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第百八話 彼我の差

【王】変転

 敵ながら三好長慶みよしながやすさんに褒められ、嬉しさが込み上げてくる半面、覚悟という言葉の重みを突きつけられ悔しくもある。

 俺はその言葉を咀嚼するように、何度も何度も彼の言葉を思い返す。


 彼の細川晴元への恨みの程度は分からないけど、言っていたことは事実なんだろうと思う。そのうえで、畿内の安定のために己を律して働いてきたのだろう。

 俺に対する態度でも、彼が真剣なのは良くわかった。


 若造と馬鹿にするでもなく、真摯に向き合い、意思を伝えてきた。

 かつて義藤が長慶さんに暗殺を仕掛けて露見した経緯があるというのに。

 そういう過去がありながらも、まず話を聞こうとする姿勢に彼の本気を見た気がする。


 うすうす感じていたが、長慶さんは将軍を害する気も無ければ、蔑ろにしようとしている訳でもない。畿内に安寧をもたらせるのであれば、俺とも手を取ってやっていく気なのだろう。


 しかし、俺がそれに値しない人物であれば、切り捨てられると思う。きっと残虐な方法は取らないだろうが、政治的な死を迎えることになる。代わりに弟の義昭くんとか、阿波公方とか、そっちを神輿に担ぎ上げて彼の思う通りにまつりごとを進めていくはずだ。


 その方が、畿内に安寧をもたらすのに早いからだ。

 俺がどうこうではなく、将軍がいる方が早く纏まるから利用しているだけ。

 代わりに邪魔するのであれば、将軍だろうが管領だろうが容赦はしない。


 凄くドライに感じるけど、現実的な考え方だ。そして嫌な人じゃない。

 部下だけでも何百人、何千人といて、それより多くの人々が畿内に住んでいて、それぞれが色んな考えを持って動く。

 そういう人たちを纏め上げるのであれば、彼のように考えるのも当然だと思う。


 むしろ、そうやってバランスを取りながら纏めることがどれだけ大変か。

 平和な現代であっても、少人数の会議ですら完璧に纏まることなんて少ないのに。


 戦国の世なんて、意見の相違や価値観の違いは命のやり取りに発展するんだよ。

 そんな物騒な世の中を一国の守護代の家柄の男が纏め上げようとするなんて、正気の沙汰とは思えない。


 それを彼は現在進行形でやっている。凄いとしか言いようがない。


 その苦労して作り上げた平穏の最中に、のこのこと現れた俺。

 仲間を見捨てることも出来なくて、そのために犠牲になるかもしれない民のことも見捨てられない。


 どちらか選ぶ非情な決断が出来ず、その状況に陥っても悩んでしまうであろう俺。


 確かに長慶さんと同じ意味で覚悟があるなんて言えないよな。

 朽木の爺さんを看取って、覚悟できたはずなんだけど。

 本物の男の前ではメッキが剥がれちゃったように思える。


「まだまだ……だなぁ」


 思わず天井を仰ぎ見ながら声が出てしまった。

 もしかしたら、へこんでいる自分を誰かに慰めてもらいたかったのかもしれない。

 こうやって弱音を吐くと、いつも側にいてくれるイケメンが慰めてくれるから。


「こっぴどく言われてしまいましたね」


 ほら。優しい。落ち着いた声音が沁みる。

 藤孝くんの優しさが、弱った心に沁みすぎて涙が出てしまいそうだ。


「こてんぱんにやられてしまったよ。覚悟は出来ていたつもりなんだけどさ」

「あれは貫禄負けではないですか。我ら二人がかりでも勝てませんよ」


「何でもできる藤孝くんが一緒でもダメか」

「あの御方の覇気は、相対していなくとも気圧されるほどでした。経験、実績、それに裏打ちされた自信。我らには、まだまだ辿り着けぬ高みにおられます」


「実績と自信か……。朽木谷でやってきてそれなりに出来ていたと思ってたけど、まだまだ小さいなあ、俺って」

「敵ながら、偉大なる御方ですね。むしろ強かろうとも、単に憎むべき存在であってくれた方がどれだけ楽だったでしょう」


「三好長慶。彼は本当に敵なのか? 彼を倒すことで日ノ本の民が笑って暮らせる世の中になるのか? 腹を割って話してみて、そう疑問に思ってしまったよ」

「それは私も同じ気持ちです。勝つ負ける。そんな単純なことではないのかもしれないですね。もちろん、幕府の復権は第一になりますが、違う道がある気がしてきました」


「俺も同じように考えていた。無論、長慶さんに全幅の信頼を置くという訳じゃない」

「三好殿だけでなく、三好家中の動きに注意を払う必要がありますね」


「そうだね。付き合っていくにしても気を付けるべきだな。それを差し引いても、彼を見習うことは沢山ある。長慶さんを遠ざけて好き勝手やるのではなく、学べるものは学ばねば。それは早ければ早いほど良い。彼ですら畿内を安定させることで手一杯の様子。地方は乱れたままだ」

いくさまつりごとどれをとっても我らは敵いません。しかし、我らには仲間がいます。一人で全てをこなせる三好殿のようにはなれませぬが、皆と力を合わせれば、三好殿を上回ることも可能なのではないでしょうか」


 そうなんだ。俺は何にも出来ないけれど、仲間と力を合わせれば、出来ることがたくさんある気がする。

 長慶さんみたいに一人で全部出来たら格好良いけど、俺には親身になって話を聞いてくれる仲間がいる。彼らの力を借りれば、きっと目指すべき道を進めるはずだ。


「ああ! そうだな。打ちひしがれていても、何も変わらない。皆を集めてくれ。いつものように皆で知恵を出し合おう」

「はい!」


道のりは遠かろうとも、進む一歩が目指すべき地に向かっていることを願って。

仲間とともに進んでいこう。

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