4.お嬢様はお買い物を満喫
エルマ視点な感じです
馬車の窓から外へ向けた視線は期待に膨らみ、キラキラと輝いていた。
多くの人々が行き交い、生活感に溢れた街並み。溢れる表情も軽やかな動きも見慣れぬあれもこれも、目にする全てが彩られ溢れんばかりだった。
「素敵ね。とても楽しみにしていたの」
「お好きなだけ選ばれるとよろしいですよ」
ふふっと笑みが浮かび、ローザリンデの機嫌の良さを表していた。
「一緒に選んでくれる?一人ではきっと迷ってしまうもの」
「お嬢様のお望みとあらば、どちらへでもお供致します」
「ありがとう。頼りにしているわね」
あれは何かしら、皆様何を召し上がっているの?、あそこも見てみたい…… 誰かに聞かせるでもなく独り言はしばらく続いた。
思わぬ結果のため少し時間を取られてしまったが、邸宅へ帰る前に予定通り市井へ立ち寄ることにした。
普段欲しいものがあるときには外商がいくつも邸宅に運び、その中から選ぶことになる。もしくは侍女に頼んで買ってきてもらう。どちらかに限られてしまうことは仕方がない。
だから直接店を訪れる機会は極稀であった。エルマは主の願いを叶えるために時間の算段をつける。
「今日は皆の分のお菓子。それと便箋に刺繍糸がほしいのよ。本当はもっと考えていたけれど、きっと時間が足りないものね。その、…大丈夫かしら?」
買いたいと言っている品々がいわゆる安価なもので、エルマは少しだけ困ったような顔をした。貴族の責務のひとつに、経済を回す役割がある。物品購入は民たちの収入につながるからだ。
無闇矢鱈に散財するのは困りものだが、ある程度の使い方を身に付けてもらわねばならない。宝石類や高級調度品を見定める審美眼だって必要になってくる。
「ええ、もちろんでございます」
ただ今日は市井に来ること自体がそもそも目的だったのだから、野暮な話はまた今度だ。
「念の為、目抜き通りの店のみにしますから、順に馬車を寄せますね。ゆっくりとはいきませんが、どちらのお品物もご覧いただけますよ」
「わかったわ、お願いね」
気合が入っているのかローザリンデはいつになく凛々しい顔付きにも見える。
エルマは万が一を考え、脇道へはいかないことにした。侯爵からくれぐれも気をつけるよう言い付けられており、死角のある脇道は懸念があるため極力避けたい。
事前にいくつか候補にしていた店のうち道の混雑具合から、ローザリンデの希望に叶うところを思案し御者へ道順を伝えた。
□□□
初めに便箋、次に菓子類。
そして最後に一番時間を取るであろう手芸装飾の店を訪れた。
「……すごいのね」
入ってすぐ無意識に呟き、惚けるように立ち尽くした。
ローザリンデは祈るように指を組み、感嘆の眼差しで店の中を見渡している。この辺りで一番大きな店だけあって、ところ狭しとたくさんの品々が丁寧に積み上げられていた。
見たことがないものもあるわ、と端から視線を巡らせていく。すっかり夢中になっている様は無邪気で年相応に見え何とも可愛らしい。
「何をお求めでしょうか?」
眺めてばかりで勝手がわからないローザリンデに、店の者がにこにこと声をかけた。ここでは店主と客という関係でしかなく、貴族だろうが町娘だろうが扱いは同じだ。そのため対応に慣れている。
エルマも側に控えてはいるものの、敢えて口は挟まず様子を見ていた。先にローザリンデと直接応対してもらうよう頼んでおいたのだ。
「あの、刺繍糸と針、それに飾りの金具をいただきたいのですけれどもっ」
慣れないことに少し緊張した面持ちで告げる。いつになく早口だ。
「糸はどういったお色でしょう?金具も色々ありまして、使う物によって……」
話を聞きながらてきぱきといくつか商品を選んでくれる。客が欲しいものと、どこに何があるのかこの膨大な量から照らし合わせ見繕ってくれた。
緊張と期待で高揚しているのか、ローザリンデの頬が少し赤くなっていた。
(そのようなお顔をなさって)
どうしても様々な理由から淑女然としなければならず外では澄まし顔でいるよう心掛けているが、素直で感情豊かなローザリンデはその仮面がはがれやすい。
今も嬉しくて仕方がないのだろう。いつになく笑みが浮かび、店主と楽しそうに糸選びをしている。
余計な憂慮に晒されないならそれに越したことはないが、侯爵令嬢の現実はこの先多くの厳しい事柄が訪れる。そう遠くない未来に待ち構えていることだろう。できることなら主がいつまでも翳らずに過ごしていけることを願うばかりだ。
そんなことを考えいつまでも見守っていたいと思っていたところで、ぱっとエルマの方を見遣った。
「エルマはどの色が好き?」
「私ですか?」
「ええ、そうよ。次はエルマの分と決めているの」
だから選んで、と。
期待に満ちた目で応えを待たれる。思っていなかったことに、エルマはすぐ返事ができなかった。
すると途端に物悲しそうに尋ねてくる。
「……迷惑、かしら」
「まさか!そのようなことありえません」
「では、選んでくれる?」
「はい、もちろんでございます」
エルマはお嬢様なかなかの小悪魔ぶりですね私のことをよくご存知でいらっしゃると思いながら刺繍糸を選んだ。そんなしゅんと悲しそうな顔をされたら、即解決するための言葉を発するに決まっている。
「そうですね、こちらかこちらの色が好みです」
「では両方にするわ」
「えっ」
「……ダメかしら」
「いえ、…よろしくお願いします」
ふふふっと満足そうにされ、確信犯ではないかと疑ってしまう。だがどうやら何も考えていないのだから厄介だ。
その後はしばらく金具やパーツ等を選び、色々と会話の花を咲かせ、そろそろと思った頃合いにローザリンデは話を終わらせた。
「待たせてしまったわね」
「いいえ。こちらでよろしいのですか?」
「ええ、とても楽しかったわ。新しいアクセサリーの作り方も教えていただいたのよ。すぐには無理かもしれないけれど待っていてね、必ず作るから」
すっかり店主には気を許したようで、また来ますと伝えていた。
「図案を送ることもできますから、必要でしたら手紙をくださいな。では、こちらを包みますからお待ち下さいね」
しばらく使えそうな量であることにローザリンデは満足顔だ。これらは寝台の上で時間潰しとならずに、元気な姿で趣味として使われることをエルマは切に願った。
(あら?)
店主がまとめてくれている中に、瑠璃色の刺繍糸があった。定番色や明るい色が多い中、あまりローザリンデが選んだことのない色だ。
ただその色をどこかで見たような気がして、エルマは何だっただろうかと考えてみる。
(いつだったかしら……最近?お屋敷の中……街中?えーっと…ああ、そうだ)
エルマは思い出した。
ほんのつい先程だったではないか。この色と似たような、紫みの濃い青色があったことを。
(あらまあ。お嬢様は気付かれているのでしょうかね)
無意識なのか、あえて選んだのかはエルマにわからない。偶然である可能性だってある。何しろ店内の見慣れない物珍しさで浮足立っているのだ。
ただ彼を目にしたとき、ローザリンデの意識が奪われていたのを知っている。
(綺麗な瑠璃色ですね、お嬢様)
思い出した深い青色は、
魔法騎士の瞳の色だった―――




