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番外編 悲恋

 四月三日 月曜日、午前七時。


 けたたましいアラーム音が鳴る。俺は目覚まし時計を止めると布団から這い出る。そのまま寝室を出て隣室にあるカウンターへ向かう。


 俺は鷹岡光(たかおかこう)、二七歳。探偵をやっている。事務所は、バーを営んでいた兄貴から居抜きで借り受けた。借り受けるということは賃料が発生するということで、そこに兄貴の強欲さが見て取れる。


 着替えを済ませると、カウンターで紅茶を入れる。朝イチに紅茶、休憩に紅茶、寝る前に紅茶。これが俺のルーティンだ。これを崩すと推理が働かなくなる。


 紅茶をすすっていると、理玖(りく)が起きてきた。理玖は小学五年生の俺の弟だ。両親は兄貴に付き添って夢の海外生活を送っている。

 両親が海外に行くと聞いたとき、理玖は泣き叫んだ。だから俺が引き受けると申し出たのだが、理玖は不登校になってしまった。今では事務所の手伝いを頼んでいる。


「おはようございます」

「ん、おはよう」


 理玖は俺に敬語で話す。しかも業務中は俺のことを『先生』と呼ぶ。誰に似たのか、意外としっかりしている。


 理玖は目をこすりながらパジャマを着替える。それからカウンターで朝食を作り始めた。これも理玖の仕事だ。


 俺が理玖の調理姿を見ていると、電話が鳴った。誰だ? こんな時間に。


「はい」


 俺はわざと不機嫌な声で返事をしてみせる。時間帯も考えず電話をする不躾なヤツには丁度いい。


「私だ、田邉重三郎(しげさぶろう)だ」


 大叔父さんだ。大叔父さんは警視総監で、俺でも頭が上がらない。有り体に言えば、考えが読めない人だ。


「お、おじさん。今日はどうしたんですか?」


 慌てて繕う。


「ちょっと頼み事があってね。ある事件の調査なんだが、引き受けてくれるか?」


 内容も言わず依頼するとは、相変わらずだな。


「良いですよ。どんな事件なんです?」

「これは極秘なんだ。ある警察官に依頼する予定なんだがお前にはそれを手伝って欲しい。資料はパソコンに送ってあるから。ああ、それと今日の十時に警視総監室に来てくれ。それじゃ」


 一方的に切れた。何だったんだ?


 俺はパソコンを開く。するとピロンっという音と共にメールが受信された。メールには、滝上清二という人物の捜査記録と『漆黒の太陽』に関する警察庁公安部の資料が添付されていた。それと、怪文書の写真もある。これが調査の発端か。

 俺は怪文書に不審な点を見つけた。


「理玖。後でいいからこの写真の解析を頼む」

「はーい」


 理玖はパソコンが得意だ。写真の解析から情報収集まで頼んでいる。頼りになる弟だ。


「朝食できましたよ」

「おう」


 朝食が応接セットのテーブルに置かれる。今日は目玉焼きにベーコン、トーストと牛乳か。


 朝食を食べ終えると、メモ用紙に調査内容を書いて理玖に渡す。


「これから出かけるから、これを調べておいてくれ」

「分かりました」


 食器を片付けながら、理玖が返事をする。俺はソフトハットを手に取ると、ドアを開ける。


 外に出ると暖かな陽気に気持ちよくなる。時間も少し早いので散歩することにした。


『桜間公園』。ここは、幼い頃からよく遊んだ公園だ。春先には公園を囲むように植えられた桜が満開になる。

 春は好きだ。寒い冬から暑い夏にかけての不安定なこの時期は、心も不安定になる。そんな過渡期に終わりと始まりがやってくるのだから尚更である。しかし、暖かな柔らかく包み込むような陽気が、不安定な心に癒やしを与える。


 目の前を一枚の桜の花びらが舞い落ちる。その花びらは、俺の過去を思い出させる。隣人だった女子と遊んだカメとウサギの遊具。どちらがカメに乗るか喧嘩した覚えがある。いつも俺が勝っていたから、その女子からコウラ君とあだ名を付けられた。いまや草に紛れ、塗装が剥げたその遊具で遊ぶ者もいないだろう。


 物思いにふけっている内に、九時四五分を回っていた。俺は慌てて警視庁へ向かった。


 *


 警視総監室。ここの扉はとても厳かだ。

 俺はノックする。


「どうぞ」


 低い声が入室を促す。俺は扉を開けて警視総監室へ入った。入って驚いた。胸の鼓動が高鳴る。そこにいたのは、白木颯奈(しらきそうな)だった。


 白木颯奈は、俺の幼馴染だ。小学校五年生の時に転校していったが覚えている。颯奈とは隣人同士だった。

 現在の颯奈はメガネを掛けている。くっきりとした目に低い鼻、柔らかそうな唇。それは間違いなく颯奈だった。少し視線を落として左手の薬指を確認する。よし、指輪は無い。そう、率直に言えば、俺は颯奈に恋していた。初恋だった。

 引っ越しの日、約束したのだ。警察官を夢見る颯奈を、俺は助ける探偵になると。それが俺なりの告白だった。


 颯奈は俺を覚えているだろうか。いや、覚えているに決まっている。あれからだいぶ経ったとはいえ、幼馴染だったのだ。約束までした。


「彼は私の又甥だが、今は探偵をやっている。あなたの力になってくれるだろう」


 おじさんが紹介する。


「鷹岡光です」


 俺は右手を差し出す。握手する颯奈の手は華奢で柔らかかった。


「白木颯奈です」


 なんだそのよそよそしさは? まさか忘れてしまったんじゃないだろうな?


 二人は警視総監室を後にしてエレベーターに乗り込んだ。

 あれはおじさんがいたからよそよそしい反応をしたんだ。エレベーター内で話しかけてくれる。そう自分を納得させた。しかし、颯奈は話しかけて来なかった。ずっと階数表示を眺めている。


 俺は腹が立った。だからこちらから話しかけることにした。


「おい!」

「何でしょう?」


 こいつ完全に忘れてやがる。


「調査はお前一人でやれ」

「はぁ?」


 俺は手伝わない。あのときの約束を忘れてしまったお前なんか知るもんか。俺の初恋を返せ!


「何でですか?」


 何で? それはお前が俺の初恋の……、なんて言えるわけがない。


「面倒だから」

「はぁ? 面倒ってどういうことですか?」

「言葉の通りの意味だよ。俺は面倒ごとは嫌いなんだ」


 本当は好きだ。だから俺は探偵をやっている。決して颯奈との約束があったからではないぞ!

 あ……もしかしたらその内俺のこと思い出すかもしれない。その時のために連絡先を渡しておいてやるか。


「あとこれを渡しておいてやる。大人の嗜みだからな」


 俺はそう言うと、ポケットから名刺を取り出しピンッと投げ飛ばした。


「じゃあな」


 エレベーターが一階に着くと、俺は片手を上げ警視庁を後にした。


 *


 事務所に戻ると、理玖がパソコンに向かっていた。


「あっ先生お帰りなさい」

「おう」

「どうしたんですか? 元気が無いようですけど」


 理玖は鋭い。ちょっとした変化にもよく気づく。良くも悪くも。


「なんでもない。それより頼んでいたことやってくれたか?」

「はい。やっておきましたよ」


 カウンターを指差す。そこには、報告書が置いてあった。

 俺はカウンターに立ちながら報告書に目を通す。やはり、怪文書は書き換えてあった。下書きとは違うのだ。それと、滝上が殺害された当事、漆黒の太陽のメンバーは全員海外に逃亡していた。なるほど。

 あとは元警察庁公安部の捜査員に聞き込みだな。


 これくらいは颯奈も調べているだろうから、別に颯奈を手伝ったことにはならないだろう。しかし、颯奈が俺を頼るのなら手伝ってやってもいい。


 俺は紅茶を飲みながら再び報告書に目を落とした。


 ――――


四月四日 火曜日、午前十時。


 俺が事務所で紅茶を飲みながら資料を読んでいると、ドアをノックする音が聞こえた。理玖が応対する。


「あの、鷹岡……さんはいらっしゃいますか? 私警視庁の白木颯奈と申します」

「ちょっと待っててくださいね」


 この声は。やっと来たか颯奈。

 理玖が俺のところにやってくる。


「先生、警視庁の方が」

「今行く」


 昨日はどこまで調べたんだ? 確かめてやる。俺は皮肉を込めて尋ねた。


「白木颯奈か。何しに来た?」


 颯奈は眉間にシワを寄せる。


「あー、先生珍しいですね。一度会っただけの人のフルネームを覚えているなんて」

「うるせー。あっち行ってろ」


 確かに俺は初対面の人のフルネームを覚えるのが苦手だ。だが颯奈は幼馴染だ、忘れるわけがない。颯奈との関係を知られると、理玖にからかわれるに決まっている。だから寝室へ追いやった。


「それで何しに来たんだ? 調査が行き詰まったか?」

「お生憎様。滝上さんの死の真相が分かったのでそれをお知らせに」

「ほぅ……」


 ならば聞かせてもらおう。

 颯奈は勝手にソファに座り、手帳を開いて推理を披露し始めた。


「滝上さんは漆黒の太陽へ潜入捜査をしていました。そのため、何らかの理由で正体が露見してしまい殺害されたのです」


 颯奈はドヤ顔をしている。何だその推理は? 全然資料も読んでないし、調べも足りない。


「で?」

「で? とは」


 俺はバカにしたように鼻を鳴らすと、颯奈の手帳を取り上げる。


「漆黒の太陽が滝上を殺害したという証拠はあるのか? 怪文書を送って来たのは誰だ? 関係者全員に聞き込みしたんだろうな?」


 推理を披露するなら、そこまで調べてからにしろ。俺は調べているからだいたいの予想は付いているがな。いや、調べたのは理玖だっけ。

 颯奈もまあまあ調べてある。


「まあまあだな。だが、とんだ勇み足だったな。お前のようなヤツが冤罪を生み出すんだ」


 皮肉ってみた。俺に助けを求めないからこうなるんだ。まだ俺のことを思い出していないようだが仕方がない、助けてやるか。

 俺は紅茶を飲み終えると空のカップとソーサーをカウンターに置き、棚から青いファイルを取り出して机に投げる。


「それは俺が調査した結果だ。滝上が殺害された頃、漆黒の太陽の構成員は皆海外に逃亡していることが分かった」


 颯奈は青ファイルを手に取り、ペラペラとめくる。


「なら犯人は?」

「それはまだ分からない。関係者全員に聞き込みしなければな」


「関係者全員って。警視庁の捜査員十名に、元警察庁公安部の捜査員三名ですか?」

「バカかお前は」


 あまりのアホな発言につい、颯奈のおでこにデコピンしてしまった。


「何するんですか!?」

「そんなに聞き込みしていたら結論はいつ出るんだよ。怪文書をよく見てみろ」


 颯奈は鞄から黒ファイルを取り出して開き、怪文書を読む。


「どこか変ですか?」


 まだ気づかないのか。俺は颯奈から怪文書を奪い取ると、太陽にかざしながら説明する。


「この『仲間』という部分をよく見てみろ。下書きでは『隣人』と書かれていたことが分かる」


 颯奈は目を丸くして俺から怪文書をぶん取ると、太陽にかざす。疑いやがって。俺がウソを吐いているとでも思ってんのか?


「疑ってんじゃねー」

「あ……ごめんなさい」


 素直に謝る颯奈を見て、我に返る。強く言い過ぎたか。

 俺は咳払いをすると続けた。


「まぁいい。とにかく隣人に話を聞いてみる必要がある」

「隣人って……滝上さんがマンションに住んでいたのは十年も前ですよ。隣人が変わっているかもしれないじゃないですか」

「滝上が住んでいたのは五〇一号室、角部屋だ。その隣の五〇二号室には女が一人住んでいるが、十年前から同じ人物だ」


 これも理玖が調べてくれた情報だ。


「それに、怪文書には『警察庁公安部の』と書かれている。つまり滝上が警察庁公安部の捜査員だと知っている人物がこの怪文書を送ったんだ」


 元公安部の捜査員のうち、一人は警備会社に天下り、一人は警視庁組織犯罪対策課に、もう一人は辞職していて現在福岡に在住している。怪文書を送ったのは三人のうち誰かだ。警備会社に天下りした田中には颯奈が聴取したようだからあと二人だな。


「まずは隣人に話を聞く」


 俺はソフトハットを手に取ると、ドアを開けて出る。


 *


 滝上の隣人、生天目桜子のマンションはここから地下鉄で二十分ほどの場所にある。地下鉄を出て緩やかな坂を登る。

 そこでふと思う。颯奈の連絡先は知らない。


「そういえばお前の連絡先は知らなかったな。教えろ」

「何であなたに教えないといけないんですか?」

「俺達は共に調査する()()だろ?」


 颯奈はしぶしぶスマホを取り出すと、連絡先を教えてくれた。別に颯奈の連絡先を知りたくて聞いたのではない。決して。


 そして、俺達は桜子のマンションに入る。


 *


 マンションから警視庁に戻って来た俺達は、食堂で昼食を摂ったあと、資料室へやって来た。マンションの帰り道、おじさんに電話して内田を呼び出してもらっていたのだ。


「ちょっと、入室記録にサインしてください」


 何だコイツ。資料室に入ってすぐにやって来た若い男。まさか颯奈の恋人? そう思っていると、気づかぬうちにコイツを睨んでいた。男もこちらを睨んでいる。


「牧野君、この人はいいの。私の協力をしてくれてるだけだから」

「協力って、何の協力ですか?」


 牧野と呼ばれた男は、答えが得られないと悟ったのかすごすごと去って行った。


「それで、どうしてここなんです?」


 颯奈は小声で質問する。


「わざわざこちらから赴くことはない。同じ警視庁内なのに労力の無駄だ」


 ウソだ。本当は、内田の筆跡を手に入れるためだ。正直に言ったところで颯奈は入室記録や怪文書を渡さないだろう。


「食堂からそのまま赴いても同じ労力じゃないですか。それに、内田さんを呼び出してないですよ」


 食い下がってくる。


「内田なら呼び出している」


 そうこうしていると、ノックがした。


「失礼します。組織犯罪対策課の内田拓哉です」


「どうぞ」


 牧野が返事をする。


 内田は、牧野に言われるまま入室記録にサインして颯奈の正面の椅子に座る。

 サインをしているのを確認した。あとはアレを手に入れるだけ。


「何でしょう?」


 俺は颯奈に目で促す。颯奈はまんまと鞄から黒ファイルを取り出して開き、怪文書を内田に示す。


「な……何ですかこれ」

「これを送ったのはお前じゃないのか?」

「知りません」

「そうか。なら漆黒の太陽の捜査について教えてくれ」


 内田は一瞬戸惑った後、「本当は極秘情報なんですけど」と前置きしてから本題に入った。

 だけど、そんな話はどうでも良い。ほとんど調べがついていることだ。

 俺は話が一区切りついたところで内田を帰す。


「分かった。じゃあもう戻っていいぞ」


 内田は椅子から立ち上がると、頭を下げて資料室を出ていった。


「んじゃ俺も帰るわ」


 さり気なく怪文書を盗み取ると、片手を上げて立ち去る。ついでに入口付近でコケた振りをして入室記録も手に入れた。さあ、筆跡鑑定の結果はどうだろうな。


 ――――


四月六日 木曜日、午前六時。


 昨日、俺達が福岡に行っている間に理玖が調べた結果筆跡が一致した。やはり怪文書を送ったのは内田だった。


 それにしても、颯奈もそろそろ怪文書と入室記録の盗難に気づいている頃だろう。こんな時間だが俺も徹夜しているのだ。颯奈も徹夜で調べているに違いない。


 俺は颯奈に電話した。


「……はい」


 寝てやがったなコイツ。


「お前寝てたのか?」

「そうですけど……何か?」


 俺が徹夜しているのにコイツは。


「怪文書を送った犯人が分かった。今日の十時にそっちに行くから待っていろ」


 要件だけ伝えてさっさと切った。それにしても、怪文書と入室記録の盗難に気づいていないようだった。颯奈はなんという鈍感なんだ?


 *


 午前九時五〇分。


 警視庁の組織犯罪対策課にやって来た俺は、内田を捕まえ連れ出す。「何するんですか?」という反論は無視して、資料室に連れ込むと椅子に座らせる。


「怪文書を送ったのはお前だな」

「なんのことですか?」


 内田はとぼけてやがる。


「お前が怪文書を送ったんだ。そうだろう?」

「証拠はあるんですか?」


 これを出すと颯奈に盗難がバレてしまう。しかし、まあいいか。

 俺は怪文書と入室記録をポケットから取り出した。


「ある。怪文書とお前の筆跡が一致した」


 それを聞いて、颯奈はすぐに黒ファイルと入室記録を確認する。盗んだのがバレて俺を物凄い形相で睨む。


「これでも言い逃れする気か?」


 内田は、ふぅと一息吐くと話し始めた。


「怪文書を警視総監に送ったのは僕です」


 内田は白状した。


 *


 事件現場、都内の地下道にやってきた俺達は、事件の状況を再現することにした。もっとも現場写真を見ているからこんなことする必要もないが。


「状況は?」


 颯奈に尋ねると、鞄から黒ファイルを取り出し、現場写真を見始めた。


「滝上さんは、ここにこう……」


 なんとか事件当時の状況を俺に伝えようとしているのか、体で表現しようとする。


「実際に寝ろ」

「はぁ? 何でそこまで」

「いいから早くしろ!」


 俺が命じると、颯奈が滝上の死体を再現する。

 俺はスマホを取り出し、颯奈を撮影する。別に調査に乗じて颯奈の写真を撮りたかったからではない。決して。


「わっ、何してるんですか!?」

「そのまま寝てろ」


 一通り写真を取り終え、俺はスマホを仕舞う。


「もういいぞ」

「なにか分かったんですか?」

「ああ、殺人事件の犯人が分かったぞ」

「ええ!?」


 颯奈は驚いている。しかし、これで犯人が分かるはずはない。実は最初から予想は付いていた。それをちょっと確かめただけだ。別に調査に乗じて颯奈を撮影するために来たのではない。決して。


「それで犯人は?」

「犯人は、桜子の前で教えてやる。行くぞ」


 *


 事件解決後、帰り道は夕方になっていた。颯奈は事件の話ばかりしている。そろそろ俺に気づけよ。


「それよりお前、俺を見て何も気づかないのか?」


 もうこちらから言うしかない。この鈍感娘はこのままだと永久に思い出しそうにないからな。


 俺は颯奈に壁ドンする。


「へ?」

「俺の顔をよく見ろ、ほら幼馴染の」


 颯奈は少し考えて思い出したようにはっとする。


「コウラ君?」

「その名で呼ぶな!」


 颯奈のおでこをデコピンする。


「痛っ。何すんのよ」

「お前がいつまで経っても思い出さねーからだろ」


 颯奈のメガネを外してみる。


「ほら、やっぱり颯奈だ。お前はメガネを掛けない方がキレイだぞ」


 颯奈は俺を退けながら、メガネを奪い返すと顔を真っ赤にして言う。


「な、何よ今更。もっと早く言ってよね」

「お前が約束を忘れてるからいけねーだろ」

「約束?」


 本当に忘れている。そんなこと、こっ恥ずかしくて言えるか。


「思い出さないならいいよ、俺の気持ちにも気づかねーで」

「何よ。はっきり言いなさいよ」


 あーもー。どうやったら俺の気持ちを伝えられるんだ? こうなったら。


「!?」


 俺は颯奈のうなじに手をやると、ガッと引き寄せキスをする。

 驚いた颯奈は俺を突き放すと顔を赤らめる。


「な、何するのよ」

「これが俺の気持ちだ。幼い頃からのな」


 夕日に照らされた颯奈の頬はとても美しかった。颯奈は謝る。


「ご、ごめん」

「何がだよ?」

「……くて」


 声が小さくて聞こえない。


「は?」

「だから、気付かなくてごめんって言ったのよ」


 今更謝らなくていいのに。俺は颯奈の頭に手をやる。


「で? 返事は?」

「……まだ考えられない。急なことだったから。返事は待って」

「いつまでも待ってやる」


 俺は、颯奈の頭をポンポンした。


 ****


 その夜、俺は颯奈の写真をスマホのトップ画面に変更した。


 《了》

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