第三十四話 大人たるもの
第十一幕 改善は必要です【始】
先日、信濃守護にして小笠原流弓馬術礼法宗家という特殊技能をお持ちの小笠原長時さん。彼は武田信玄に敗北し、領地を奪われてしまったため、失地回復を願い幕府を頼ってきてくれた。
頼られるということは嬉しかったのだけれども、彼を活かす道が現状の幕府には無く、新たな事業を始めることにした。と言っても、フリーランスの講師派遣業のようなもので斬新でも何でもない。消去法で残ったというだけである。
ただ、今後資金に余裕が出来れば騎馬隊を組織したいと思う。
日本においては廃れてしまったのか、そもそも創設すらされていないのか。俺には良く分からないが、工夫していけば、他の大名が持ちえない武器になるのではないかと考えている。
今はまだ幕府全体でも自分たちの食い扶持を稼ぐくらいの成果しか出ていないので、夢物語のようであるが、この朽木谷から打って出なければならなくなった時に、少しでも形になっていてくれればと思う。
そして派遣先については、伝統ある守護大名を中心に書状を送った。小笠原さんの弓馬術礼法というのは騎馬武者としての作法であるため、武家として伝統のある家柄と相性が良いと判断したからだ。
まずは近場からということで朽木谷のお隣、あの義弟がおわす若狭武田家から。こちらはすぐに返答があって、ぜひお願いしたいとのことだった。やはり文化人の家柄であることから、こういった作法や礼法というものに興味を持っているようだ。
声をかけておいて言うのも何だが、義弟である武田義統さんは弓が引けるのか、いささか不安ではある。しかし、お客様が望まれるのであれば、こちらとしては問題ない。
しっかり稼いできてもらうとしよう。
小笠原さんには、その後、越前の朝倉家、能登の畠山家、越後の長尾家を訪問してもらい、指導をしてもらうつもりだ。まだ返答はないが若狭武田家に指導している間に決まれば良い。のんびりと書状のやり取りをして話を詰めていく計画である。
ただ小笠原さんは流浪の旅を終えたばかりだ。とりあえず、今は羽を休めてもらって英気を養ってもらいたい。
対して、駿河の今川家に派遣していた忍者営業部は、川中島の戦いと思われる合戦が終わったため、営業攻勢に取り掛かっている。
ただし、こちらの人員の半分は、甲斐武田家、越後長尾家に戦後に不要となる、もしくは換金しなければならない軍需物資の買取営業に向かわせている。
併せて合戦の褒賞用に官位はいかがでしょうか? という営業も忘れない。今回の合戦では、武田家が領地を獲得したものの、長尾家は土地を得られていない。
武士が命を賭して戦うのは、土地や褒美を得るためである。土地が得られないのであれば、金か何か別の物で手当てをしなければ、国人衆がついてこない。
官位は金銭で買うものではあるから、直接金銭を渡しても変わらないように思えるが、官位の交渉ができるのは、相応の地位にある大名(領主)に限られるので、取得にかかる金銭よりも希少価値のある褒美となるらしい。
だからこそ、大名は金銭を払って官位を得るのである。同じ額の金銭を渡すよりも価値を持たせられるのだから、やらない手はない。
その他にも獲得した土地支配の正当性を得るためなど、他の目的も合ったりするらしいのだが。
ともあれ、買い付けた軍需物資は越後を経由して海路、若狭小浜の港へと送る。それらは今後合戦の動きがある地域に売りつける。これは広範囲の情報収集手段がある忍者営業部のお蔭である。
この手法は、おそらく大手の商家ではやっているのではないだろうか。この軍需物資の流れは慣習的のようであるし、嗅覚の鋭い商人が放っておくわけないはず。
やることが同じなら、あとは情報取得のスピードと決定権者へ的確にアプローチできるかどうか。この辺りは、うちも負けない自信がある。何とか勝負になるだろう。
米の買い付けについても、情報が集まりつつある。蔵は用意できているから、現地に派遣すれば少しずつ買い集めていけるはず。これも商家との競争となるだろう。
このような既存の商売で大商家と張り合おうとしているのだから、忍者営業部を得られたことを幸せと思うべきだろう。
忍者営業部といえども商売の経験は少なく、商人としての信用も無い。金はいくらか余裕があるが、大商家とは比ぶべくもない。
こちらの優位性は情報収集と伝達のスピード、将軍家直属という肩書だけ。
こうやって考えてみるとライバルを出し抜いて、大きな取引を狙うより、共存し合って細かくコツコツ稼いでいくのが良いかもしれない。
経験を得るのも信用を築くのも時間が必要なのだ。
……ふっ。今日の俺は随分シリアスにまとめているな。
物憂げに思案する俺。その実は、先を見通し、事業計画を立てている。
まあ、俺も社会人経験四年、実年齢は二十七歳なのだから、それも当然だろう。
若い兄ちゃんから、大人へと順調にステップアップをしているな。
おやおや、楓さんが部屋を覗きに来たぞ。
もしや、今、醸し出しているであろう大人の魅力というものに惹かれてきたのだろうか。
そう思い付いたので楓さんの様子を見る。
チラリと彼女を見れば、バチリと目が合った。
どうかな。俺の大人の魅力というやつは。
「義藤様。朽木谷の方からお漬物をいただいたのですが、お茶にしませんか?」
「あっ、はーい。すぐ行きまーす」
まだまだ僕は大人の魅力とは無縁のようです。




