8.お嬢様の休憩時間
「ちょっと、うちの子に何してんの」
トレイにティーカップと常備しているお菓子をいくつか乗せ、アメリアが呆れながらやってきた。瞬きもせず固まるローザリンデに、ちょっかいをかけているジークハルト。傍から見れば文句を言えない令嬢が、魔法騎士に絡まれているように見えるのだろう。
咎めるようにじっとり睨んでいる。
(うちの子……私?)
魔術師団はそれぞれ得意分野が異なるため個別に動いていることが殆どだ。しかしチームを組んで取り掛かることによってもたらす成果は膨大である。
特にこの第二はアメリアのように上手く個をかいつまんで、求められた依頼に応えることも多い。ローザリンデもその一人といえた。だから組織でありつつもお互いを貶めることなく、足りないところは補い合う仲間という関係なのだろう。
ジークハルトは仕方ないといった雰囲気を漂わせ、名残惜しげに髪から指を解いた。
「……過剰就労だろ。無理させるな」
「そんなことしてないわよ!」
ティーカップが置かれた後、やや乱暴気味にカシャンとお菓子の入った皿がテーブルへ置かれた。心外だ、と抗議の意味が込められている。
「今日はたまたま!急すぎるのよ、騎士団の奴ら。何でも言えば出てくると思わないでほしいのよね」
あなたの上司もよ、と苦々しげに文句が零れる。おそらくどんな無理難題だとしても拒否することはほぼできず、かといって文句も直接伝えられないのだろう。八つ当たりのような気がしないでもないが、言い返すことなくジークハルトは受け流している。
「で、俺のは?」
アメリアのことは意に介さずローザリンデの隣へするりと座り、飲み物の催促をした。
テーブルの上にはティーカップが二客。ここにいるのは三人。一つ足りない。それはそうだ、ジークハルトは後からやってきたのだから。
「ないわよ」
ぴしゃりと言い放ち、冷めないうちに飲みなさい、とアメリアはローザリンデへ促す。もちろん自分もさっさと向かい側のソファーへ座り、ジークハルトには淹れないという固い意思を示していた。
「こんなところでサボってないで、仕事しなさいよ」
「……一週間面倒な仕事の片付けで昨日ようやく帰ってきて、これから午後も何かやらされる。束の間の休息時間だからここにいるわけだ」
文句あるか?と不遜な態度で背を凭れさせ足を組む。その動作すらが優美に見えた。
ローザちゃんいいのよ気にしないでと言われ、どうしようかと躊躇いつつ、ローザリンデはソーサーとティーカップを手にした。
「お忙しいのですね」
彼の呟いた内容からあちこちに出向いてる様子が伝わる。毎日ではないが頻繁に登城しているローザリンデでも顔を合わせることが少ないのも納得だ。
友人ではなく同僚でもない自分は、彼がいつここに戻りどこで何をしているのか知ることのできる間柄ではなかった。会えるかどうかは運任せ。
名前以外、何も知らない。
(あら?胸が…軋むわ)
変な違和感を消すように少し深く息を吸う。気のせいなのか今は何ともない。
「魔法騎士は少ないから使われる。ローザは慣れた?」
「は、はい。皆様によくしていただいております」
その言葉にジークハルトはチラッとアメリアを見た。
「ちゃんとやってるわよ。知識はもちろん魔法の使いこなしや実技とか教えてるし。ああ今度一ヶ月くらい学舎の方に短期入学もしてもらおうかと…」
「……は?」
「いくらなんでも同年代とまったく関わりなしとはいかないじゃない。色々な観察眼を養うことも大事だし、縁作りも必要だし。侯爵閣下のご了承を得ないと進められない話だけど」
(初耳だわ…)
そのような機会を考えているとは知らなかった。確かに人脈にしろ友人にしろ、築き上げるには共に過ごした時間があればこそだ。できることなら親しい友人と呼べる同年代がいると心強いとは思っていた。
瞬くローザリンデの隣で、何故かジークハルトが目を眇めている。
「余計な虫が……」
「はい?」
「いや。ローザの交友関係が広がるのはいいことだろうからもし決まれば行ってくるといい」
くしゃりと無造作に前髪をかきあげる。その仕草にトクッと小さく鳴るものが何なのか、ローザリンデは答えをはっきり見付けずにいた。
落ち着かせるように紅茶を含む。けれどいつも美味しいと思っていたのに今日は味がよくわからなかった。
「アメリア、ちょっといいかー」
「あー、はいはい。ごめんね、呼ばれちゃったわ。今日はこれで終わりだから、ゆっくりしていって」
そう言ってローザリンデが挨拶を返す間もなく行ってしまった。
ゆっくり、と言われても。
ここですることはなくなってしまった。仲の良い知り合いはおらず、隣に座るジークハルトと会話が弾むわけもない。いや、側にいたくないというわけでなくどうしたらよいのかわからない。
周りは勤務中で寛いで長居する理由はないのだ。ならば帰ろうと考え始める。
すると。
「これ」
「えっ?」
「食べて」
意味がわからず、しばし固まる。
口元に差し出されたクッキー。これがあるということは、このまま口を開けて食めということなのだろうが、そもそも誰かの手ずから食すことなど病気でもなければしたことがない。
「手が汚れるから」
はい、と再度促される。
なるほど、確かに表面は砂糖がまぶしてあるもので摘めば指先に少しついてしまう。彼なりの配慮ということか。いや、なるほどではなかった。だとしてもだ。何故ジークハルトからなのか……これはかなり躊躇う。
「色々自己主張」
「?」
戸惑っていると、よくわからないことを言われた。
小さくはない大きさのクッキーは一口で入らない。噛み割ることは行儀が悪いとされているのに、どうしたらいいというのだ。
もしかしたら何か企みでもあるのかと疑ってジークハルトを見ると、少し口角が上がっているような気がしなくもない。
(試されているのかしら。それとも会話がなくてとりあえず?いえまさかどう返すか楽しんでるとか?)
魔法騎士団のことを詳しく知らないが、よくこちらにいるということは彼にとって居心地のよい休憩場所なのだろうと推測できる。もしかするとそういった場所がないのかもしれない。
アメリア以外にも魔術師団には女性がいるため恐らく普段なら茶の用意もしてくれるだろうし、こうして菓子類等も豊富で切らすことなく補充されているのだろう。
何度も訪れているうちに貴族間のしきたりや距離感というものとは違う、親しさや触れ合いというものがあることはわかってきた。仲間内では気軽に名を呼び合うし、健闘を讃え肩を叩くこともあれば目下の者に対して頭を撫でることもある。
そういう環境にいるジークハルトにとってこれは大したことないのかもしれない。ローザリンデはそう結論付けることにした。
サクッ
小さく噛み、上目遣いで見遣る。これが正しかったのかわからないから。
すると意地悪く笑みを浮かべ、あろうことか残りをジークハルトが口にした。
「なっ…!!」
「甘いものは好きじゃないが、これは美味い」
ボンッと音がするくらい自分の顔が赤らんだことがわかる。戯れだとして、いくらなんでもこれはない。
恋人だとか、いわゆるそういう仲の者達がするのではないのか。そもそも異性との交流がほぼないローザリンデにとって、眩しいほどの容貌を携えた彼と隣り合わせていること自体が免疫のないことだというのに。
「ジ、…クハルト、様っ」
どうにか発した声はうわずっていて、聞いたことないほど動揺していた。
「ごちそうさま」
そしてジークハルトはペロッと二本の指に付いた砂糖を舐め取った。その卑猥な様子はやたらと似合っていて、漂わせる色香にローザリンデは意識が遠退きそうになった。
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