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5.お嬢様は王城を訪れる




帰宅してすぐ父の執務室にて両親への結果報告と、イザークから伝えられた内容の要所をまとめて伝えると、驚かれはしたものの「ひとつ成長の区切りだ、おめでとう」と喜んでくれた。

あれだけ心配をかけながら育ったことを考えれば、ローザリンデにもこみ上げるものがあった。原因がわからず薬の効果も然程得られない状態を何回も繰り返していたのだから。


これから忙しくなるだろうけれども、程よく務めるようにとも添えられた。光属性は貴重であるが故に、自由気儘とはいかない。貴族の一員である以上、臣下としての責務を果たすことは覚悟していることで、求められれば従うまでだ。

なのに困ったことがあれば小さなことでも些細なことでも何でもすぐに言いなさいと、念を押された。何なら体調不良とでも言えばよいと聞こえた気がしないでもない。

やはり父の少々過保護なところは変わらなかった。その変わらずにいてくれることで、どれだけ心穏やかに過ごせたことかわからない。改めて心からの感謝が湧き上がった。


夕食の着替えをするため自室に向かった。

部屋には今日の購入品が運び込まれていたので、刺繍糸の包みを開けることにする。一目見てから支度に取り掛かろうと思ったからだ。


「エルマ、いつものように分けてもらえるかしら?たくさんあって手間をかけるわね」


「とんでもありません。では、金具類の仕分けができるものを準備して参ります。少しお待ちくださいませ」


糸が絡まないよう、そして探しやすくなるように収納箱へ整えることを頼んだ。試しにいくつか買ってみた金具類は小さいものばかりで、何かを利用して仕舞えるものを考えてくれるようだ。

気を付けながら、そっと瑠璃色の糸を手にする。普段ならばもう少し明るい青を選ぶが、惹かれて欲しくなったものだ。

同じたから。深く飲み込まれそうだったあの瞳と同じ色だからだ。


(綺麗な色……)


まず練習せねば誰かに渡せるほどの仕上がりにならない。遜色ない程度になるまでひたすら作るだけだ。邸宅の者たちにも渡したいと思っていたから、もちろん練習などではなく心を込めて作ろうと思った。



□□□




正式な書簡が届いたことにより、王城にある魔術師団本部を訪れるため登城することになった。どこの誰だかわからない者が出入りすれば不審者となるため、いわゆる手続きと関係各所への挨拶を行うためだ。師団長にローザリンデの存在を認識してもらうことが目的になる。

ちなみに王都まで来ることができない場合は、国内に何ヶ所か魔術師団支部があり判定やその後の対応がされている。


国の(まつりごと)の中枢機関が集約しており、騎士団や魔術師団の本部が置かれている。王宮は離れにあるが社交の場でもあるため、とにかくバカでかい。それが王城だった。


ローザリンデは馬車に揺られ向かった。城門では止められることなく入ることはできたが、門衛によって馬車の家紋がチェックされているようで、すんなり誰もが入れるわけではないらしい。防衛の魔術も発動されており対策がとられている。

そのまま馬車寄せまで進み護衛を連れていないから侍女であるエルマが受付所の事務官に用件を伝えた。更に指示された処まで馬車で進みその入口の事務官に話をする。先に話が通っていたようでここからは案内が付くらしく、書簡の内容から護衛騎士が先導すると告げられた。

ローザリンデも降り立ち近くの待合所で身なりを整える。程なくして現れた護衛騎士がすぐ歩き出そうとしたところ、他方から声を掛けられる。


「ローザリンデ嬢」


パキンっと鼓膜の奥が本来の音より高く受け止めたような気がする。振り向く前に声の主を予感したせいなのかもしれない。


「私が案内をするから君はいいよ」と言って、ローザリンデの前に立ったのはジークハルトだった。


「ごきげんよう、魔法騎士様」


咄嗟に、ああここは公共の場だったと考えが及び、名前を呼ぶことは避けた。


「ようこそ王城へ。貴方を導く役目を、私に与えてくれる?」


(……ん?)


ジークハルトはスッと目を細めながら首を傾げた。今日も彼の周りは澄んでいて切れるように鋭いのだなと、まず浮かんだことは纏っている雰囲気に対する考えだった。


そして彼が放った言葉の意味を頭で復唱し意味を考えてみたが疑問しかない。迎えに来てくれたというなら「案内する」「よろしくお願いします」でよかったのではなかろうか、と。

しかし含みのある言い方に何かあると警戒しながら返した。


「…はい、喜んで」


「では参ろう」


返事に満足そうな微笑を添えて差し出された手に、ローザリンデは自身の指先をそっと乗せる。 

所作のひとつとしてずっと身に付けてきたことだから、差し出されれば余程のことでもない限り自然に添えてしまう。反射的にしたことだったが、これで正解のようだ。


散漫になっている意識の中、すりっとジークハルトの親指がローザリンデの指先を愛でるように撫でた。まるで他所にある意識を呼び寄せるみたいに。


ビクッ―――


震えた指先のことは気付かれているだろう。

ローザリンデの反応を面白がっているとしか思えない行動だ。狼狽え慌てる姿でも見たかったのだろうか。人の多い受付所近くで、しかも相手がこの見目である魔法騎士のジークハルトなのだから、ただでさえ目立つというのに。

チラチラと向けられる視線がひとつふたつではないことくらい気付いている。


(意地の悪いことをなさいますわね)


不穏な気配を乗せて見上げれば、ローザリンデの威嚇など大したことないとばかりに正面からたやすく受け止められてしまう。好戦的な眼差しが面白そうにこちらを見ていた。

そもそも、手を乗せてしまった時点で触れることを許したことになる。上手く誘導されてしまったということか。


「本部まで少し距離がある。ついておいで」


手のひらから滑らかに彼の腕へ誘導され、そっと添える。そしてローザリンデの立ち位置を見計らったタイミングで歩き始めた。

歩幅の違いで少し早いと思ったが置いていかれないよう足を早める。すると途端に歩調を緩めローザリンデに合わせてくれた。なんだちゃんと気遣いのできる人ではないか。意地悪な反面さり気なく優しいとは掴みどころがない、容姿も相まってなかなかに謎めいていた。


「ローザリンデ嬢、この中央館は羽虫も多いから。俺の()()であると示すためこのまま行くよ」


だから離さないでと、小さく囁いたジークハルトの口調がこの前のように砕けていた。名を声音に乗せられほっとする。

なるほど、城内だからといって安心できる場所とはいかないらしい。それなりに警戒を持つべき相手がいるようだ。ここではあれこれ問わない方がいいだろう。無意識に手の力が入り、彼の袖へ皺が寄っていることにローザリンデは気付かなかった。


東館にある魔術師団本部へ向かう道すがら、簡単に城内の説明をしてくれた。とはいっても一人でうろうろすることはなさそうで、ローザリンデが行くとしたら魔術師団本部とせいぜい図書室くらいだろうか。

数度通路を曲がり本館から東館へと区域が変わると、何故か雰囲気にも変化を感じた。ざわざわした本館に比べ、静寂ではないものの騒がしさがなくなっている。


「王城全体を防衛魔陣で覆っているが、特に東館は魔術師団と魔法騎士団のエリアだから立ち入る人間も限られている。本部は許可章がなければ入れないし」


そう言ってジークハルトの左手首にあるバングルを見せてくれた。よく見えないが何か複雑な紋様が刻まれていることはわかる。


「じき着くが彼女は入れない。二時間程度かかるだろうから、王宮侍女のところへ行くといい」


そう言って後ろに付いているエルマを見遣った。するとどこからともなく王宮侍女が現れ、「こちらへ」と連れて行ってしまった。初めての場所に侯爵家の人間はおらず一人残され少しだけ心細く感じたが、ジークハルトに先を促されて意識は戻された。





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