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3.お嬢様の判定結果




声の主を確かめるため入口の方を振り返ろうとした。

しかし、いつ気配もなくローザリンデの近くへ歩み寄ったのか、やや首を動かしたところで視界の隅に靴先が見える。そこで一度瞬き、怒気を帯びた声音だったことを思い出して恐る恐る視線を足先から上へ辿らせた。


「………っ」


視線が合った瞬間、息を呑んだ。


まるで世界から音が消えてしまったような錯覚に陥る。凛と澄んだ朝の空気みたいに冷たさすら漂わせ、張り詰めたのは何なのだろう。驚きなのか恐怖なのかわからない衝撃に、名前をつけることなどできなかった。


繊月(せんげつ)のように鋭く美しいのに、ともすれば消えてしまいそうなほど存在が刹那的だ。


銀の髪に青金石(せいきんせき)と同じ濃紺の瞳がこちらを見ていた。睨んでいるのか探っているのか訝しむ青は、とにかく好意的なものではないことが窺い知れる。


「ジーク……ご令嬢に対してそれはどうかと思うよ」


「妙なものを感じたから、何をしたと聞いただけだ」


『まったく…』と言いながらイザークはため息混じりに立ち上がった。そしていまだローザリンデと合わせた視線を外さずにいる彼へ近付くと頬へ指先を伸ばし、まさかそのようなことをするなど想像もしていなかったことをしてみせた。


絹のようにさらりとした彼の頬を摘んで引っ張ったのだ。


「……ひゃにひゅる」


「ごめんね、こいつは魔法騎士なんだけど今日は手伝いに来てて。ちょっとばかり警戒心が強いんだよね」


自然と視線は外され、摘ままれたそこを払うように態度で抗議していた。

少し赤くなっているであろうか、せっかく綺麗な顔なのに僅かでも損ねてしまうのは残念でたまない気持ちが湧き上がる。早く消えればいいのに、と切なく心が揺らいだ。

抓られ痛みを伴うのかもしれないし、尚更その痕が気になる。


もしも。

例えばそこを自分が撫でたのなら、治るのだろうか……


(え、何を―――)


声には出なかったが、触れたいないだなんて何ということを考えてしまったのだろう。自分の心に浮かんだ感情に驚き、漏れ出ないよう唇を引き結んだ。


「挨拶もせずいきなり睨むとかないから。その漏れ出る黒い魔力もしまって。あー、これだから魔法バカは…敵じゃないんだから気になることはちゃんと順番に訊ねたら?」


イザークから咎められて先程までの訝しむような意味合いは消えているものの、不機嫌なのか少々乱雑に、しかし謝罪の意を含めた瞳がこちらを見ている。

ローザリンデも立ち上がり、背筋を伸ばし姿勢を正す。


彼は面倒そうに、はぁと息を吐き周りの混沌とした空気を払ってから口を開いた。


「……魔法騎士団のジークハルトだ。異なる光魔法を感じ、……その悪かった」


バツが悪そうに名乗られた。家名は明かされなかったが、動きの洗練された所作に高位貴族なのだろうと察することができた。

言葉も短く、最低限の事柄しか発しなかったけれども品の良さがある。言葉のとおり害意も悪意もなく、騎士だと言う彼の本能が構えさせたようだ。


「お初にお目にかかります。ローザリンデ・ヴュルツナーと申します、騎士様」


謝罪を受け入れ、無用の心配であること含め視線を柔らかくした。ローザリンデは膝を折り挨拶を返す。何かをする意思もなければ剣だって携えていない子女です、と込めて。


(私より少し年上でいらっしゃるようだけれども……魔法騎士団の方なのね)


この国で王族の警護を担うのは近衛騎士団。彼らが精鋭であるのはもちろんなのだが、同様に誰でも簡単になれない存在が魔法騎士団だ。

剣術は当然として他の武芸も言うにおよばず、圧倒的な魔法の使い手たちである。聞くところによると国防や重要案件にあたることがほとんどらしい。最前線へ赴くことだってある。

国の中枢に関わる彼にローザリンデが普段会うことはないバズだ。


「もう一度、試してくれないか?確かめたい」


「はい、承知いたしました」


ジークハルトからの要望に応えるため、ローザリンデは先程のように手のひらに魔力を込めた。

一度促されて覚醒(めざ)めたのか、思いのほかたやすく表現し難い感覚がしてくる。目を開けていても『そこ』にもやもやと何かが集まってくるようだ。


「あ、できましたわ」


「んー……できてるんだけど、さっきと違う気がするんだよなー。()()()光魔法でしょ、これ」


「ああ」


「おかしなところはなさそうだけどね」


「……解せないがな」


二人とも釈然としないようだが、ローザリンデには違いがわからないし敢えてどうこうしているつもりもない。何しろ今日初めて魔法が使えたばかりで、思ったように加減すらできないのだ。正真正銘この小さな小さな光が今できる精一杯だった。


その証としてもう役目は終わったとばかりに、消そうと思わなくても手中の光は消えてしまった。


イザークとジークハルトは目配せし、何やら言葉のないところで断は下されたらしい。


「ひとまず判定は光属性となりますから、今後正式に協力をいただくことになります。詳細は後日侯爵家へ届くよう手配しますので。安定して魔力を使えるようになるまでは、くれぐれも過度の使用や混乱に繋がる行動は慎んでくださいね」


厄介なことになっしまったのだろうか。

『加護の判定』を済ませ魔力がないならきっぱり諦め、父から許された短い時間を使い市井を謳歌する予定だったはずが、何故か貴重な光属性であることが判明し、しかもどれほど役に立つのかわからない程度ときている。

牽制の意味で念押しされたが悪事を引き起こす気などさらさらないし、そもそも影響を与えるほどの魔力もないだろうに。心配無用だ。


「お言葉に従います、魔術師様」


悪いことはしません。と、きっぱりイザークの目を見て返した。


「じゃ、堅苦しい仕事は以上でおしまい。

あー、魔術師様って呼び方好きじゃないからイザークでいいですよ。ジークハルトのことも。これから登城の機会も増えるはずですし、気楽にお願いしますね」


「イザーク様、ですか」


軽い言葉に、きょんとしてしまう。

まだ社交界へデビューしておらず、家族以外の知り合いは少ない。これまで狭い世界で過ごしてきたせいか他人との距離感というものを会ったばかりの人物に掴めるほど、ローザリンデは外界に慣れてはいなかった。

悪意があるのか、そうではないのか判断しかねる。数刻前には顔すら知らなかったのだから。


「ええ。名前でお呼びしてもよろしいですか?たぶん、引き続きあなたのことは私が担当すると思うんで」


そう言ってにこりと微笑まれた。考えていることを読まれたらしい。

貴族社会というものはお互いの立場や政略、私利私欲に腹の探り合いと駆け引きが多い。本音と真実、虚栄とまやかしをどれだけ巧みに織り混ぜることができるか。そういう世界だ。

家名でなく名を呼び合うとは気心が知れているか婚約者等の親しい関係である場合なのだが、初対面で事前にことわりを入れてくるあたり彼の琴線にでも触れたということだろうか。

それともこれから会う頻度が増えることから事前に堅苦しいことはなくしたいと言葉通りのことなのか。

読めない腹の色に躊躇いはあるが、まあ名前くらいはいいかとも思う。


何より目の前の彼らは違う気がした。繕うことはしておらず、企みをもって接しているなら大した策士だ。

素の顔でいる、と見える。胡散臭くない。いや、そうあってほしい願望が多分にあるのだろう。短慮だと言われるかもしれないが、ローザリンデは自分を信じたいと思った。


大丈夫―――響いたのは直感だ。

こういった勘は外したことがない。


「はい、イザーク様、……ジークハルト様」


何故か彼の名前を口にしたとき、

トクッと何かが鳴った、気がした。



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