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ふふふで、うふふ  作者: 知香
3/6

3.December

 また月が変わって席替えがあった。高橋くんの隣の席からサヨナラしなければならなくなった。今度は廊下側の一番前の席になった。冬の時期に廊下側の席は足元が寒い。風邪を引きたくない受験生なので、ブランケットを用意しようかなと思った。

 高橋くんは遠い後方の席になった。隣の席だった先月、距離を縮められなかった私は喋りかける事も出来ないし、この席ではこっそり観察する事も出来ない。後ろの席の人にプリントを回す時、視界の端に高橋くんの姿が映るくらいだった。くじ運の悪さにショックを受けた。いや、きっと先月に今年のくじ運を使い果たしてしまったのかもしれない。来年は受験だから来年の分のくじ運は大事に取っておきたいものだ。


 日々寒さが増してくる十二月、朝の登校後に窓を開けて流れ込んでくる空気も冷たさが増した。ついつい換気の時間が短くなる。

 席が廊下側の一番前なので、大半のクラスメイトが勉強をしている私の目の前を通って教室に入って来る。勿論高橋くんもだ。後方の席の人は後方から入る人もいるけれど、高橋くんは毎朝私の目の前を通る。いつもその瞬間はドキッと反応してしまう。

 期末テストも終わったある日、高橋くんはいつもより少し早く来た。いつもギリギリなのに。ちょっとビックリした。

 その次の日、さらに少し早く来た。いつもは人が多くなってザワザワしている中来るのに、まだ人がまばらで教室で朝勉派の人が静かに勉強している時間帯にやって来たのだ。高橋くんも朝勉をするのだろうか。期末テストも終わったし、先月推薦入試を受けたから受かっていたらもう勉強する必要は無いだろうに。まだ結果が出ないから一応勉強するのだろうか。それともたまたま早く学校に来ただけだろうか。

 そんな事を本人に聞ける訳も無く、気になっても勉強はしなければならない受験生なので目の前の参考書に向き合った。


 受験の方はと言うと、また模試の結果が返って来て何とか基準点を取れるようになり初のA判定となった。安堵する気持ちがあった。高橋くんのT大に比べたら偏差値は低い所だけれど。



 いつもの様に友達とお弁当を食べていると、情報通のいっちゃんがいつも食べているメロンパンを手に持ったまま齧り付かずに溜め息をついた。


「どうしたの?」

「元気無いね。食欲無い?」


 いっちゃんは「うううっ!」と謎の唸り声を上げて、少し怒っている様な表情をした。


「どうしたの?」

「……さっき、報告されたの」

「何を?」

「ふうちゃんから、隣のクラスの山田くんと付き合う事になったって」

「「ええっ!」」


 思わず大きな声が出て周囲から少し注目されてしまった。気を取り直して少し小声で話す事にした。


「ふうちゃんって、山田くんの事好きだったんだ。知らなかった」

「そこだよ!だって山田くんが格好良いって最初に言ったのは私だよ。ふうちゃん、そうかなぁって言ってたんだよ。なのに今になって山田くんに告白したんだって」

「ふうちゃんが告白したの?」

「ふうちゃん、推薦入試受かったんだって。それでクリスマス前だし思い切って告白したらオッケーだったって」

「受かったんだ。凄いね。でも山田くんは?もう受かってるの?」

「山田くんはまだだよ」

「それでもオッケーなんだ」

「ふうちゃん、ノリに乗ってる感じだね。合格して彼氏も出来て」

「もう!ほんとあり得ない!横取りされた!」


 これは横取りなのだろうか。

 いっちゃんはふてくされ顔のままメロンパンをチビチビと食べ始めた。


「いっちゃんは山田くんが本命だったの?」


 友達の一人のみっちゃんがいっちゃんに聞いた。


「……うん」


 いっちゃんは小さく答えた。

 いっちゃんはいろんな人を格好良いと言う。勿論高橋くんの事も言う。推しが沢山居るのだ。正直全てが推し活の様な感じで、誰が本命だとか分からなかったので、少し驚いた。


「鈴木くんは?」

「鈴木くん?」


 意外な名前がみっちゃんから出て来た。鈴木くんはいっちゃんから格好良いとは聞いた事が無かった名前だ。そんなに目立つタイプの人では無い。


「鈴木くんと仲良いでしょ?」

「……鈴木くんは、好きなアーティストが一緒で……」

「鈴木くんはいっちゃんの事好きでしょ」

「ええっ!」


 話を折る様に驚きの声を発してしまった。


「……まあ、一回告白はされたけど」

「ええっ!そうだったの!?」


 知らなかった事実にさっきから私は会話の邪魔ばかりしてしまっていたので、皆に「山ちゃん声大きいよ」と注意されてしまった。


「でも、友達で良いって言うから」

「クラスの男子の情報とか鈴木くんが教えてくれてるんでしょ。高橋くんが推薦入試の日も鈴木くんから聞いたんじゃないの?」

「……うん」

「ちゃっかり情報源にしてるのね。ちょっと鈴木くん可哀想じゃない?」

「教えてくれるんだもん」

「でも好きな子から他の男子の話を聞かれるのって嫌じゃないのかな」

「……友達で良いって、言うから」


 みっちゃんのいっちゃんに対する追及に、私はただ聞いているだけの状態になっていた。

 そうか、高橋くんが推薦入試の日もいっちゃんは鈴木くんから教えて貰っていたらしい。確かに高橋くんと鈴木くんは常に一緒に居る訳では無くても話している事も多く、仲が良い。


 いっちゃんは食欲がわかないのかメロンパンを食べるのをやめてしまった。半分も食べていない。話題を変えたくなったのか「山ちゃんのブランケット可愛いね」と言われた。明らかな話題変更に「ありがとう」しか出てこなかった。

 本命だという山田くんが友達と付き合うことになったのだ。それはショックだろう。

 でも、それは横取りになってしまうのだろうか。

 ふうちゃんは勇気を出して告白をした。行動に移しただけだ。反対にいっちゃんは何も出来なかったんだ。確かに最初に格好良いと言い出したのかもしれないが、だからといって山田くんがいっちゃんのモノでも無く、誰もアプローチしてはいけないと言う事では無い。


 私も高橋くんを好きになったのはいっちゃん達の話を聞いていて一緒に推し活をする内に気になるようになったからだ。ふうちゃんを擁護したくなってしまうのも仕方が無いと思う。でも私にはふうちゃんみたいな勇気は出そうになかった。同じ様に横取りされたと思われるかもしれない。それどころか、高橋くんを好きになったとも言いづらくなった。いや、もう言えない。私の中だけに留めておこうと、そう思った。結局私は怖がりで、話し掛ける事すら出来ない臆病者なのだろう。



 もう冬休みも目前のある日の朝、毎年の様にこの位の時期にやって来る大寒波の影響で一段と寒かった。校舎の中も人が居ないのもありひんやりとした空気で、教室に入ってもまだ眠ったままの様な雰囲気だった。鞄だけ机に置いてマフラーも着けたまま窓を開けると、白い息が広がった。教室すらも寒いから閉めてと言ってきそうな冷気に、換気もそこそこに窓を閉めてしまおうかとスライドさせていたら、「おはよう」と聞こえた。振り向いたら高橋くんが居た。


「お、おはよう」

「一番かと思ったらもっと早っ」


 教室に入って来て自分の机まで歩いて行く高橋くんとは反対に、窓が完全に閉まっていないまま私はその場で立ち尽くすように固まってしまった。

 今日は一段と早い。一番に教室に来たかったのだろうか。

 何か言葉を返したいのに予想外の高橋くんの登場に思考が停止していた。

 窓の隙間から冷たい冬の風が私の髪を少しだけフワッとさせた。ぶるっとしてやっと窓を閉めている途中だったと思い出した。慌てて窓を閉めてうっすらと窓に写った自分に気が付き、あれ、もしかして私髪ボサボサじゃないかと思った。登校して来て髪を直した覚えが無い。冬の冷たい風を存分に浴びて登校して来たし、マフラーを巻いてるのもあって髪がボワッてなっている、筈。最悪だ。

 今更遅い気もしなくも無いがそのままよりはマシかとマフラーを解き髪を手櫛で整えながら席に戻った。

 高橋くんに「早っ」と言われてもそれに返す言葉が思い付かなくて、マフラーを畳みながら自分のコミュニケーション能力の低さと勇気の無さに悲しくなった。

 「今日早いね」とか「推薦入試どうだった?」とか、気軽に言えたら良いのに。せっかく教室に二人っきりなのだ。

 言おうか、言ってみようか、勇気が出ないな……そんなのをぐるぐると考えていたら、いつもの様に「早いな」って先生がやって来た。教室に二人っきりは、あっという間に終わった。

 少し寂しいような、残念な様な。それからぽつぽつとクラスメイトが登校して来ていつもの光景になった。でも私の心はなかなかいつも通りにならなかった。勉強しても頭は違うことばかり考えてしまっていた。


 どうして今日こんなに早かったんだろう。

 髪の毛直していれば良かった。

 何か話し掛ければ良かったかな。

 推薦入試どうだった?


 でも推薦入試の結果を聞いたところで、合格ならおめでとうと言えるけれど、不合格だったのなら何と答えるべきか分からない。自分が反対の立場だとしても、何と言われたらマシかとかさっぱり思い付かないし。


 勉強しなければいけないのに、全然集中出来なかった。

 高橋くん。こんな大事な時期に心を乱さないでよと、心の中で思っていた。




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