6.お嬢様のバングル
程なくして魔術師団本部前に辿り着いた。目の前には一見どこにである扉がある。
もちろん重厚な造りに精巧に掘られている飾りは見事なもので、安っぽさや凡庸の欠片はない。ありきたりという意味ではなく、誰にでも開けることが可能な扉に見えるという意味でどこにでもあるものだと思えた。
その扉を開けた中が、魔術師団本部になるという。
「今日は俺と一緒に入るから問題ない。以降のことはイザークから説明を受けるだろうが、まず団長へ挨拶に行こう」
扉を開ける前にジークハルトの腕から手を離し向き合おうとした。初日なのだから誰かに頼る姿ではなく、きちんと品位ある佇まいでいようと思ったから。
けれど、離れかけた手を掴まれた。
「まだ早いな。離すと入れなくなる」
そう言って、ローザリンデの左手をジークハルトの右手がしっかりと握る。「行くよ」と声を掛けながら勇気付けるように手の甲をとんとんと人差し指が触れる。そこから感じる柔らかな温かさはとても落ち着くもので、からかう気配など微塵もなく、ひとつ瞬いて気持ちを引き締めた。
その様子を見ていたジークハルトが難なく開いた扉の中へローザリンデと共に入った。
広い部屋には何人か事務官がおり、チラッと視線を受けたジークハルトが団長室へ行くことを告げた。ローザリンデのことは初見だろうに特に止められることも問われることもなく、つかつかと進んで行ってしまう。
「あの、……」
挨拶すらしなくて、不審人物にはならないのか…と戸惑いながらも、その勢いに任せついていく。
(私が入ってよいのかしら?そもそもジークハルト様は魔法騎士団の方よね?)
案内と護衛を兼ねているにしても、それにしたって所属外だろうに勝手知ったる行動ではなかろうか。おろおろと動揺が浮かび始めた頃に、ようやく彼の足は止まった。
目の前のドアをコンコンと軽やかに叩く。どうやらここが団長室らしい。
「ヴュルツナー侯爵令嬢をお連れしました」
「入れ」
中からの返事を聞いて、ドアが開かれる。くんっと軽く手を引かれ、ローザリンデも後に続いて入った。
こちらにも事務官は就いていたが、立ち上がり壁際へ控えた。何かあればすぐ対応できるように見える。
執務机にいた男性は手にしていたペンを置きこちらを認識してから立ち上がった。だが眉をひそめわざとらしく、ウォッホンと咳払いする。ああ、そうだった。繋がれた手がそのままであることを忘れていた。ローザリンデは慌てて自分の方へ引き抜く。
ジークハルトが気付いていないわけもなく、きっとわざとなのだろう。こういうときは意地悪心をしまってほしいと切に思う。
「ヴュルツナー侯爵令嬢ようこそ魔術師団へ。第二魔術師団長のギルベルト・フェッセルです。貴女のご協力に感謝致します」
四十代だろうか。背が高く筋肉質ではないがしっかりとした体躯に、雰囲気は柔らかいけれど何というか瞳が笑っていない。
(ああ、色々と見られているのね…)
気分はよくないが致し方ない。力量や本質を量られているのだろう。ここに立ち入るのだから当然のことだ。
身分はあまり関係ないため名乗ればよいと言われていた。文官たちと違い現場に出ている武官たちは仕事がしづらくなるので、上官部下の関係の方が重要らしい。
だからローザリンデは貴族の笑みに、少しだけ自分の色を乗せてしっかり目線を合わせた。
「お初にお目に掛かります、魔術師団長様。ヴュルツナー侯爵が娘、ローザリンデにございます。此度の結果により、誠心誠意尽くす所存でございます」
とは言っても最低限の挨拶だけは口にする。敵意はありませんし務めは果たします、できる範囲となるけれど。
「ああ、よろしく頼む。この後は立入章の着装と、イザークは会ったことあるんだよな?あいつから説明を受けてくれ」
「承知しました」
ギルベルト団長からふっと警戒していた気配が和らぎ、とりあえずは認めてもらえたことに安堵する。口調も大分軽いものになっていた。
「ジークハルトご苦労。もういいよ」
「よくない。俺が着ける」
「お前な……」
ギルベルト団長が呆れた声を出す。
役目は終わりだと告げられたにも関わらずまだ用件があるようで、ジークハルトは食い下がっている。
何かを着ける話なのだろうか。ギルベルト団長が立入章と言っていた。言葉の端々からバングルのことかもしれないと思い浮かぶ。
「許可章の魔術発動は俺もできるから、団長じゃなくてもいいだろ」
「……はっ。珍しいこともあるもんだな。へー、なるほどねぇ」
にやにやと人の悪い顔をしながら、執務机の引き出しを開けてジークハルトが着けているバングルと同じものを取り出した。
いいぞ、貸しだからな。と、机の上へ置かれたそれをジークハルトが掬い上げローザリンデへ向き直る。
「これを着けることにより王城への立ち入りはもちろん、魔術師団本部に所属している意味を示す。装着後は自分で取り外すことができない」
「はい」
「各団長もしくは…同格のみ脱着可能だから、俺に着けさせて?」
弱々しく懇願されて、拒否などできるはずがない。肯定以外の応えは選択肢に挙がることなく、すぐさまこくりと頷き返す。
ローザリンデの返事に甘やかな笑みで機嫌を良くしたことがわかった。すると目の前へ跪き、左手をそっと取り手首の内側を上向かせた。さらりとバングルを通すが細い手首には合わず、かなり浮いていて緩い。
そこへ何か詠唱を口ずさみバングルへ織り込まれた魔術を発動させた。温かい何かを感じた瞬間、キツくはないが外れることない大きさへ変化している。
ローザリンデが驚いていると更に短く何か唱え、恭しくバングルの上から手首へ口付けられた。
「―――っひぁ…」
「……貴方を護るおまじない、だよ?」
蕩けるように向けられた顔があまりにも艶っぽくて、ローザリンデはどうしたらよいのかもうわからなくなっていた。ただひたすらに戸惑いと集まる熱と、訳のわからない感情が綯い交ぜになって見つめ返すばかりだ。
すると、そこへ割り込んだ声に現状へと引き戻される。
「……あー、終わったよな?後はマリウスとイザークのところへ行ってくれ。これをもって立入章の授与を完了とする」
ひらひらと手を振られ、出て行っていいぞーと追い払われた。
「ギルベルト団長、これで失礼する」
「魔術師団長様、本日はお時間を賜りましたこと感謝申し上げま、す…っ」
礼をしようとしているのに、グイグイとジークハルトに引っ張られ、どうにか挨拶の体を繕い団長室を後にした。
尚もつかつかと進む速度は変わらず、魔術師団本部からは離れていく。話の中から「マリウス」と名前があったので、その人物のところへ向かっているのだと思われる。
「……よろしかったのですか?あのような、その、…ご挨拶になりましたけれども…」
「ああ、問題ない。気に入られたらしいし、あの団長いいように人のこと使うから気をつけて」
挨拶程度しか会話がなかったというのに、どこでローザリンデの人となりを判断できるものなのだろうか。意外なことを言われ不思議に思うしかなかった。
次は魔法騎士団長のところへ向かっていると伝えられ、魔術師団本部とはまったく異なる雰囲気ではあるものの、そちらでも無事に魔法騎士団長のマリウス・カール・グライスナーと対面することができた。
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