会長の本性
ひたすら沈黙の中、私は大学の課題制作という名でパソコンに向き合ってなんとかこの場を凌いでいた。
が、寝不足続きもあり、絶え間なく睡魔が襲ってきた。会長室では寝られない。会長室で寝ては失礼だ。そう言い聞かせていたのが悪かったのか、羊を数えるおまじないのようなことになり、私はまたもや会長室のソファで寝てしまっていた。
おかげであっという間に3時間。山岸さんと会長の会話で起きた。「会長室で眠ったのはおそらく紗耶さんが最初で最後でしょう」と山岸さんの声。それに対して会長はひたすら笑っていた。それでも私の体にはしっかり毛布が掛けられていた。そのぬくもりにもう少し寝たふりをしようと思った。
しばらくすると、「紗耶!起きろ!!行くぞ!!」その声に飛び起きた。「どこへ?」まだ寝ぼけながらも聞いてみた。「焼肉食べたいって言ったろ?」
へ?私はやくざの組長と焼肉を食べに行くのですか?心の中で呟いた。
「山岸、どれでもいいから車のキー」そういうと、鍵を受け取り、早く行くぞ的な雰囲気に。それに飲まれた私は会長の後を追いかけて、車に乗り込んだ。会長なら普通、組員がついてくるのでは?と思ったが、寝たフリをしたときに会長が山岸さんに言っていたのを思い出した。「ご飯を食べに行くだけだ。誰もついてこなくていい」
あぁー何を話せば?怒らせると殺される?勢いでついてきたがかなり動揺していた。
到着したのはいかにも高級感漂う焼肉店。常連なのか、傘下に入った店なのか、一番奥の個室に通された。ただ従業員が見る私への視線は痛いぐらい刺さった。
メニューを見せられ、なんでも好きなものを頼めと言われ、とりあえずメロンソーダを頼んだらまた笑われた。と同時に「俺にもメロンソーダ」と同じ飲み物を頼み出した。やくざがメロンソーダ。私の中でツボにハマった。
ホントにどうでもいい話をしながら美味しいお肉をたくさん食べた。もっと緊張して食べられないかと思っていたが、会長は終始穏やかで優しく、むしろ楽しくてこの時間がもっと続けばいいのにとさえ思った。
突然会長の携帯が震えた。個室から出ていったが、会長の声はわずかに聞こえる。さっきまでの穏やかな会長とは違う別の会長。電話で話す会長は殺気立っていて、私は困惑した。どっちが本性なんだろう。一気に夢から覚めた気がした。
部屋に戻ってきた会長はさっきまで話していた穏やかな会長に戻っていた。急用ができたらしく、すぐに帰らなければならないようだった。私は駅も近いし、1人で帰られると言ったが、会長は危ないから自宅まで送ると言って律儀に送ってくれた。やくざの組長が危ないからってとツッコミを入れたいぐらいだった。自宅近くで車から降り、お礼を言うと「またご飯行こうな。次、何食べたいか考えとけ」それだけ言うと去っていった。なぜだか私は嬉しかった。会長の本性がどっちであれ、またご飯に行こうなと言ってくれたことが素直に嬉しかった。