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第七十八話 如意ケ嶽

【王】山城国への侵入<始>

 我ら幕府軍は、坂本の地から山へと分け入り、山城国に侵入することが決まった。

 そのこと自体は既定路線なので、特に軍議が滞ることはなかった。


 この本誓寺から山城国へと向かう進軍路の先に将軍山城がある。将軍山城は京の盆地の東際に位置するのだが、此処を押さえられると、京に侵入することが難しくなる。将軍山城の足元には今道越いまみちごえと呼ばれる近江と京を繋ぐ山越えの道がある。そして、将軍山城は京方面の出入り口付近に位置する。

 だから仮に無視して突破したところで、帰り道を塞がれてしまう。


 京に雪崩れ込むだけならまだ良い。攻めかけられても突破するだけなら何とかなる。城を囲む兵だけ残し、進軍も出来る。

 問題は帰りだ。もともと山道というのは谷間にある細い道ばかりだ。必然、大人数は通れない。退却時は平地から山に分け入らなければならないので、進軍速度が遅くなってしまう。

 余裕のある退却戦ならば大丈夫であろうが、敗走の時にも落ち着いて行動できるとは思えない。

 

 そうやって間延びして逃げている最中に、将軍山城から逆落としをかけられれば、無防備な横っ腹に痛撃をくらう。退却時にそのような攻撃にさらされては、更なる混乱を招くことであろう。これくらいは俺にもわかる。

 そのため、国境の山々に入るのは既定路線だが将軍山城の敵を排除しなければ、京に圧力をかけられるとは言い難い。本来の目的を達成するためには、将軍山城を奪うか、城に籠る敵を追い払う必要があるという訳だ。


 そして今、絶賛山登り中である。

 剣術修行を経て、軟弱な体ではなくなったはずだが、キツイ。かなりキツイ。

 比叡山延暦寺があるおかげで、参道や人の通った形跡のある山道があり、手の入っていない山を登るよりは、遥かに楽だ。

 それでもキツイのはキツイのである。


 藤孝くんが気を使って話しかけてくれるが、まともに返事が出来ない。

 聞く気が無いんじゃなくて、頭に入ってこないのだ。


「上様。坂本から比叡山の麓に至る地には穴太あのう衆と呼ばれる石工集団がおるそうです。かれらは寺社などから委託を受けて石組みを行う技能集団のようです」

「へ、へぇ~、石工ね……」


 お寺で石っていうと、階段や参道、灯篭なんかを作るのかな。

 できたら、この道の全てに石を敷き詰めてさ、歩きやすくしてくれると嬉しいな。


「――そうそう。この先、比叡山のとある場所に、かの古今和歌集の選者であった紀貫之きのつらゆき公の墓所があるそうですよ!」


(紀貫之ね。あれでしょ。あれ。古今和歌集の人だよね……知ってる、知ってる)


 もうここまで来ると返事も出来ないので、頭の中で返事をしている。

 すまん、藤孝くん。俺の戦いは、今まさに頂上決戦を迎えているのだ。


 こういう険しい山ってさ、現代ならケーブルカーとか設置するような所だよね。

 こんな険しい道でもお参りに行くんだから、昔の人の信心には頭が下がるよ。

 ほら、俺の頭がこんなに下がって歩いている。うん、これは苦しくて勝手になっているだけだ。


 この時代の人たちって本当に健脚だよな。

 移動手段が基本徒歩だからかもしれない。俺より結構年上の人でも、身分の高くて普段馬に乗っているような武将でさえも元気に歩いている。苦しそうなのは、俺と細川のおっさんくらいだ。この組み合わせは何か嫌だな。

 虚勢を張ってでも元気に歩こう。


 朽木谷を出て現在に至るまで四ヶ月ほど経った。

 ダラダラと進軍して、長期間の滞陣のせいで身体がなまってしまったのだろうか。

 この後が本番というのに、ひとり頂上決戦を迎えている訳にはいかない。

 そう決意したところで大将が、やたらめったら走り回る訳にはいかないから、刀を振るだけじゃなく、スクワットかなんかでもして、足も鍛えておこうかなと計画中。

 常に馬に乗って逃げられるわけじゃないのを身をもって理解したところだからね。



 険しき山道を進む幕府軍は、将軍山城を三好軍に占拠されたことを受け、優位に立てる地を目指した。

 そこは如意ケ嶽と呼ばれる高い山で山城国と近江国の中間から、やや山城国寄りの場所に位置する。


 山深いこの場所は木々が生い茂り、人海戦術でもって切り開いているところだ。

 お偉方は、さらに後方の山の開けたところで休憩中。

 ここは、いずれ後備あとぞなえが陣を張る予定だ。

 そもそも俺ら幕府軍本隊がここに着いた時には、ある程度、砦の形が出来上がっていた。

 先行した部隊が安全確保と陣地構築まで行っており、完成の目途が立ってから、俺らの御入場となる訳だ。


 先行部隊は、如意ケ嶽の山頂と近江国方面への登り道に生える木々は切り倒して、進軍路の整備や山頂の整地をしてくれた。

 切り出した木々は、乾燥させていないので建材には使えないものの、柵や逆茂木には使える。櫓なんかも細めの丸太をそのまま使うそうだ。


 長期間籠る予定の場所であれば、もう少ししっかり作るようなのだが、今回は将軍山城に籠る三好軍に備えるための陣地構築の意味合いが強い。だから、現地調達した丸太をそのまま使用する。早く防御陣地を作ることを優先しているともいえる。


 木を切り倒す作業と並行して、進められたのが柵作り。

 柵の横木は太い木でなくても構わないので、先行部隊が出発する前日に確保済み。

 おかげで作業は順調に進んだらしい。


 柵作りと並行して砦の塀となる丸太を突き立てっていく作業になるらしい。そして砦の四隅や門の脇に櫓を作る。

 これが済めば、一先ず砦の体裁が整う。


 柵の増設の様子を見ていると皆、手慣れた様子で穴を掘り、丸太を突き立て横木を結わいていく。これが自分の命を守ってくれる大切な物だ。何より優先すべき作業であり、合戦ともなれば真っ先に作られる。手慣れているのも当然だよな。


 それ以降も、防御力を高めるために柵を増やしたり、空堀を掘ったり、土塁を掻き揚げたりする。空堀を掘るのは、土塁作りの土を得るためでもあり、セットの作業だ。

 防御力を高める作業は随時行っていくが、まずは防戦できるようにするのが優先される。


 そんなこんなで周辺の安全が確保されたので、如意ケ嶽の砦に入り、櫓に登る。

 なぜ幕府軍が将軍山城に籠る三好軍に対処するために如意ケ嶽を選んだのか。


 それは――――


「……此処からなら、将軍山城の様子が手に取るように見えるな」

「はい。三好軍の動きは全て筒抜けですね」

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