論良い事もあるのだけれど、机にかじりついているのもストレスが溜まるものだ。私の集中力が足りないだけ?それとも受験への危機感が足りないだけ?
世間はお正月。家族と初詣に行った。冬の神社は心無しか明るく感じる。銀杏とか桜とかが落葉して太陽の日差しが差し込みやすくなっているからだろうか。それとも初詣客向けの出店が賑わいを見せているからだろうか。やっぱり一番参拝の多い今の時期に神様が気合いを入れて力を示しているからだろうか。その神様に手を合わせて願うのは勿論合格祈願。確かにちょっとよぎったけどね。「合格出来ますように」の後に「高橋くんと……」なんて。でも欲かきすぎじゃないか、神様に普通は一個だろなんてツッコまれそうで止めたのだ。
真面目でしょ?何が一番大事か分かってるって評価して願いを叶えてくれるかな、神様。いや、でももしかしたら無病息災とか世界平和とか願うべきだったんじゃないかと家に帰ってから気がついた。それこそ無欲の勝利というやつか。
まあ、願掛けなんて気休めだ。合格祈願に行った人皆が受かるのなら不合格者なんて一人もいないのだから。そんな事はあり得ないのだ。初詣は気分転換。実際怖くておみくじも引けなかった。合格祈願に行って勉強のやる気が上がればそれで良い。そうやって自分自身を納得させた。
今年のお正月の楽しみはお正月料理とお年玉。受験が終わったら花の大学生ライフを送る為にお年玉は必要不可欠。新しいお洋服、新しい鞄、新しい靴。美容院だって行きたいしメイク道具も欲しい。卒業旅行だって行きたい。お年玉に沢山の夢と希望と欲求を込めて改めて机に向かう。
しかし悲しいかなお正月。恐らくお正月番組を見ているのだろうが家族の笑い声が響いてくるのだ。そんなに面白いのか。耳に入って来ない様に音楽でも聴こうかとするけれど、歌に気を取られて勉強に集中出来なくては元も子も無い。クラッシックなら気にならないだろうか、いや眠くなるな……。何か良いプレイリストは無いかとスマホを手に取ると、合唱祭の時の写真が画面に写った。
高橋くんの歌っている時の事を思い出して、格好良かったなぁなんて浸ったりしちゃって、きっと今も勉強頑張ってるのだろうと思えば私も頑張らねばと奮起出来た。ここに写っているクラスメイト達もきっと勉強を頑張っている。それぞれの目標に向かって悩みながらも頑張っているのだろう。
そんな風にして私は冬休みを過ごした。
学校が再び始まり、いつもの日々なのにもうじき大学入学共通テストなのもあって焦った雰囲気が教室に流れていた。きっと先生が「もうじきだぞ」と脅しをかけてくるせいだと思う。そんな中席替えがあった。今度は教室のど真ん中の席になった。いつぞやの高橋くんが座っていた席だった。そして高橋くんは私の斜め前の席だった。
近い。近いのだ。
しかも後ろ姿見放題。寝癖が立っている日もニヤつき放題。心の中でふふっと笑ってそれが顔に出ないようにするのが大変だった。
お弁当の時間にいっちゃんが鈴木くんと初詣に行ったのだと報告してくれた。でも付き合ってはいないのだそう。ふうちゃんも山田くんと初詣に行ったらしいとの噂も聞いた。皆勉強ばかりで無く恋もしているらしい。青春だ。残念ながら私の青春には無いけれど。
それと、高橋くんの推薦入試は不合格だったらしいとの話も聞いた。やはり受験は簡単なものでは無いらしい。
大学入学共通テストの日が近づくにつれ私も落ち着かなくなった。ストレスなのかついついお菓子を食べてしまっていた。それぐらいしか楽しみが無いから仕方無いと開き直ってしまうからこそ余計に食べてしまう。太ったかもとは思いつつも、試験前にショックを受けたくなくて体重計に乗るのを避けていた。
机に常備していたお菓子を食べ尽くしてしまい、母に何かないかと聞く為にリビングを覗いた。母は趣味のかぎ針編みを黙々とやっていた。あの集中力が羨ましいと思った。学校で使っているブランケットも実は母の手作りの物だったりする。
「お母さん、お菓子ない?」
「んー?」
網目の数でも数えているのか目を編み物から逸らさずに返事だけ聞こえた。昔から編み物をしている最中に話し掛けて「ちょっと待って」「ここだけ編んじゃうから」と何度も言われている。暫く待って「お菓子欲しいの?」と聞かれた。
「何か口に入れたい」
「中毒症状出ちゃってるじゃん」
「中毒症状って、お酒や煙草じゃないんだから」
「いやいや。砂糖でも似た症状出るらしいよ」
「砂糖?」
「そうそう。砂糖は適量なら脳の疲労回復に良いけれど、摂り過ぎは脳が甘い物で得られる快感に依存してる状態になってしまうの。それに砂糖は消化にビタミンB群が必要で、摂取したビタミンB群以上に砂糖を摂取すると脳の老化を引き起こすの。記憶力の低下とかね」
「えっ!記憶力低下は困る!?」
まさか試験直前になってこんな話を聞かされるとは思いもしなかった。知ってたならもっと早く教えてよ、母よ!覚えた英単語を忘れてしまいそうな情報である。
「お菓子が駄目なら何食べたら良いの?体が欲っしちゃってる」
「栄養バランスの取れた食事でしょ」
「手軽に口に入れられる物だって」
「えー、何だろう。サプリをポリポリ食べる訳にもいかないしねぇ」
サプリをポリポリ食べてたらそれこそ心の病気だ。
「とりあえずお菓子をやめたら口寂しく無くなるかもよ。お節料理作りで余ったにぼしでもしゃぶっとく?」
それから私はにぼしをしゃぶりながら勉強した。きっと受験勉強以外の難しい事を考えるのが面倒だったのだと思う。
そして無事に大学入学共通テストの日を迎え、試験に臨んだ。同じ高校の人は同じ会場だったけれど、高橋くんの姿は見つけられなかった。別に試験を受けに来たんだから探していた訳では無い。でも友達から「高橋くん見かけたよ」なんて聞いた時はちょっと羨ましかった。
試験結果は……。なんとも微妙だった。
秋の模試では定員割れしていたというのに、試験の結果から志望校や学部を変更してきた人が多かったのだろう。なんと倍率が三倍になってしまったのだ。定員割れしているからここなら入れるだろうと変更したのだと思うが、初めから志望している私にとっては傍迷惑な話である。またB判定に戻ってしまったのだ。少子化万歳なんて言っていた過去が恨めしい。もっとしっかり勉強していたらもっと点数が取れて誰が志望変更して来ようがA判定だっただろうに。
担任の先生が心配をして志望校を変えるかどうするかと面談をしてくれた。先生なりに他の大学の学部も調べてくれていた。生徒一人ひとりと向き合って最善を一緒に探してくれる。何とも素晴らしくも大変なお仕事だろうと思った。
先生のその親切は有り難いが、私は志望校を変えるのを断った。このまま頑張りますと伝えた。
学校の授業はもう殆どの教科で単元を終えている為自習が多かった。それに人によって入試日程も違う為、学校に来ない人もいた。その中で体育の授業は気分転換に丁度良かった。人によっては「要らなくない?」なんて言うけれど、私は体を動かせるのが嬉しかった。
今日は選択式で私はバトミントンを選んだ。殆どお遊び状態なのを気を引き締めさせる為なのか何なのか、先生がトーナメント式にした。中学の時はテニス部に入っていた事もありフットワークには自信があった。トーナメントを勝ち進んで気がついた。どうやら男女一緒だったらしい。「次、山ちゃんは高橋くんと対戦みたいだよ」と言われた。
ネットを挟んで向かい側に高橋くんがいて、「よろしく」と試合前の挨拶をくれた。ちょっとテンパりながら「よろしくお願いします」と敬語を使ってしまった。だって目の前に高橋くんがいるのだ。突然のドキドキイベントに思考がついていかないまま試合が始まった。
コートの周りにはもう試合に負けてしまった女の子達が沢山見学していた。決してわたしの応援では無い。高橋くん目当てだろう。高橋くんが腕を大きく伸ばした時にジャージの下からお腹がチラ見えした時なんて、女子の黄色い声が凄かった。
試合はいい勝負だった。高橋くんは鋭いし速いし手加減を感じられなかった。私は元テニス部という意地で食らいついていた。かなりガチに構えていたので、もしかしたら引かれていた可能性はあるけれど、意外にも楽しかった。ゲームはフルセットだったし、なかなか決着もつかなかった。それでも最後には得点されて負けてしまったけれど。
ネット際で「ありがとうございました」と試合後の挨拶をした。真冬だけれど高橋くんは汗をかいていた。勿論私も。どれだけ真剣に試合をしていたのだろうかと、我に返って思う。
「山本さん、強くね」
たったそれだけだったけれど、負けたのに清々しい気持ちになれた。そしてまた一つ高橋くんとの思い出が増えた事が嬉しかった。もう私達高校三年生は卒業まで何も無い。ただ受験にまっしぐら。卒業したら当然別の道を行く。
卒業したらこの恋心はどうなってしまうのだろう。