かわいいの意味
会長と焼肉を食べてから2日後、いつも通り事務所に出向き、3時までには帰る。そういえば、バイト中に会長の姿を見たことないなぁ。会長室は何度も掃除してるのに。何気なく会長を探している自分にも驚いたが、どこかで会いたい気持ちもあったのだ。帰り際、山岸さんに聞いた。
「会長は日中はいつもおられないのですか?」
「基本的に会長は16時頃から出社されますね。どうかされましたか?」
「いえ、特に…ただこの間焼肉をたくさんご馳走になったので一言お礼を言いたかっただけです。」
「かしこまりました。会長には伝えておきますね」
「ありがとうございます」
そう言って、今日のお給料を貰って最寄りの駅まで歩いていた。すると、向こうから黒色の高級車が走ってきて私の隣で急に停まった。窓ガラスが真っ黒で中が全く見えない。ヤバそうな雰囲気がしたのでそそくさと立ち去ろうとした。
すると、後部座席の窓が開き、「紗耶!」と声がした。よく見ると会長だった。
「今、バイト帰りか?」
「はい。あ、この間はたくさんご馳走になりありがとうございました。今から事務所ですか?」
「まぁ、そうなんだが、、、今日はいつもより早く出てきたから時間があるんだ。家まで送る」
「いえいえ、そんな電車で帰ります。定期も持ってますしお気になさらず」
すると、会長は少し不満気な顔をした。
「そんなに俺と一緒にいるのがイヤなのか?」
一瞬、時間が止まった。嫌なわけじゃない。むしろ、私だってまだまだ会長と話してみたい。
「いや、嫌なわけではなくてですね…そ、そしたらホントにご迷惑でなければ送ってもらってもいいですか?」
私はチラッと会長を見た。会長はフッと笑い、すぐドアを開けて私を車内に招き入れた。
会長の隣にちょこんと座ったが、車内がまぁまぁ広いので気まずくはなかった。運転手さんもいる。よく見たら運転手はいつも掃除中に声を掛けていてくれた柴野さんだった。バックミラー越しに会釈した。
「そしたら出発しますよ」と柴野さん。
隣にいる会長をなぜか見られなかった。気まずいわけではなく、ただ物怖じしてたのだ。住む世界が違うとはいえ、会長はスーツでビシッと決めていて、顔も淡麗。身長が高い山岸さんよりも更に高く、人並み以上にかっこいい。私が横にいるだけでアンバランス。実は焼肉を食べに行ったときに窓ガラスに映った会長と自分を見て、少し愕然としていたのだ。
きっとこういう人には高級クラブとかで働いている綺麗なお姉さんがお似合いなんだろな。勝手に自分が惨めに思えてきた。
そんな気も知らず、会長は話し掛けてくる。
「休みの日は何をしているんだ?」
「よく寝ています。あとはテレビ観てダラダラ…」「なんか想像できるな。買い物とか行かないのか?バイト代で何を買っているんだ?」
「特に何も。大して欲しい物もないので…」
この回答はホントに最低だなと思い、しばらく考え直して
「あ!新しい掃除道具とか!!便利なものたくさん出てくるんですよ!!」
つい口走ってしまったが、もっとくだらない回答だ。ホントは洋服やアクセアリーを買ったりとか女子大生らしいことを言うべきなのかもしれない。
会長をチラッと見ると
「やっぱりお前何もかも地味だよなぁ」
「ですよね。すみません。」
軽くディスられていることに少し傷ついた。というより本当のことを言われたから余計に響いたのだ。
「私みたいな底辺の人間は細々と生きていきますよ。皆さんのご迷惑にならないように」
少しいじけたように言ってしまった。
しばらくして会長が言った。
「なんで底辺なんだ?お前は仕事はまじめだし、根性もある。我は強いが、物怖じもしない。見た目こそ地味そのものだが、俺から見ればかわいい」
ん?かわいい??言われたことのない言葉に戸惑う。追い打ちをかけるように
「な?柴野。紗耶はかわいいよな?」
すると柴野さんは
「はい。素朴でとても可愛らしいお嬢さんかと」