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第6話 疑義

 四月六日 木曜日、午前六時。


 翌朝、私はスマホの着信音で目が覚めた。どうやら調査内容をまとめている間に、資料室で眠っていたらしい。着信相手は鷹岡だった。

 このまま放っておこうかとも思ったが、一応調査のパートナーなので出ることにした。


「……はい」

「お前寝てたのか?」


 当たり前だろ。何時だと思ってるんだ。


「そうですけど……何か?」

「怪文書を送った犯人が分かった。今日の十時にそっちに行くから待っていろ」


 切れた。何だったんだアイツ。それにしても怪文書を送った犯人が分かったのか……。

 二度寝しようとして目を覚ます。怪文書を送った犯人が分かった!?

 寝ぼけて危うく聞き流すところだった。私は慌てて調査内容を見直す。

 ……それにしても、十時に来るのならもう少し遅く電話してきてもよかったのではないだろうか。そう思いながら頭の中の鷹岡を一発殴った。私の熟睡を邪魔した罪は重い。


 *


 午前十時。


 今日は牧野君を早退させたので、資料室には私一人だ。部下がいないだけでこんなに静かなのか。配属されたばかりの頃は私だけだったのでこの静けさは経験済みなのだが、牧野君が来てから随分月日が経っていて忘れていた。

 そんなことを考えていると、鷹岡が内田さんを引き連れて現れた。


「座れ」


 鷹岡は内田さんを椅子に座らせると、衝撃の事実を口にした。


「怪文書を送ったのはお前だな」

「えっ?」


 思わず叫んだ。まさか内田さんが怪文書を?


「なんのことですか?」


 内田さんはとぼけた。鷹岡はさらに強く問い詰める。


「お前が怪文書を送ったんだ。そうだろう?」

「証拠はあるんですか?」


 鷹岡は少し考えたあと、ポケットから怪文書と資料室の入室記録を取り出して口を開く。


「ある。怪文書とお前の筆跡が一致した」


 それを聞いて、私はすぐに黒ファイルを確認する。すると怪文書が無かった。さらに入室記録を確認すると、昨日の分が破り取られていた。

 やられた。昨日、鷹岡が入口付近で蹴躓いたのは入室記録を盗むためのお芝居だったのだ。


 鷹岡は続ける。


「これでも言い逃れする気か?」


 内田さんは、ふぅと一息吐くと話し始めた。


「怪文書を警視総監に送ったのは僕です」


 内田さんは白状した。続けて話す。


「順を追って説明します。一週間程前、僕たち組対(そたい)は暴力団青龍会傘下の闇金融にガサ入れしました。その時に押収した十一年前の資料の中に、生天目桜子さんの名前がありました。僕が驚いたのはその名前ではなく住所でした。桜子さんの住所は、かつて滝上さんが住んでいたマンションの隣の部屋だったのです」


 桜子さんが闇金融から借金をしていた? 十一年前といえば、桜子さんは大学に入学した頃のはず。


「借金は三百万円だったのですが、利息が膨らんで一年後には一千万円になっていました。その借金が滝上さんが亡くなったすぐ後に全額返済されているんです。調べてみると、滝上さんには桜子さんを受取人とした保険金が掛けられていました」

「それで桜子が保険金目当てで滝上を殺害したと思ったのか」


 内田さんはうなずく。私は疑問を口にした。


「単なる隣人の桜子さんも保険金を受け取れるんですか?」

「単なる隣人じゃない。ほぼ事実婚状態だったんだろう。事件当時、滝上の部屋には必要最低限のものしかなかったからな」


 内田さんは再びうなずく。


「それで、下書きでは『隣人』と書いてあるが、なぜ『仲間』と書き換えた?」


 鷹岡は追及する。


「確証がなかったからです。もし、『隣人が殺した』と書いて違ったら、そこで捜査は終了するでしょう。でも、『仲間が殺した』と書けば、警察は威信のために必ず真実を追求しようとする。だから書き換えました」


 本当に滝上さんを殺害したのは桜子さんなのか? それはまだ分からない。だが、怪文書の件は解決した。


「よし、もう戻っていいぞ」

「え? あの……僕処分されるんじゃ……」


 内田さんは困惑している。私達に処分されると思っていたらしい。まぁ処分したくてもそんな権限は無いからできないけど。


「それは上層部が決めることだ」


 鷹岡は目で退出を促すと、内田さんは頭を下げて資料室を出て行った。


「さあ、次は事件現場に行くぞ」


 私は慌てて準備する。資料室には誰も居なくなってしまうが良いか。どうせ誰も来やしない。

 資料室の扉に鍵を閉めて鷹岡を追いかけた。


 *


 事件現場、都内の地下道。ここは昼でも薄暗く、人通りも少ない。幅は自転車二台も通ればいっぱいいっぱいだ。南北に伸び、左右を壁に囲まれた地下道はなんとなく閉塞感を感じさせる。悪く言うと、犯罪に適した場所だろう。


 鷹岡は中程まで来たところで立ち止まる。


「ここが殺害現場か」


 しばらく辺りをキョロキョロしたあと、私に向き直り問う。


「状況は?」


 私は鞄から黒ファイルを取り出し、現場写真を見る。


「滝上さんは、ここにこう……」


 なんとか事件当時の状況を鷹岡に伝えようと、体で表現しようとする。しかし、どう伝えたらよいか分からない。


「実際に寝ろ」

「はぁ? 何でそこまで」

「いいから早くしろ!」


 私は渋々うつ伏せになり、滝上さんの死体を再現する。死体は、東を頭にして地下道を遮るように倒れていた。


「凶器は果物ナイフ。背中の腰の部分に刺さっていました」


 私の説明を聞いているのかいないのか、鷹岡はスマホで私を撮りだした。


「わっ、何してるんですか!?」

「そのまま寝てろ」


 一通り写真を取り終えたあと、鷹岡はスマホを仕舞う。


「もういいぞ」

「なにか分かったんですか?」


 起き上がりながら、聞いてみる。


「ああ、殺人事件の犯人が分かったぞ」

「ええ!?」


 今ので分かったの?


「それで犯人は?」

「犯人は、桜子の前で教えてやる。行くぞ」


 私達は、再び桜子さんの住むマンションに向かうことになった。

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