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第5話 集積

 四月四日 火曜日、午前十一時四五分。


 警視庁内食堂『マルガイ』。昼時だからなのか、昨日ここを訪れたときより混雑していた。私はカツ丼を注文し席に着く。席選びにも苦労したが、偶然空いた席に滑り込みなんとか確保することができた。

 私がカツ丼に箸を付けようとしたとき、対面に鷹岡も座る。この機会に文句を言うことにした。


「何であんなことを言ったんですか?」

「何が?」


 全く悪びれていない。ここはハッキリ言ってやろう。


「桜子さんのことですよ。いきなり滝上さんとの体の関係を聞くなんて。デリカシーが無さすぎます」


 鷹岡は焼きそばをつつきながら答える。


「分かんねーだろ。独身の男女が隣同士ならそういうこともある。それに、女の隣人と接点があったのなら恋愛関係しかない」


 そんなことはないと思うが。しかし、桜子さんの反応を見る限り、鷹岡の予想は正しかったようだ。


「だとしても……」

「じゃあ何か? 桜子が進んでプライベートなことを話すと思っているのか?」


 それはそうだけど。鷹岡の言葉は納得できるようで納得いかない。なんか胸の内がモヤモヤする。


「それより、次は組織犯罪対策課のヤツに話を聞きに行くぞ」


 いつの間にか鷹岡は焼きそばを食べ終えていた。私は慌ててカツ丼を搔き込み、食器を返却して鷹岡を追いかける。


 *


 鷹岡に着いて行って驚いた。そこは警視庁地下の資料室だった。


「ここって……」

「そうだ。お前の孤城だ」


 孤城って。別に他課を敵に回しているわけではないんだケド。


 鷹岡は資料室の扉をぶっきらぼうに開けると、遠慮なしに入って行く。


「ちょっと、入室記録にサインしてください」


 牧野君が現れた。入口付近に備え付けられている空白の入室記録を指差している。鷹岡は牧野君を見つけると、睨む。牧野君もこれに反応するように睨み返す。まさかこのまま喧嘩に発展するのではないかと過剰に心配した私は、二人の間に割って入った。


「牧野君、この人はいいの。私の協力をしてくれてるだけだから」

「協力って、何の協力ですか?」


 仲間はずれにされた小学生のような顔をして、牧野君は私を見つめる。教えてあげたいけど極秘調査なの。ごめんね。

 私の態度から仲間に入れないと悟ったのか、牧野君はすごすごと資料整理に戻って行った。


「それで、どうしてここなんです?」


 小声で質問する。


「わざわざこちらから赴くことはない。同じ警視庁内なのに労力の無駄だ」


 鷹岡は通常の声量で答えた。私は人差し指を口に当て、しーっと言いながら小声で反論する。


「食堂からそのまま赴いても同じ労力じゃないですか。それに、内田さんを呼び出してないですよ」

「内田なら呼び出している」


 間髪入れずに発言する鷹岡。この人はどこまで手回しがいいんだ?

 そう思っていると、ノックがした。


「失礼します。組織犯罪対策課の内田拓哉です」

「どうぞ」


 牧野君が返事をする。入室した内田さんは、低身長で痩身の男性だった。くりくりした目が可愛らしい。動物に例えると柴犬のようだ。

 内田さんは元警察庁公安部の捜査員で、現在三十三歳だ。元公安部の中では最年少の捜査員である。


 内田さんは、牧野君に言われるまま入室記録にサインして私の正面の椅子に座る。


「何でしょう?」


 鷹岡は私に目で促す。鞄から黒ファイルを取り出して開き、怪文書を内田さんに示した。


「な……何ですかこれ」


 内田さんは驚く。


「これを送ったのはお前じゃないのか?」

「知りません」

「そうか。なら漆黒の太陽の捜査について教えてくれ」


 内田さんは一瞬戸惑った後、「本当は極秘情報なんですけど」と前置きしてから本題に入った。


「十一年前、坂田首相が狙撃された事件はご存知ですよね。これが漆黒の太陽の犯行であるのは明らかでした。警察庁に犯行声明があったからです」

「犯行声明?」

「ええ。電話に変声器で声を変えて。それで私達が警備に当たったんです。ですが、首相が撃たれてしまった上犯人を逃してしまった。この失態に躍起になった警察庁は、公安部に潜入捜査を指示したんです」


 そうか。それを志願したのが滝上さんというわけか。


「自ら潜入捜査を志願した滝上さんは、捜査一課に籍を置きながら約一ヶ月間公安部のスパイとして捜査していました。しかし、捜査一課としての捜査中、漆黒の太陽のメンバーに見られてしまったんです」


 見られてしまった? それじゃ漆黒の太陽を裏切ったと思われるのも当然だろう。滝上さんは殺されてもおかしくはないが、実際漆黒の太陽は海外に逃亡している。

 では、次にアリバイを……。


「分かった。じゃあもう戻っていいぞ」


 鷹岡が言う。

 え? まだ聞きたいことがあるのに。


 内田さんは椅子から立ち上がると、頭を下げて資料室を出ていった。


「んじゃ俺も帰るわ。明日、福岡に行くぞ」


 鷹岡も立ち上がると、片手を上げて去って行った。勝手に聞き込みを打ち切って勝手に帰るなんて。自分勝手なヤツ。

 天罰でも降れと思っていた矢先、鷹岡が資料室のドア付近で蹴躓いたのを見てほくそ笑んだことは、黙っておこう。


 *


 四月五日 水曜日、午前七時。


 東京駅、ここはいつ来ても人がごった返している。なかなか駅を利用しないから、複雑な造りの東京駅は迷子になる。やっとのことで新幹線改札口に到着し、辺りを見渡すが鷹岡の姿はない。一応電話をしてみる。


「おう」

「鷹岡さん、どこにいるんですか?」

「品川駅だ」


 何でだ。昨日そんなことは言っていなかった。


「私東京駅にいますよ」

「なら、のぞみの十三号に乗れ、いいな」


 切れた。こうなったら仕方がない。私はみどりの窓口で乗車券を買い新幹線に乗り込む。新幹線に乗るのは久しぶりだ。

 なめらかに動き出す静かさは新鮮味を感じる。新横浜を過ぎたところで加速度的に速度を上げ、次第に最高速度に達する。高速で過ぎゆく景色を眺めながらぼんやりする。

 新幹線生活は快適だった。何しろ鷹岡が隣にいない。今回ばかりは駅を間違えた鷹岡に感謝しなくてはならない。


 五時間弱の移動を終え、博多駅にやって来た。ホームで鷹岡が待ち構える。すでに昼を過ぎていたので、駅の中で昼食を食べた。


 タクシーに乗り、芝山邸にやって来た。芝山薫は元警察庁公安部の捜査員で、事件後に辞職させられた。芝山邸は和風の豪華な一軒家だ。広い庭に池まである。私もいつかこんな豪邸に住んでみたい。


 庭に入り、玄関前のインターホンを鳴らす。すると、若い女性が応対する。


「はい」

「警視庁の白木颯奈と申します。芝山薫さんにお話を伺いたいんですが」

「少々お待ちください」


 ガチャッと鍵が開く音がした。出てきたのは若い女性だった。


「わたくし家政婦の三只(みただ)と申します。どうぞこちらへ」


 玄関へ入ってビクリとする。羽を広げて威嚇する雉が出迎えたのだ。しかしよく見ると剥製だった。

 三只さんに案内される。広い家はまるで迷路のようだった。私が住めば迷子になるに違いない。そのようなことを考えながら、居間へ通される。


「薫様、警視庁の方が」

「はい」


 そこに居たのは、畳にあぐらをかいて新聞を読んでいる老人男性だった。右側にはお茶を置いている。


「どうぞ」


 芝山さんの促しを受け、私と鷹岡は正座する。


「で? 警視庁の方が何か?」

「実は……」

「実は滝上清二について調べている」


 鷹岡が私の言葉を遮り、勝手に質問する。


「なぜ今更?」

「告発文だ。告発文が警視総監に届いたんだ」

「ほう。そうですか」


 芝山さんは目を細めると、再び新聞に目を落とす。


「告発文を送ったのはあんたか?」

「知りませんね」


 新聞から目を離さず答える。まるで、私達の質問に興味が無いようだ。

 三只さんがお茶を運んで来る。私は小さくお礼を言うと、お茶を一口すする。


「じゃあ滝上について教えてもらおうか」


 鷹岡の質問に、芝山さんはゆっくりこちらに顔を向ける。


「他の二人にも聞き取りしたんでしょう。私には話すことはありません」


 もう辞職した身だから話すこともないということか。


「では、十年前の四月二十日どこで何をしていた?」

「私を疑っているのですか? それより他の人を疑った方が良いと思いますよ。公安の情報が漆黒の太陽に漏れていましたから」


 芝山さんは衝撃の事実を口にした。もう少し詳しく聞こうと思ったが、芝山さんは口を閉ざしそれ以上は何も話さなかった。


 鷹岡は食い下がろうとしていたが、私が腕を引っ張って無理やり制止させた。そして芝山さんにお礼を言うと、芝山邸を後にする。


 辞職したのに昔のことを掘り返されてもいい気がしないだろう。それに芝山さんは何も話してはくれなさそうだし。

 それより早く帰らなくては。資料をまとめる必要がある。もう夕方になっていたので、急いで新幹線に飛び乗った。

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