そんな気もない
地元土産を手にして朝イチの列車に乗り込んだ。昨日のうちに到着時間は会長に伝えた。久しぶりに会長に会えるのが嬉しいのかソワソワしている自分に驚いた。
見慣れた駅に到着して、会長が指定した待ち合わせ場所に向かうと外で車に寄り掛かって待つ会長の姿があった。
遠目で見ても絵になるぐらいかっこよかった。実際、近くを通る女性は何人も振り返って会長を見ている。
かっこいい人や美人な人はいいなぁ。見た目がいいだけでやっぱり得だよなと思いながら会長に近づいた。
すぐに私に気づき
「おかえり」
「ただいま戻りました。また帰りますけど。」
それだけ言って車内に乗り込み、私が希望した川床料理に向かった。自然に囲まれ、川のせせらぎを聴きながら食べる料理はとても風情があった。でも実際、口にした料理が美味しいのかどうかは謎だった。
すぐ下が川になっていて、周りは緑いっぱいの環境にはしゃいでいたら、会長の視線を感じた。ジッとこっちを見ていたので
「なんですか?私、はしゃぎすぎですか?」
「いや、川床料理ぐらいでこんなに喜ぶとは単純だなと」
「そりゃ人生初のシチュエーションなんでテンショは上がりますよ。連れてきて下さってありがとうございます」
「まぁ、無理に地元から連れ戻したのは俺だしな」
「食べたらしっかり事務所の掃除しますから!」
と意気込んで言うと、
「いや、掃除はしなくていい」
ん?汚いから戻って掃除しろと言ったよね?心で呟いた。
「とりあえず念願の川床を満喫しろ」と言い、空を見上げていた。やっぱり会長はかっこいいなぁと見とれていたら目が合った。とっさに視線を外したら
「ずっと穏やかに暮らしたいよなぁ…」
会長は望んでこの世界にいるのかと思っていた。でも何か違うのかな。会長は私のことはよく聞くけど、自分の話は全くしない。だから私も聞かないようにしている。
「そうですね、穏やかに暮らしていけたらいいですよねぇ」
そう返すと
「お前はばあさんか」と笑った。
「事務所の掃除をしなくていいなら何をしたらいいのですか?帰りの列車までまだまだ時間はありますよ」
「そうだなぁ、とりあえず俺の近くにいろ」
なんだか分からないがドキッとした。そして返す言葉が見当たらなかった。
その後、しばらくドライブをして事務所に戻った。お盆は家庭を持つ組員は家に帰しているという。だからか、いつもより閑散とした感じがした。いつもの会長室に戻り、また2人だけのくだらない会話。どれだけ時間が経ったのか、時計を気にしていると
「今日はここに泊まって明日帰れ」とむちゃなことを言ってきた。
「ここに泊まらなくてもアパートに泊まりますよ」
「いや、ここに泊まれ」
「いや、だから着替えも何もないですしアパートに泊まって明日またここに来ますから」
「帰さん」
「よく出る子供のようなワガママですよね」
「そうだ」
開き直ったように言い放った。
「今夜はお前と映画を何本も見て夜を明かす予定だ」
そんな予定初めて耳にしますけど。絶対帰さないという会長の気迫に負けて了承した。会長が私を襲うこともないし映画観賞に付き合うことにした。
初めて建物の5階に行った。エレベーターで着いて、部屋の前で指紋認証。ガチャっとドアが開いてだだっ広い会長の部屋が見えた。びっくりするほどキレイに片付いている。
「会長もしかして潔癖症ですか?」
「そうか?ここは仮住まいだからいつも小綺麗なだけだ」
なるほど。フカフカなソファに座ると会長が温かいココアを出してくれた。
「ありがとうございます」
会長オススメの映画が始まった。最初は面白くて観ていたが、3本目にもなるとさすがに目がショボショボ。いつの間にか寝てしまっていた。
意識が遠い中、妙に温かいぬくもりで目が覚めた。すぐ目の前には会長の顔。びっくりして飛び起きた。ベッドの上に2人で寝ていたのだ。
「そんな驚かなくても何もしてないし、そんな気もない」
そう言ってまた私を自分の腕の中に引き戻した。あったかい。恥ずかしいけど、会長の腕の中は暖かくて、この世の全てから守られている感じがした。ただ心地良い。
会長は私が腕の中に戻ると安心した顔でまた寝ていった。その寝顔はたまらなく愛おしかった。