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第3話 威圧

 四月三日 月曜日、午前十一時三〇分。


 私は、警視庁十五階にある食堂『マルガイ』で昼食を摂ることにした。マルガイとは警察の隠語で、殺人事件などの被害者のことを言う。事件を未然に防ぐべき警視庁の食堂にマルガイと名付ける食堂の店主の度胸には恐れ入るが、それを認めた警視庁にも敬意を表したい。

 マルガイには、丼ものから麺、ステーキまで様々なメニューが並んでいる。しかもどれも五百円以内で食べられるのだから驚きである。まるで学食のようだが、どの料理も本格的な味だ。月に一度やってくるフレンチの見習い女シェフが作るフランス料理には、毎回行列ができるほど人気らしい。


 私はカツカレーを注文し、窓際の席に着く。とてもボリュームがあり、私のような華奢な女が食べるような物ではないだろうが、意外と完食できる。

 私は、歴代の警視総監が眺めたであろう景色を見ながらカツカレーを頬張る。こうして見ると、景色は十八階と変わらない。だが、権力者にとっては違って見えるのだろう。そうじゃなければ、わざわざ警視総監室を十五階から十八階に移した理由が説明できない。


 考え事をしている内にカツカレーを完食し、食器を片付けて警視庁を出る。

 次は元警察庁公安部の同僚に話を伺うことにした。


 *


 トウキョー警備保障。ここは警察の天下り先として有名だ。外観は年季が入っていて、歴史を感じる。中へ入ると、感じの良い好青年が出迎えた。


「いらっしゃいませ。ご依頼ですか?」


 私は警察手帳を取り出し男性に見せる。


「警視庁の白木颯奈です。田中修治さんにお話を伺いたいのですが」


 刑事っぽく名乗ってみた。こんな機会はなかなか訪れないからたまには許されるだろう。


「どのようなお話ですか?」

「ここでは言えません。直接田中さんにお話します」

「それでは取り次げません」


 杓子定規な男だ。だが、調査内容を話すわけにはいかない。これは極秘調査なのだから。


「では、十年前の件について話を聞きたいとお伝えください」

「……分かりました。少々お待ちください」

 

 待合室のような場所に案内された。私は椅子に座る。

 待たされている間、黒ファイルの資料に目を通す。滝上さんの遺留品は、タバコ、ライター、白手袋、財布、名刺、警察手帳。財布の中身は五千円札一枚と免許証と牛丼屋のクーポン券二枚だけだった。遺留品はポケットの中に入っていたが、白手袋だけは雑に突っ込まれていた。

 滝上さん殺害事件の捜査をした刑事は十名。その中に下内さんもいた。


 次に警察庁公安部の資料。漆黒の太陽の捜査をしていたのは四名。滝上さんを除いた三名全員が処分されている。その中の一人、田中修治さんはトウキョー警備保障に天下りさせられたらしい。

 ちなみに、他の一人は警視庁組織犯罪対策課に異動になり、もう一人は警察を辞職して現在福岡に在住している。


「どうぞ」


 男性が声を掛ける。私は開いていた黒ファイルを鞄にしまい、男性の後ろを着いていく。

 案内されたのは、厳かな扉の前だった。その様相は警視総監室の扉にも引けを取らないほどだ。上部に掛けられたプレートには『社長室』と書かれている。ゴシック体で書かれたその文字からは、堅苦しい印象を受けた。

 なるほど、田中さんはトウキョー警備保障の社長なのか。


 私はドアをノックして扉を開ける。


「失礼します」


 一人掛け用のソファに深々と腰掛けていたのは、白髪の生えた年増の男性だった。その顔のシワからは人生の苦労が読み取れる。


「警視庁の白木颯奈と申します」

「こちらへ」


 勧められたソファへ腰掛ける。

 辺りを見渡すと、赤べこやらこけしが部屋の中を彩っていた。たしか田中さんは福島県の出身だったはず。郷土愛が溢れる部屋に仕上がっている。


「それで、十年前の話とは?」

「はい。滝上清二さんについて調べています」


 田中さんは眉をひそめる。


「滝上の? どうして今更」

「詳しいことは話せませんが、ある人物の依頼で滝上さんの事件を調査しているんです」

調()()ね……」


 田中さんは私の胸元に目を落とす。捜査一課が付ける赤いバッジが付いていないことに疑問を持ったようだ。

 それにしても、捜査ではなく調査であるところに気づくとはさすが元警察庁公安部の捜査員だ。


「まぁいいだろう。滝上の何を知りたいんだね?」

「滝上さんはどんな人物だったんですか?」

「滝上は優秀だったよ。警視庁捜査一課の刑事でありながら警察庁公安部の捜査員をしていたんだからね」


 私は疑問を口にした。


「なぜ滝上さんは捜査一課の刑事と警察庁公安部の捜査員を兼任していたんですか? 秘密保持の観点からは妥当ではなかったはずです」


 田中さんは腕組みをして考えている。


「そうなんだがな、なぜかそれが通っちまったんだよ。おそらく裏から手を回したんだろうな」


 滝上さんはどうしてそこまで捜査一課に拘ったんだろう。田中さんも知らないようだった。


「では、十年前の四月二十日はどこで何をしていましたか?」

「アリバイか? その日なら休暇を取って家にいたよ」

「それを証明できる人は?」

「いないな。その頃嫁さんは入院していたし、一人息子も地方に就職している」


 アリバイは無しか。


「他に何か知っていることはないですか?」


 私が質問すると、田中さんは腕組みを解いて逆質問してきた。


「なぜ今頃調査をしている? それを答えてくれればとっておきの情報を教えてやる」


 とっておきの情報は知りたいが、怪文書のことは極秘だ。誰にも話すわけにはいかない。


「大方、告発文でも届いたか?」


 ギクリとする。さすが元公安、鋭い。


「図星か、そうか」


 田中さんは納得すると、私の顔をじっと見る。


「それで、なぜお前が調査をしているんだ?」


 それは田邉警視総監に聞いて欲しい。


「さぁ、なぜでしょう?」


 曖昧な返事を聞いて、田中さんは顔をしかめる。


「まぁいい。とっておきの情報を教えてやろう。滝上はな、漆黒の太陽に潜入捜査をしていたんだ」


 潜入捜査をしていた? そんなこと黒ファイルの資料には書かれていなかった。


「滝上さんは潜入捜査をしていたんですか?」

「そうだ」


 ならば、潜入捜査で正体が露見し、漆黒の太陽に殺害された可能性が高い。仲間の犯行じゃなかった。


「さあ、教えてやったんだ。なぜお前が調査をしているのかはっきり答えてもらおうか」


 田中さんはまじまじと私の顔を見る。このまま田中さんに吸い込まれてしまうのではないだろうか。その圧に負けないように力を振り絞って誤魔化す。


「これで解決しました。ありがとうございました」


 お辞儀をしてそそくさと社長室を出る。すると、扉の前に私を出迎えた男性がいた。盗み聞きしていたのだろう。


「おや、お茶をお持ちしようと思いましたのに」


 すました顔で言うが、お茶の湯気はもはや立っていない。私は男性に小さくお辞儀するとトウキョー警備保障を後にした。


 田中さんの圧にまだ震えている。あの、人に噛みつく狼のような目はしばらく忘れられそうにない。


 これで滝上さんの死の真相が明らかになった。だが第三者の意見が欲しい。

 明日はあのぶっきらぼうの探偵に私の推理を突きつければ、ギャフンと言わせることができる。まってろよ、探偵野郎。

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