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ふふふで、うふふ  作者: 知香
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2.November

 行事も終わってすっかり受験モードになった高校三年の晩秋、席替えをした。今度は窓側から二列目の前から二番目。毎日彼の後ろ頭を見られて幸せだったのに、今度は前方の席でガックリ。ずっとあの席で良かったのになと思ってしまう。

 じゃあ席移動を、と移動してみてビックリ。なんと隣には高橋くんがいた。気付いた瞬間から落ち着かなくなった。ザワザワザワザワ。席替え中だからクラス全体もザワザワザワザワ。普通の顔をしないとと思うのに、意識すればする程分からなくなる。窓側で羨ましいなと思いながらも恥ずかしくてそっちを向く事も出来ず、気持ちが浮ついたままに着席した。ここで「隣、よろしくね」なんてさらりと言えたら良いのに。残念ながら私は言えないタイプ。

 高橋くんの後ろの席の女子が「高橋くん、よろしくね〜」と仲良さげに話し掛けていた。彼女は先月の合唱祭で指揮者をやった佐藤さんだ。合唱祭の練習で男子のリーダー的存在だった高橋くんとはとても仲が良かった。二人の会話に私が入れる訳も無く、ひっそりと座っていた。そして何も無く授業が始まった。


 隣の席になって知った事。後ろの席の佐藤さんと凄く仲が良い事と、いつも朝登校してくるのが遅めだという事、それと足が長いからか机にガンッとしょっちゅう当たっている事だ。机や椅子の大きさは皆一緒で、姿勢を変えるだけで当たってしまうらしい。ちょっと可哀そう。でも足が長いという事に密かにニヤついてしまっていた。隣からガンという音が聞こえてくる度に心の中でふふっと笑ってしまう私が居た。高橋くんは苦労しているというのに、ごめんなさい。

 私は朝一番に教室に来るのが好きだった。一番乗りが好きというよりは、誰もいない朝の静かでどこか冷たさを感じる空気感と、その教室内に窓を開けて外の空気を通す瞬間の心地良さが好きだった。そしていつもその後に先生がやって来て「早いな」と言う。それに「おはようございます」と返すのが日課みたいになっていた。

 なので誰が早めに学校に来るのかはなんとなく知っている。途中からはさすがに把握しきれなくなるけれど。

 友達とお喋りしているとチャイムが鳴る直前位に高橋くんが席に来る。「危なかった〜」って後ろの席の佐藤さんによく言っている。高橋くんは早起きが苦手なのかもしれない。だから寝癖を直す余裕もないのかもしれない。可愛いんだけどね。

 高橋くんと佐藤さんはいろんな会話もしている様だけれど、二人でクスクスと笑っている事も多い。それが凄く親密感があって、二人は付き合っているんじゃないかと思う程だ。実際に付き合っているのなら、誰かしらその情報を掴んできて噂として耳に入って来る筈。でも誰からも何も聞かない。「あの二人仲良いね」程度だ。


 ある日、数学のテストの返却があった。先生から返される時、「よく頑張ったな」と言われた。驚いた事に満点だった。

 文系クラスなのに数学は得意になっていた。もともとは苦手で、一年の時に赤点を取って追試を受けた事もある。それでさすがにマズいと数学の得意な兄に教えて貰い、分からない所や授業で当たりそうな所の予習を見てもらっていたらいつの間にか得意になっていた。持つべきものは無料で教えてくれる頭の良い大学生の兄だな、と思った。まあ、休みの日の昼ご飯を作らされるけれど。

 席に戻って座ると、佐藤さんから「山本さん、凄いね」と声を掛けられ驚いた。どうやら私の答案が見えたらしい。先生に褒められているのを聞いて何点か覗き見たのかもしれない。そして高橋くんにも「凄っ」と言われた。褒められた?


「私もびっくりしてる、かな」


 こういう問題がテストに出やすいと兄から教えて貰っていたからだ。兄に感謝だ。自慢するのは性に合わないし、たまたまだと謙遜するのもイヤミかもと思い当たり障り無く返した。


「私全然だったから教えて欲しい〜」

「俺も証明問題がヤバかった」

「高橋くんはまだいいよ。私本当に酷かった」

「計算問題落としてるのは確かに酷い」

「苦手なんだもん〜」


 二人の会話に混じっている様で、結局二人だけで会話している感が否めない。口を挟める雰囲気では無いのだ。勇気も無いけれど。答案用紙を見せ合い言い合う二人の会話を、何とも言えない疎外感を感じつつも笑顔を張り付けて聞いていた。



 数日後、高橋くんは欠席だった。その日の昼、友達とお弁当を食べながら情報通のいっちゃんが欠席理由を教えてくれた。


「高橋くん、今日T大の推薦入試らしいよ」


 いったいどこからその情報を仕入れてくるのだろう。謎だ。


「T大って、頭良いね!」

「英語が得意って聞いた事ある」


 ……数学は少し苦手みたいだけど。


「推薦受かったら受験終わりかぁ。いいなぁ」

「まだ合否も決まっていないし、今日の試験も終わってないよ」

「高橋くんなら受かりそうじゃない」

「受かりそう」


 女子達で好き勝手噂しているけれど、私は隣の席の高橋くんがひと足早く受験本番に挑んでいる事に焦る気持ちがあった。

流れに任せて受験生をしていたけれど、身近な人(ただ隣の席だというだけだけれど)がもう試験を受けている事に、急に受験の現実味を感じ、少し怖くなった。


 翌週の月曜日、変わらずチャイムギリギリに高橋くんはやって来た。朝来るなり佐藤さんに「試験どうだった?」なんて聞かれていた。本当に推薦入試だったみたいだ。

 授業が始まってすぐ、「やべ、教科書忘れた」と高橋くんが言った。忘れ物をするなんて推薦入試が終わって少し気が緩んだのだろうか。


「山本さん、教科書見せて貰ってもいい?」


 突然話し掛けられてコレである。一瞬にして心拍数が上がった。


「うん、どうぞっ……」


 急にやって来たドキドキイベントに上手く反応出来たのか不安だけれど、なんとか返事を絞り出して教科書を机の端にずらした。そうすれば今度は高橋くんが机を寄せて来て過去イチの接近となった。


(近い〜、どうしよう……)


 これでは授業に集中出来ない。もうすぐ隣に、すぐそこに、ちょっと動けば触れてしまう様な距離に高橋くんがいるのだ。つい最近まで離れた所から後ろ頭を眺めていた私には免疫が無さ過ぎた。授業が進んで教科書のページをめくる手には手汗が凄くて、紙が指について来る程だった。その仕草全てを見られているのだと思うと恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がなかった。


 これまでの人生の中で受けた授業でもっとも長く感じた一時間が終わった時、凄くホッとしたのだった。それだけ嬉しい気持ちよりも緊張して心拍数がずっと上がっていて気を張りっぱなしだったのだろう。

 最後、高橋くんが「ありがとう。字、綺麗だね」と爽やかに言って机を元に戻した。暫く顔の火照りが収まらなかった。

 そりゃあノートも見られるよね。でも字が綺麗だと褒められた。嬉しかった。昔書道を習っていて良かったと思った。何となく母に勧められるまま書道教室に入って、母に励まされるまま続けて来たおかげだ。ありがとう、母。



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