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第百七話 覚悟

【王】変転

「覚悟があると仰られるか。それはそれは、何と言って良いのやら……」

「覚悟があってはいかぬのか?」


「はてさて。儂と上様の間で言葉の意味合いが違っているように思えまするな」

「……そうか? 覚悟は覚悟。同じ意味に捉えていると思うが?」


「一つ。とある一族の話を差し上げましょう」


 俺の問いに答えるでもなく、長慶さんは話を始めた。


「その一族は、東国を拠としておりましたが、紆余曲折あり京の主となりました。武家の棟梁として多くの武士から望まれて、その地位に就いたのです。ところが戦乱を鎮めるにも時間がかかり平和というものは遠い存在でした。やっと世が落ち着きだすと、その一族は武家の棟梁たる者でありながらに貴族のような振る舞いをすることが増えていきます。それは代を重ねるごとに加速していき、もはや武家の棟梁の対面すら保てぬ有様」


「であるにも関わらず! 矜持だけは醜く膨れ上がり、日ノ本に迷惑をかけるだけの存在になる始末。それだけでなく、身内でくだらない家督争いを始めれば他の武家を巻き込み、戦乱の世に至らしめる。その迷惑な一族。その長としての覚悟。一体如何ほどの覚悟でありましょうや!」


 静かな語り口から始まった長慶さんのお話は次第に熱を帯び、激高一歩手前といったところか。物静かな人が本気で怒るとマジで怖い。


 ビビってるけどビビってる感じは出せないので、動揺を抑えながら見つめ合う。

 どうも長慶さんの言いたいことは覚悟という言葉の重みや意味合いということのようだ。


「長慶の言いたい事というのは、覚悟という言葉の軽重を問うているのだな?」

「左様! 上様は京の都をどう思われる。京の都ですら戦火により家を失い、職を失った民が多くいる。復興もいまだ道半ば。そして日ノ本はどこもかしこも戦だらけ。この現状をどうお考えになるのですか!」


「そんな現状が良い訳ないに決まっている」

「そう。良い訳がない。それは誰もが分かること。しかし貴方様は、その原因を作った一族の長。事の起こりは貴方様の生まれる前であろうとも、長ともなれば、責を負う。つまり上様がなんとかせねばならぬ問題。それが能うのですか?」


「……やろうと思っている。日ノ本の民全てが笑って暮らせる世の中にすると」

「夢は壮大で結構。しかし言葉ばかりが大きく、肝心の覚悟が見えてまいりませんな。そこにいるお仲間の命と引き換えに日ノ本の戦乱を終えられるとするならば、上様は死ねと命じられますかな?」


 側に控える藤孝くんを見据えながら、そう問いかける長慶さん。

 俺の覚悟を問いたいのだろうけど、それって比較するモノじゃない気がする。

 皆を幸せにするのに近くの仲間を切り捨てるなんて意味ないよ。

 

 もともと、仲間として集ってくれたみんなを幸せにしたくて、それで大事な仲間の大事な人も幸せになって欲しくて。そうやっていったら、いつか日ノ本の民全員が幸せになるんじゃないかって思ったから立ち上がったんだから。


「仲間を切り捨てることなどせん。それをやったら本末転倒だ」

「それは結構ですが時間がかかりますぞ?」


「時間がかかっても良い。儂を頼りに集まった仲間を見捨てるくらいなら、そのような大望を果たせるわけもない」

「その間に死んでいく民は見捨てるのですか?」


「そ、それは……出来る範囲でなんとかする。その分、仲間にも苦労を掛けるだろうけど、皆もきっと分かってくれるはずだ」


 辛うじて言い返した言葉は、自分でもわかるくらいに軽い。


「上様のお考えは良く分かりました。その上で、はっきり言わせていただく」


 案の定、その言葉は意図したものと逆の効果を生んだ。

 長慶さんは顎を上げ、目を細めながら睨みつける。

 まるで子供のころに親父に叱られている時のような感覚に陥る。


「良いか! こと、日ノ本における現在の悲惨な状況において、問題は畿内ひいては幕府にある。幕府は将軍あってこそ。つまり将軍は世を支える木の幹なのだ。地方にいる守護も国人も、すべての侍はそれに連なる枝である。幹たる幕府が安定せねば地方も安定せぬ。あちらこちらと根無し草のように幹が動けば、枝葉は振り回されるばかり。至って、はた迷惑である。あれもこれもと、一つのことをやり通す覚悟も無いようでは、歴代将軍と変わりあるまい」

「…………」


「そも管領家の家督争いに将軍の後継問題、応仁の乱とも言われる騒動は幕府の問題。それが、日ノ本全土に争いの火種になり、どこもかしこも合戦だらけである。 大樹公よ。畿内に根を張る大樹となれるか? 何が起きても揺るがぬ幹となれるのか? なれるのであれば、儂は不要である。もし自信があると仰せなら、この三好長慶。潔く身を引こうぞ」

「…………」


「その自信が無いというのであれば、儂がこの日ノ本をお支えしよう。私にはその自信がある。覚悟がある。そのためには父の仇である細川晴元とも手を組もう。それで日ノ本が安定するのであれば毒でも啜ろう。さあ、大樹公よ。その名に恥じぬ決意はお有りや否や。是非ともお聞かせ願いたい!」

「…………」


「答えられませんか。最後に一つ言わせていただくならば、覚悟という言葉を軽々しく使わないでいただきたい。では!」


 何一つ言い返せず、床板の節を睨むことしかできない。

 長慶さんは、無言で眺めていたが、俺が反応しないことを見て取ったのか、諦めたのか静かに立ち去ろうした。


 しかし、数歩進んだ後に立ち止まった長慶さんは、振り返らずに言葉を続けた。


「…………二つ。臣たる者らしからぬ失礼な言。それを受け止める度量をお持ちであることに素直に驚いております。三つ。勢いで覚悟があると言い返さない、その性根。誠にご立派。上様はずいぶん御変わりになられたようですな。これからが楽しみです。とりあえず明日は儂にお任せくだされ」


 そんな言葉を残して彼は去っていった。

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