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第八十六話 別動隊

【王】急転直下

 全兵力の半数以上が残る将軍山城。

 俺は如意ヶ嶽奪還に動く部隊を見守っていた。


 幕府軍千五百が将軍山城を下りて、如意ケ嶽に向かっていく。

 迅速に出陣の準備を終えたが、如意ケ嶽に籠る松永軍にはバレていることだろう。

 向こうからこちらを眺めていれば、城内で出陣の準備をしているのは一目瞭然。


 奇襲のように相手の虚をつくことは不可能で、急いで出陣したところで、松永軍の準備の時間を少し減らしたくらいだ。

 こちらは城まで行軍しなければならないけど、敵は移動する必要は無く、防衛の準備を続けられる。


 一方、こちらは見られているのは承知の上とばかりに、真っ直ぐに進む。やがて麓に辿り着くと、先陣は攻め口を増やすように広がって陣取る。そして息つく間もなく攻めかかった。


 攻め手の第一陣は五百くらいだろうか。その数は如意ケ嶽に籠る松永勢と同数。

 如意ケ嶽は、先ほどまで幕府軍が抑えていた地。

 それらの理由もあってか幕府軍が押しているように見える。


 ――いけ! そうだ進め!


 そこかしこで柵に取り付きだす兵が出てきた。

 あまり松永軍の士気は高くないようで、守勢に回る敵兵の動きが鈍い。

 あと少しで押し切れる。追加で五百の兵がいれば一気に押し切れそうだ。

 いや、五百もいらない。今でも何とか均衡を保とうと必死に防戦している松永勢。


 もう一押しすれば、一気に崩れ去りそうな脆さがある。


 ――後押しの兵を出せ! そうだ、良いぞ!


 俺と同じように見たであろう幕府軍の指揮官が後詰の兵三百のうち半数を割き、城に向かわせるため前に出した。その部隊が隊列を整え、攻めかかった。


 ――これで如意ケ嶽も奪い返せる。そうすれば、予定通り将軍山城から京へ圧力をかけられる。陽動の役目は果たせそうだ。


 後詰の部隊が如意ケ嶽の中腹に差し掛かったころ、ザッ、ザザーと音がした。

 それと同時に浮塵子うんかのような黒い雨が、幕府軍別働隊の本陣に降りかかった。

 その雨に撃ち抜かれた人間は地面へと倒れ込む。


 鎧、首、腕、足。


 場所を選ばず突き立つ矢。それは立っている者にも倒れ込んだ者にも平等に。


 やがて無慈悲な雨が収まると、如意ヶ嶽の西側から旗が立ち、槍足軽が突撃してきた。

 その旗に描かれた紋は『白地に蔦』。松永久秀の旗。

 槍足軽は寄手の本陣の横っ腹を狙っている。


「伏兵っ! まだ手札を隠していたのか!」


 驚きのあまり声が出てしまう。

 狙われた寄手の本陣は混乱しきっている。

 伏兵の部隊は、ざっと見ても五百程度。寄手の本陣は、それより多い七百くらい。

 本来であれば跳ね返すのは難しくない。


 しかし混乱の極みに陥っている本陣では組織的に反撃するのは難しそうだ。

 残されていた後詰めの部隊と、城に攻めかかっていた後詰めの部隊が、伏兵に向かうべく慌てて反転する。


 後詰めは全部で三百。本陣は弓矢による損害はあったが元々七百いた。

 数では何とかなるはず。しかし、本陣はまともに槍を揃えることも弓矢を放つことも出来ない。

 真っ直ぐ本陣をめがけて進む伏兵は、待機していた後詰部隊が側面から迎撃する。

 若干、進撃速度を落とせたが勢いは止まらない。


 伏兵の先頭が本陣間近になると、如意ケ嶽を登っていた残りの後詰部隊も駆けつけた。逆落としの勢いそのままに横合いから突きかかるが、止められたのは後ろ半分だけだった。

 前半分の伏兵部隊は、寄せ手本陣に雪崩れ込み、蹂躙していく。


 伏兵部隊は命を惜しむ者なく、当たるを幸いに組みかかる。一方、幕府軍は数が多いものの、その利点を活かせずにいる。立ち向かう者、右往左往する者、逃げる者。


 時間さえかければ、本陣は落ち着きを取り戻すであろうし、後詰部隊と一緒に包囲すれば殲滅も難しくないだろう。しかし、それまで本陣が持つかどうか。今の様子では、副将クラスでも討たれてしまえば総崩れになりかねない。


 本陣が崩れれば、如意ケ嶽に攻めかかっている先陣も崩れる。それどころか伏兵と如意ケ嶽に籠る城兵に挟撃されてしまうかもしれない。

 これはまずい。このままでは幕府軍千五百が壊滅の恐れがある。


「朽木の爺さん! このままでは別動隊が壊滅する! 助けに行かねば!」

「お待ちくだされ! 伏兵があれだけとは限りませぬ! 別動隊を助けに行って、此処まで奇襲を受けては元も子もありませぬぞ!」


「だからと言って見過ごすわけにもいかないだろう!」

「見過ごすとは申しておりませぬぞ。別動隊の本陣が一息つければ良いのです。さすれば立て直しできましょう。そのためにも儂が少数の兵で助太刀して参りまする」


「少数の兵なんてダメだ! あの乱戦では助けにいく爺さんの方が危ないじゃないか!」

「例え儂が死すとも少数で多数を生かせるのであれば、重畳というもの。何より軍議を主動した者は責任を負わねばならぬのです。まさにここが責を負う場。お止め下さるな」


「何言ってるんだよ! それを頼んだのは俺じゃないか! 責を負うなら俺だろ!」

「違いまする。《《儂が》》軍議で発言したのです」


「――っ! それはそうだけど!」

「これ以上は時が惜しゅうございます。別動隊は血気逸った若き者ども。まだこれからの者どもにございます。死ぬべきは老いぼれたる儂のような者。ここで行かねば誰が行くというのです。老骨の死場を奪わないで下され」


 屁理屈をこねれば、朽木の爺さんを論破できるのだろうけど、それは違う気がした。

 だからなのか、上手く言葉が出ない。


「…………」

「では、御免!」


 何か言いたいけど何も言えない。頭の中で色々と言葉が巡る。


 そして気が付いた。


 覚悟を決めた人間を止められるのは、同じくらい覚悟を決めた人間の言葉だけなのだと。

 そして、止められなかった俺には、それだけの覚悟がなかったのだと。


「おい! そこにいる老いぼれた死に損ないども。別動隊を助けに行くぞ! 畳の上で死にたくない者は儂に続け!」


 朽木の爺さんこと朽木稙綱くつきたねつなは、老将ばかりを引き連れ、救援に向かっていった。

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

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