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第百七十八話 未だ健在

戦火広がる

永禄五年如月(1562年2月)

近江国朽木谷



 三好軍が動き出す前に仕掛けた忍者営業部による流言。

 これの効果があったのかは定かではないが、六角・細川連合軍は全軍を山崎の地へ向けることはせず、一部を京の守りに残した。


 和田さんの意見では、俺の存在が考慮されたのではということだった。

 若狭国では、四千の兵を率いて戦った。半分の二千程度を引き連れて京に向かわれても相応の脅威となる。


 それに加えて、京から逃れてきた香西さんや三好兄弟の存在が影響した気がする。


 細川京兆家から鞍替えした香西さんたちの立場は思わしくなかった。ただ、現場指揮官の不在が戦力の低下を招いていた細川勢は、戻ってくるなら過去のことは不問にすると再仕官を求めたそうだ。


 だけど、彼らはそれを拒否。足軽たちは領地に帰し、一族郎党だけ引き連れて朽木谷まで馳せ参じて来てくれた。何と武田信虎さんまでも一緒に。いきなり逃げ出すと危害を加えられそうだったらしく、悩むフリをしながら、京を抜け出す機を探っていたようだ。


 正直、劣勢になったこの状況で、俺の元に戻ってくるとは思っていなかった。今までは、直轄軍や清家の里のことを話せずにいたのだけれども、その考えを改めなきゃならないなと感じた。


 予想外の出来事もあったが、戦況はこちらの狙い通りに進んでいる。何よりこれからの戦いの名目は、将軍が京に凱旋するというものだ。どちらが悪者かは誰の目にも明らか。


 ここで幕府軍が勝てれば話は簡単。

 幕府軍に京の都を奪われてしまえば、摂津国と山城国の境にいるであろう六角軍は袋の鼠。戻ろうにも三好軍の攻撃を背に受ける。それに加えて、京の御所にいる将軍を攻めるのは外聞が悪すぎる。帝もいることですし。


 つまり六角・細川軍は三好軍に必ず勝たねばならない。それが能うなら問題はなくなる。例え幕府軍が京を押さえていたとしても、十倍近い兵力を有する六角軍が戻ってきてしまえば、戦いにすらならず、京を明け渡さざるを得ない状況になってしまっているからだ。


 ただ、それもこれも三好家に勝利しているという前提が必要。兵数が同じ状態なら義興くんが負けるとは思えないが。

 ここまでは良いんだ。後は、誰が京の守りに就くのか。俺らにとっては、それが問題だ。




 摂津国に下がっていた義興くんを総大将とする三好軍は、内藤宗勝率いる四千が丹波国から、一万四千の軍勢が摂津国から京へと向かって動き出した。六角軍も全軍を率いて山崎に陣取る。

 予想通り、勝竜寺城に本陣を置き、天王山を占拠。そのうえで、丹波路にも備えの部隊を置き盤石の体制を敷いた。この地は南を淀川などが流れ、湿地が多い。天王山の裾野が広がり、平地を狭めている。大軍を防ぐにはもってこいの地形である。


 こちらも予想通りだが、三好軍本隊は山崎の地に踏み込むことが出来ず、その手前で陣を敷いた。大軍が通れる広さではないし、天王山が敵に抑えられた以上、出口で足止めされたら損害ばかりが増えてしまう。


 それは想定していた動きでもあったので三好軍に焦りはない。丹波国からの別動隊も攻め寄せずに待機している。


 和泉戦線では、本隊が動き始めたタイミングで攻撃の準備を始めたらしい。

 義興くん本隊が合戦を仕掛けた頃合いで和泉戦線でも攻撃開始。

 六角家と畠山勢が援軍を送り合ったりしないようにする意味合いと、以前の三箇城のような悲劇を起こさせないためだそうだ。これで圧力が強まっていた飯盛山城の長慶さんも一息付けることだろう。


 問題の京の守りは、細川・伊勢連合が受け持った。噂を信じた訳ではなく、六角義賢が本願寺まで敵に回す可能性を嫌ったのが原因とのこと。どうせ、京に守りの兵を置かなければならないなら、使いにくい他家の細川・伊勢連合軍に任せることにしたようだ。


 細川・伊勢連合軍は都を離れ、梅津城に入った。ここは山城戦線で戦っていた義興くんが利用していた城。六角家との合戦に備え、改修が進んでいた。小勢で京の都の守備をするなら打って付けの場所だろう。



 さて、こちらとしては動きやすい配置となったわけだが、問題は山崎の地を抑える六角軍への対抗策。天王山を抑え、絶対的優位の陣構え。そして自国の近江国から山城国まで勢力圏にしているため、補給にも事欠かない。


 ……うーん、俺なら手詰まりな予感。


 しかし、六角義賢には不運としか言いようがない。残念ながら、相手は俺じゃなく三好長慶さん。直接ではないけど、あの人と対峙しなければならないなんて。


 あの人と戦うのは本当に大変なんだよ。あっちこっちへ振り回されて、いつの間にか主導権を失い、長慶さんの都合の良いように動いてしまう。

 そして実働部隊には義興くんと松永さん。経験豊富で長慶さんのやり方を良く知っている。組織的な意味では、こちらも盤石な体制だ。


 実際、長慶さんの手腕は恐ろしい。俺が六角義賢の立場であっても何も出来なかったと思う。

 この手詰まりと思われた状況で、あの人は決定的な策略を実行した。長慶さんが採った手。それは、三好軍本隊から五千ほどの兵を抜き取り、南の川を渡らせること。


 これは単純に川を渡って、山崎の隘路を迂回させるということではない。淀川、宇治川、木津川などが流れるこの川たちは、三好軍が足止めを食らっている原因となっている。

 例え、この川を渡って迂回しようとしても、六角家に攻撃するまでに、またこの川を渡らなければならない。鎧を着て渡河する。その行動に体力は奪われ、機動力は損なわれる。これでは、まともに戦えない。


 それなのにどうしてと思う。長慶さんはこの五千の兵を南岸の地を占拠させるために使ったのだ。失われた三箇城などのエリアを含め、飯盛山城周辺の敵を掃討。孤立していた飯盛山城までのラインを三好家の勢力圏に置いた。

 その結果、六角家の勢力圏は縮小。山崎の地を境に東は三好家本隊、北は丹波勢の内藤宗勝、南は三好長慶という逆包囲の形になってしまった。


 しかも、彼の手はこれだけに留まらない。別動隊はさらに南下する動きを見せ、和泉戦線への救援に向かうかのように見せかけた。三好実休率いる七千と畠山勢一万でにらみ合っている和泉戦線に五千の兵が加われば、三好家の勝利は固い。


 六角家としては、これを見過ごせなかった。和泉戦線が終わってしまえば、和泉戦線の三好軍が合流する。一万八千同士という同数から二万五千 対 一万八千と兵の数で劣ることになるのだ。

 かといって、山崎の地から押し出して三好軍本隊を攻めるのも難しい。今、三好軍本隊が足止めを食らっている地理的不利を自軍が被ることになるのだから。


 結果を見てしまえば単純と言える長慶さんの一手。京を守るべく若狭国、山城国、和泉国と各地に散っていた戦線。各戦線が遠かったこともあり、戦力を分散する形となってしまい苦しい状況となっていた。


 その根源たる京を手放すことで、戦線を再構築するという鬼手を打ったのだ。


 これにより盤面はひっくり返り、六角家不利となる。

 俺の思いつく六角家の取れる方法は、少し東側へ退いて、包囲を逃れ平地で迎え撃つ。つまり全軍決戦に持ち込むようにするか、長慶さんの居城である飯盛山城を急襲するかしかない。

 ただ、退いたところで、三好家がそれに付き合う保証はないから、これは悪手と言える。三好家としては、六角家との合戦は和泉戦線を救援した後でも構わないのでのだ。山崎の地に入り込まなければ、細まった出入口は自軍の守りに使える。ここを抑え守りつつ、和泉戦線を支援するのは難しいことではない。


 だからこそ、六角家が採る方法。三好家の急所である飯盛山城を襲撃することとなる訳だ。家督を義興くんに譲ったとはいえ、未だ隠然たる影響力を持つ三好長慶。彼を討てれば、もう一度盤面をひっくり返せる。


 本当に飯盛山城を落とさなくても良い。落とせる状態を見せつけて三好軍本隊を引きずり出せれば、広い平地でガチンコ勝負に持ち込める。和泉戦線にいる三好実休さんの合流も阻めるし、悪くなっていく戦況に歯止めをかけられる。


 それは事実だし、それしかない。

 もちろん、それを六角義賢が考え付かないわけもないし、俺も考え付いた。


 だが……、それ以上に紛れもない事実がある。

 その決断は、そうせざるを得ない状況を作り出した三好長慶の望む形でもあるということなんだ。


挿絵(By みてみん)

長慶さん、侮れません

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