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第三十話 火縄銃製造事業部 始動する

第九幕 将来に向けて

「義藤様、滝川殿から書状が」


 定例の報告会を終え、自室にて写本事業部が作成した書籍への花押入れという地味な仕事をこなしていると、外から声がかかる。

 入るように促すと、音も無くするりと楓さんが入ってきた。

 楓さん経由で書状の話が来るのは珍しい。


「和田さんから渡されたの?」

「はい。兄上が手が離せないそうで私に託されました」


 和田さんは事務作業から手が離れたものの、甲賀衆との調整や忍者営業部の人員配置や情報の整理など、仕事は山積みらしい。以前は、これに事務処理もしていたのだからオーバーワークもはなはだしい。


 しかし、先日 石田正継いしだまさつぐさんという文官向きの人に来てもらったので、和田さんの能力を最大限発揮できる仕事に注力できているようだ。優秀な忍者に事務作業させてたら勿体無いもんね。忍者が背を丸めて机にかじりついている様は非常にシュールだった。現代の忍者のイメージとかけ離れ過ぎている。


 俺からすると、和田さんが忍び装束を着ているところも見たことないし、普通にイケ渋なお兄さんなんだけど。


「和田さんも、なんだかんだと忙しそうだね」

「ええ。しかし石田様に来ていただいたおかげで、ずいぶん楽になったそうですよ」


「そうなんだ。石田さんともうまくやれているみたいで良かった。楓さんが持ってきたってことは藤孝くんも忙しいのかな」

「そうなのです。代わりに私が読み上げさせていただきます」



 滝川さんからの手紙の内容を要約するとこんな感じだった。


 先日の対面が終わったその足で、候補地に挙げられていた場所へ視察に向かった。人が減って使われなくなってしまった忍び里だったが、外縁部にある村と高低差はなく、資材の搬入や火縄銃の完成品を運び出すのに不都合はなさそうとのこと。

 忍び里は谷間にあって、袋小路のようになっているらしく、まるで細長い瓢箪ひょうたんのような盆地になっているそうだ。それのお蔭で、忍び里の出入り口となる場所は一方向のみ。そこも都合が良いらしい。


 早速、その地に鍛冶場を設え、事業開始の準備を進めていて、兄弟子である職人も開始したのだが、新しい炉が乾燥するまで時間がかかるため、外の村にある鍛冶屋の炉を借り、試作品を作り始めている。


 資材や生活物資などは、和田さんが手配してくれているおかげで問題は無し。ただ拠点となる隠れ里の名前が欲しいという。



 ふむ。たしかに名前がないと不便だろうな。

 名前ねえ……。火縄銃とか硝石の製造拠点となる予定だが、それを連想させるのはアウトだし、幕府の名前も出さない方が安全だろう。


 いざ名付けを、と言われると思いつかないもんだな。

 うーん……、俺の苗字を使って清家の里にするか。清家という名字を知ってる人いないし、問題ないでしょ。

 ……何となく、源平合戦で負けた落ち武者の里っぽい印象を受けるけど気にしないでおこう。


 さて滝川さんの手紙に戻るか。



 甲賀に伝わる製法で硝石作りも始める。

 また火縄銃製造の職人を集めるため、甲賀・伊賀の忍家で忍びの素養が無い者や貧しい農民たちから希望者を募り火縄銃製造部に試験採用していく。

 集めた人員は、簡単な雑用などを通じて仕事振りを確認し、正式採用となる。

 火縄銃製造には、金具職人、木工職人、鍛冶師など数多くの職制があるため、どれだけ人がいても足らないらしい。

 兄弟子は全てこなせるが、生産量を増やすためにも、各工程の職人が欲しいとのこと。


 加えて、集まった候補生は完成品の試射でのさまを見て、適性の有無を確認していき、優秀な者は鉄砲隊へ編入していく計画である。


 今は、候補生全員に少しずつ火縄銃の製造の勉強をさせており、残った時間は山々を走らせているとのこと。何事も足腰が基本だとか。

 それにしても甲賀の人たちは走らせるのが好きだな。生産職として集めた人員に身体を使う訓練を課すとは……。現代であれば、すぐにフェードアウトしてしまうのではないだろうか。


 滝川さん、自分にも厳しく律していそうだが、他人にもそれを求めるようだ。

 俺の心の内だけではあるが、ヒゲ軍曹と名付けよう。



 近い将来、幕府軍の鉄砲隊は走れる部隊になりそうです。

 いや、むしろ直轄軍はもれなく清家の里に送り込んでヒゲ軍曹に鍛えてもらおうか。


 どのみち銃の適性がある人の割合なんて多くないだろうし、生産職も似たようなものだろう。そういった人たちが多くいてくれる方が助かるけど、必ず該当しない人が一定割合いるものだ。


 そういった人たちのうち、幕府軍の足軽として働きたい人は拾いあげてしまおう。滝川式メソッドを受講している人だし、一から始めるよりは良いはず。

 それすら嫌なら、もうサヨナラしかない。受け皿は用意しているし、教育もしている。それに合わないなら、うちにいてもらう必要はない。


 うん。その方向でいこう。足軽隊という直轄軍を今すぐに集めたところで使い道も無ければ、維持に回す資金も無いしな。


 火縄銃製造事業に集めた人員をまとめて投入して、規模の拡大を図り、金を稼ぐ。その中から射撃適性がある者を拾い上げ、生産職に向かない者は足軽隊の候補とする。

 事業が大きくなれば、利益も大きくなり、足軽隊も必然と大きくなる。

 時間の経過とともに利益を獲得し、直轄軍の拡大が連動して進む。忍者営業部とともに新生室町幕府の根幹事業になりそうだ。


 つくづく滝川さんが来てくれて良かったと実感する。

 彼は、とてつもなく有能だから、仕事を任せておけば問題なく進むだろう。あとは今思いついた直轄軍化までの流れを共有しておけば良い。


 生産職だと思って集まった候補生たちには気の毒だが、それも社風だと思って諦めてもらうしかあるまい。いつか「サー! イエッサー!」と言ってそうで恐ろしいが、ヒゲ軍曹の下で健やかに育ってほしい。


 この時ばかりは、俺は将軍で良かったと思ってしまった。

第九幕 将来に向けて【了】


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