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第八十九話 老兵の意地

【王】急転直下


――――――――――――――――――


「御屋形様。将軍様は出陣を決めたようですが、我ら細川勢は動かなくとも良いのですか?」

「なんだ香西こうざいか。解り切ったことを聞くな。なぜ儂が泥を被らねばならない」


「そうは仰いますが、幕府軍で大した働きをしていないのは、我らくらいですぞ」

「ふん。それなりに働いておかねば、後々貧乏くじを引かされるかもしれんな」


「今より状況が悪くなれば、高みの見物も厳しくなるでしょうな」

「そっちの方が損だの。まあ良い。敵が引いたら周辺警戒でも買って出てやろう。皆が疲れておる中で、夜通し働けば文句はなかろうて」


「御屋形様の御心のままに」

「三好の分家兄弟にやらせておけ。儂は休む」


「三好 宗渭そうい為三いさですな。奴らも働きたそうな顔をしておりましたから、喜んで働くでしょう。では、そのように」



細川晴元の小屋から出た香西元成こうざい もとなりは、ため息交じりに呪詛を吐く。


「血筋だけの屑めが。味方がいくら傷つこうが気にもせん。これなら味方を見殺しにしない将軍様の方がマシではないか」



纏まらぬ幕府軍。その中の一勢力ですら一枚岩ではない。

唯一、纏まっているのは朽木谷の者たちのみ。


――――――――――――――――――



櫓の縁を握りしめ、如意ヶ嶽の方角を睨む。

皮を剥いだだけの木材で作られた櫓。

いくら力を込めたとて握りつぶせるものではないのに、軋む音が聞こえた。


思わず手を離してみれば、湿った櫓の縁。

興奮と不安。

直轄軍への期待と仲間を失う可能性。


どちらも抱えてしまう不合理な己の感情。

自分が敵に突っ込んでいければ、どれほど楽だったであろうか。


「きっと大丈夫です」


そう呟くように声をかけてくれるのは、いつも側にいて俺をフォローしてくれるイケメン。彼の顔を見ていると惚れてしまいそうだ。

それくらいにしっかりと前を見定めている。

彼の立ち姿は、どのような結果になろうともすべて受け入れるという決意と感じさせる。


俺が彼のように揺るがぬ大将であらねばならないのに。


「そうだな。彼らならやり遂げてくれる」

「はい」



直轄軍の幕府歩兵隊は、城門こそ静かに出ていったが、一歩外に出れば、野山を駆ける獣のごとく進んでいく。

しかし、すぐには辿り着ける訳ではない。


次第に、別働隊は松永勢に誘導されるがまま、三好長逸みよしながやす勢の待つ地に追い立てられる。

別働隊は将軍山城に退いているつもりだろうが、全体を眺めている俺から見れば、バラけないように追い立てられているようにしか見えない。

それくらいに松永勢と三好長逸勢の連携は巧みだった。


三好長逸勢は五百の兵を密集させず、小さな鶴翼に広げた。これでは突破が狙いの別働隊が有利となる。山間の道は通れる場所が限られる。どう考えても大多数は道なりに進むのは目に見えているのに。

それでも中央を厚くしないのは、自信の表れか次なる策略があるのか。


「なぜ兵の少ない三好勢が鶴翼の陣を敷くのだ?」

「私にもわかりません。何かあるのでしょうか。和田殿お分かりになりますか?」

「奇妙な動きですな。しかし、当て推量で宜しければ」


ここにいる誰もが正解がわかるわけではない。

みな、考えを巡らせ対応を取るしか無い。


「聞かせてくれ」

「単純に見るならば、あの陣形でも別働隊が突破できるとは思っていないのでしょう。だからこそ、羽を広げて包み込む形を取ったと」


「単純ではないとすれば?」

「まだ後ろに兵を残しているということも」


「……あり得るな」


松永勢は、総勢千だった。今、見えている三好長逸勢は五百のみ。

普通に考えれば、あと五百がいるはず。三好家中の力関係を思えば松永久秀まつながひさひでより多く引き連れていてもおかしくない。


こうやって目隠しされたような状態で敵と対峙するのは不安が付き纏う。

見えない敵に怯えながら、手を打たざるを得ない。

いないかもしれない敵に怯え、兵を出し惜しみしてしまうかもしれないし、予想外の襲撃を受けるかもしれない。


諜報が弱いと、こうまで戦いで不利になるのか。

いや、三好長慶みよしながよしに振り回されていることが原因だ。諜報だけでなく、対応の一つ一つが後手後手に回ったせいだろう。


そもそも俺は、忍者営業部を組織して、全国でも類を見ないほど大きな諜報組織を抱えているのだ。それが上手く機能しなかったのは、俺のせい。

頭が機能しなかったから、彼らの技術を発揮することが出来なかった。


お飾りの大将だからといって、受け身になるのではなく、もっと主体的に動くべきだった。兵法を勉強してわかった気になっていたが、相手もそれくらいうに学んでいるのだ。そして相手も勝つために必死に考える。


――まだまだ覚悟が足りない。決意も、必死さも何もかも。



「上様! 別働隊が三好勢と衝突します!」


案の定、待ち構えている三好勢に突っ込むことになった別働隊。

当然のように一塊になり、包囲を突き破ろうとするが、元気な兵は少数。


あれは朽木の爺さんたち救援部隊の面々だろう。

しかし後続の押し込む力が弱く、突破できない。


――別働隊の士気が上がらないのか。それとも、すでに余力がないくらいに限界だったのか。


次第に救援部隊と別働隊の動きの差が顕著になり、ジリジリと進む救援部隊と、進むに進めない別働隊で間が空いてしまった。


そこを埋めるように、羽を閉じる三好長逸勢。

いくら奮闘しようとも前後左右を挟まれ、数を減らす救援部隊。


「頼む……。爺さん無理しないでくれ。もうすぐ歩兵隊が行くから……」


味方を救うため血路を開かんとばかりに奮闘する古強者達。

俺の思いは届くはずもなく、時は過ぎる。

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