第四十八話 初めてというものは
第十五幕 初陣【始】
和田惟政さんの言の通り、清家の里に連絡を入れてから、翌日の朝には、滝川一益さんが朽木谷へと辿り着いた。
相変わらず、この人たちの移動速度は尋常じゃない。誰もそのことに突っ込まないのが不思議でしょうがないのだが。
朽木谷では俺が非常識人という訳だ。釈然としないが軍議を始めるとしよう。
「一益、遠路はるばる良く来てくれた」
「大したことではございませぬよ。戦と聞き、血が滾ってしまい馬を攻めすぎてしまいまして」
「あはは……。そうか、それは頼もしい。状況は聞いているか?」
「聞き及んでおりまする」
「良し。では今日までに分かっている情報の共有を。惟政」
「まず敵勢の動きを。弟の信方派に属する重鎮 粟屋勝久の領地では兵の動員が進んでおります。この様子では出立まであと一日だと思われます。兵数は二百。しかし後瀬山城までの道のりには粟屋の一族の領地があります。兵は増える可能性が高いかと」
現状でも二百人 対 百二十人。これ以上増えるのはマズいな。
希望的観測だけど権力を独占するために、一族であって秘匿する可能性もある。
しかし、もしそうじゃなく、万全を期してきたのなら、さらなる劣勢に立たされることになる。
この情報は捨て置けないな。
「それはどの辺りか?」
「若狭国遠敷郡にございます。粟屋勝久の領地から若狭武田家の本拠地である後瀬山城まで凡そ三分の二ほど進んだ辺りになります。想定される進軍経路は丹後街道かと」
三分の二か。そこまで来る前に何とかするか、敵をすべて炙り出してからまとめて打ち払うか。今後のことを考えると義弟の義統さんの敵を排除しておくことは有益ではあるんだけど……。
「なるほど。ただでさえ我が方より多い兵が増えるのは厄介だな。粟屋勝久自身の兵はそれ以上増えないのか?」
「おそらく。それ以上引き連れますと、越前朝倉家に対する備えが薄くなりすぎる恐れがありますれば」
粟屋勝久だけであれば、戦力は確定。時間をかけると兵力差が広がる恐れがあると。
「こちらの状況は?」
「兵数は変わらず百二十。武具や矢玉に不足はございませぬ。御嫡男の武田義統様には、状況を伝えており申す」
「ありがたい。しかし義弟殿の準備が間に合うかどうか」
「なかなか厳しいかと。後瀬山城に留まっておれば様々な妨害が考えられます。意を決して城から脱出できれば相応の準備が整いましょうが」
そもそも当主が弟を嫡男に据えたいんだもんな。そのために粟屋勝久にこっそり兵を集めさせて力を背景に強硬手段に及ぼうとしているのだから。
その関係性からすれば、義統が逃げ出すのを見逃すわけがない。むしろ引き留めて粟屋兵が取り囲む方が効果的だ。
「となると、状況を伝えられたのは幸いだな。決断もしやすくなろう」
「当方はどう動かれますか?」
そこが問題なんだよな。方針としては二つ考えられるけど、実質一つかもしれない。
「こちらの正体を明かすか明かさぬかで動きが変わるだろう」
「明かす場合は?」
「義弟殿と連携して粟屋勢の後方から襲う」
「義統様が粟屋と対陣している最中に挟撃するのですな。敵は、そもそも幕府軍が参戦するとは知らぬはず。効果的かと」
間違いなく奇襲は成功できるだろう。我が軍の機動力は、農民兵も混ざる粟屋勢を圧倒しているし、忍び衆は気配を断つのが本業のようなものだ。奇襲するのはお手のもの。
ただなぁ……。
「これでも勝つには勝てるだろう。挟み撃ちなら二百の敵勢全てを相手にする必要もない。上手くいけば大将首も狙えるかもしれない。しかしな……」
「当方の損害が気になりますか?」
そうなんだよ。やっとここまで増えた直轄軍をここで目減りさせるというのは最善とは言えない。何より、仲間を失うのは少なければ少ないほど良いに決まってる。
「そうだ。我が軍は総勢百二十と言えども、半数は忍び衆。正面から槍で叩き合う戦いが本業ではない。そうなると我が軍の力の半分も出ないだろう」
「では明かさぬ方法で?」
専門というのは大切にした方が良い。最も力を発揮できるのが専門というものなのだから。半数が忍びという特性の軍であれば、姿を晒してぶつかり合うのは下策中の下策と言える。
「ああ。隠密裏に襲撃し領地に退却させようと思う」
「退却、でよろしいのですか?」
「全滅させたところで義弟殿の国を弱めるだけ。元々若狭国は大きくないのだ。隣国には、丹後一色家や朝倉家がいる。丹波方面は三好家の影響が強い。少しでも国力が下がるようなことは避けたい。それにな……やはり駆り出された農民を殺したくないのだ。甘いかもしれんが」
「……承知」
和田さんは何か言いたそうであったが、俺の意向を受け入れてくれた。
甘いのはわかってるんだけど、やっぱり農民の人は殺したくない。
武士なら覚悟を持って参戦しているのだろうけど、徴兵された農民兵は違うはずだ。……そう思いたい。
「策は考えてある。進軍経路で見通しが悪く道が狭まるところはあるか?」
「それであればここかと。峠道というほどではありませぬが、山と山の間を通り抜けるような場所となります」
和田さんが地図で指した場所は、山が左右から迫り出して街道を圧迫しそうな地形。若干、くの字型に折れて通り抜けるようになっている。
「良し。ではそこで粟屋勢を討ち払おう! そこには、どれくらいで辿り着ける?」
「幕府忍び衆であれば、一刻半(三時間)。歩兵隊及び銃兵隊でも三刻(六時間)もあれば充分かと」
「粟屋勢は明日出立だな。であれば、充分に間に合う。昼には朽木谷に着く歩兵隊たちは、休息と仮眠を取らせよ。陽が落ち始めたら行軍する。忍び衆は大半を現地に向かわせ、先に作業を任せたい。残る者には道案内を頼む。兵糧は腰に結べる分だけ。弾薬は各自持てる分だけで良い。先行する忍び衆は短弓を携えよ。策は後ほど伝える」
「承知。しかし、歩兵隊たちには夜間に山道を走らせておりますれば、道案内など不要。上様方の轡取りと具足持ちに数名だけ残しまする」
夜に山道って……。やっぱり参加しなくて良かったよ。滝川式ブートキャンプ。
夜道に慣れるまでに一体どれだけの被害が発生したのやら。夜だけに闇が深い。
「では皆の者、出陣の刻まで英気を養え。解散!」
さあ、手配はこれで整った。
主要メンバーも各自手配や準備に取り掛かっている。
策は立てたが、上手くいくかどうかは相手次第のところもある。また眠れぬ時間を過ごさねばならないな。
とりあえず、戦装束に着替えて、夕方まで休むとしよう。
否が応でも出陣の刻は来る。俺の初陣の刻が。
眠れるとは思わないが横になっておこう。
敵を待ち構えている時には、さらに眠れる気がしないしな。
ああ、落ち着かないな。
また楓さんに薄茶を点ててもらうか。




