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第七十二話 自意識

【他】細川晴元という男

近江国 朽木谷村


 やっと、やっと三好の子倅を叩きのめす機会が来よった。

 丹波国人衆を煽り、若狭国人衆を煽り、三好の家にも手を伸ばし、やっと開戦にこぎつけられたのだ。

 この数年、このような鄙びた村に籠ることになり、どれだけ退屈であったことか。


 それもこれも三好の若造と腰の座らぬ将軍のせいぞ。

 何より、管領たる儂が京におらぬなど、あってはならぬ。

 天下の幕府を差配する。京の主は儂なのだ。


 かつての堺公方など紛い物。

 だから切り捨てて義晴を盛り立ててやったというに、三好の子倅が邪魔しおって。

 あやつがおらねば、儂は京の主でいられたものを。

 下々の者など儂にひれ伏しておれば良いのだ。

 口を挟むなど烏滸がましい。刃を向けるなど以ての外。

 儂に歯向かったことを後悔させてやる。父親同様、冥府に送ってやろうぞ。


 それにしても、義輝とかいう小僧の扱いにくさよ。

 昔は強く言えば頷く人形でしかなかったはずが、いまや下賤な者を扱き使って、好き勝手動いておる様子。儂の義弟である武田信豊(義統に追放された前当主)が可愛がる次男を後継者にさせ、当主の集権化を図ってやろうとしていた計画を小僧が台無しにしおった。

 あの計画が上手くいけば、若狭国には儂の言いなりになっておったはずだというに。


 父子ともども恩を売って後背を固めるという深謀遠慮の策を無為にしおった。今は良い気になっておるが良い。京に戻れば、儂を頼らざるを得んのだからな。



 それにしても関白殿もまだまだ青い。まんまとこちらの手の上で踊りよった。

 幕府のだらしなさを事あるごとに吹き込み、若さ特有の潔癖性をくすぐる。大した苦労もなく、幕府に不信感を持ち、距離を取り始めた。


 極めつけは改名である。

 義晴からもらった晴の字を捨てさり、決別の意思を表した。

「関白殿が幕府を正すためにも意思表示をなさるのです」そう吹き込めば、己が英雄の如く錯覚し、鼻を膨らませておった。加えて「関白殿が監視して、儂が内部から是正する。そうすれば、武士どもは、かつてのように朝廷の犬となりましょう」と言葉を続ければ、もうその後の儂の話など聞いておらんかった。


 その言葉を聞いたあやつの顔ときたら。

 今でも笑える。これでもかとばかりに鼻の穴が広がり猪のようであった。

 高貴な御顔が台無しであったぞ。


 家柄だけで何も知らぬ若造に天下を舵取りできる訳も無かろうに。

 根拠のない自信と理屈ばかりの統治論では誰もついてこぬ。それを戯言と言うのだよ。


 若造の目論見は、朝廷と幕府の力関係を逆転させ、かつての栄華を取り戻す。

 そうなれば今上帝も覚え良かろう。いつまでも叶わぬ夢を見ているが良い。


 本人は天下の宰相の気分であろう。

 いや、祖先の道長公と並ぶなどと考えておるのではなかろうか。笑止千万である。


 まあ、あそこまで幕府嫌いの感情が拗れれば、もう元のようには戻るまい。朝廷は、幕府に対し、対立路線を歩むであろう。

 関白殿の若さを考えれば、あと数十年は変わらぬ。

 儂にとって都合の良い下地が出来上がってきたものだ。


 後は三好を叩き出し、京から追い払わねば。

 正当なる主が戻るためには、掃除をしなければならん。

 六角や小僧を前面に押し立てて、三好と潰し合いをしてもらおうか。


 力を失い、混迷する京を儂が導いてやろうぞ。

 儂の都合の良い京の都にな。

【他】細川晴元という男【了】

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