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第六十五話 タイムリミット

第二十幕 その道の行く先は

 塚原卜伝つかはらぼくでん師匠からは、奥義も伝えたし、修行の終わりが近いと告げられてしまった。

 正直驚いた。まだまだ修行は序盤も序盤。剣豪と呼ばれるまでの道のりは遠い。


 ここの所、衝撃の事実を告げられることが増えてきた気がする。


 この前の卜伝師匠の様子は、いつもの好々爺といった風情ではなく、教え導く師のような話し振りだった。

 奥義『一之太刀』についてもハッキリしないままである。正確に言うと俺の一之太刀はまだ形すら見えていない。


 師匠の一之太刀は斬られる前に斬る必勝の奥義である。

 俺が目指すのは仲間を守るため。戦乱の世を終わらせるために力を尽くすことが目標である。

 それを剣に置き換えてみても、剣を振って世を平和にするなんて形が見える訳がない。

 卜伝師匠が言っていたように、剣は一つの手段なのだろう。そして俺の掲げる目標に剣術は直接的な手段になり得ないということでもある。


 思い返せば、卜伝師匠は確かに言っていた。剣は手段の一つに過ぎない。勝つための兵法を授けると。

 しんどい剣術修行を続けるうちに、いつの間にやら剣を極めなくてはという考えに変わっていった。あれだけキツい修行なら剣を極めたいと思って当然だと思う。じゃないと報われない。


 正直、一年や二年で剣の道を極められる訳はないし、俺が剣だけにのめり込んでいられる訳もない。

 もしくは剣を極めたいと思い込んでいたのかもしれない。これは逃げていただけかもしれないな。


 そんなこと出来る訳ないのに。



 ふと、何か予感めいた物を感じて、身辺整理を始めた。

 先ずは俺の持ち物である。


 基本的に朽木谷で暮らすだけなら、俺が気にすることは無い。

 身の回りの全てを楓さん達がやってくれるからだ。


 朝起きれば着替えは用意されているし、飯、夜着なんかも準備されている。


 せめてもと思いついたのが、俺が所有しておる刀。今まではそこまで興味が無かったし、格好良いなと思いつつも、重たい邪魔物のように思っていた。

 手入れも人任せだったのだけれど、卜伝師匠に師事するようになってからは、自分の差料は自分で手入れをするようになった。 


 刀は思いの外、多くの部品がある。

 それらをバラして、刀身の手入れをする。

 刀を持つ者なら、必要な作業だ。


 俺の差料は出来の良い刀である。

 刀に無知な俺でも凄みを感じる。

 銘は基近造もとちかつくる。その刃文は、美しく芸術品のようだ。伝来を聞くと鎌倉時代の作であるらしい。

 戦国の時代の今ですら、歴史の重みを感じる刀である。令和の時代まで残っていたら、一体どこまで価値が跳ね上がるのだろうか。


 それで一度俺の所有している刀を見聞しようと思ったのだ。

 大典太光世おおてんたみつよに始まり、鬼丸国綱おにまるくにつな、二つ銘則宗ふたつめいむねのり骨喰藤四郎ほねはみとうしろう大般若長光だいはんにゃながみつまで。

 さすがは将軍家所蔵の刀。武家の棟梁なだけはある。藤孝くんの解説を聞いたら、どれもこれも逸品中の逸品。

 足利家伝来の重宝である。鬼丸国綱と骨喰藤四郎に至っては、室町幕府を開いた足利尊氏の佩刀だったという。


 他にも一級品の刀が揃う。将軍への献上品で下手な物を渡さないから必然と言えば必然なんだけど。

 しかし、これらは俺が持っていても箪笥たんすの肥やしになるだけだろう。


 師匠も言っていたが、俺が剣を振るうことはあってはならない。平時であれば、護衛が未然に防ぐし、戦場では陣を下げるか、退かねばならないのだから。


 そうなると価値のある刀を俺が所蔵する意味はないな。美術品や嗜好品を蒐集する余裕がある訳でもないし、こいつらの使い道を考えてあげないと。

 こいつらも、その製作者も報われないだろう。


 それに、あの高名な塚原卜伝に師事し、奥義『一之太刀』を伝授された剣豪将軍なんて話が出回ったら、勝手に剣豪将軍の看板が独り歩きして、献上品が刀ばかりになるのが目に見えている。

 やはり活用方法を考えておくのは重要だ。


 かといって足利尊氏公が使用していた名刀を手放すのは、まだ早い気がする。

 世が定まって、戦乱を終わらせた家臣に。これ以上ない褒賞として下賜するような貴重な刀だと思う。その時でも、あげてはダメと言われるかもしれないが。


 今は丁寧に保管し、眠っていてもらおう。願わくば人に向かって抜きはらうことの無いように祈りを込めて。



 今ある刀の手入れを繰り返す日々。決して無心になりきれず、未だ形の見えない自分の道、自分の一之太刀を思い描きながら、刀と向き合う。

 刀身に写る歪んだ自分に向き合う。


 ハッキリとした形が見えない様は同じだ。

 しかし、時間は過ぎていく。

 それぞれの事業は順調で金も兵も集まってきている。

 しかし、形は見えてこない。


 それでも時間は過ぎていく。

 刻一刻と確実に。

 タイムリミットは近付いていた。

 俺のあずかり知らぬところで。



 そのタイムリミットは、いつものように朽木谷の外部から届く書状によってもたらされた。


 新年を迎えた朽木谷。

 いつもの如く、外部からの書状は新年の慶事を祝うものではなく、戦乱へと誘なう悪魔の囁き。

 避けられぬ無慈悲な誘い。誘いという名の命令。名目は何であれ、ここから出ていかねばならぬ事実は変わらない。

 果たして俺は今年を無事に生き抜くことは出来るのであろうか。

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