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2.お嬢様は加護の判定に臨む




ローザリンデは馬車に揺られ、王城の近くにある指定された会場へ辿り着いた。『加護の判定』を受けるため、やや緊張した面持ちで瞬く。


心配する侯爵から買い物の許可を得るべくそれなりの論争による攻防があり、改めて子供相手に半分本気になる侯爵の大人気なさに呆れもしたが。

しかしながらどうにか論じて勝ち取ることができたのは、これまでコツコツ積み重ねた知識や気おくれせずに言葉を連ねた成果でもある。そのことは素直に喜ばしいことだった。


(お父様、心配しすぎなのよ)


邸宅への時間厳守とエルマの他にも護衛を一人付けること。目的の店以外は無闇に行かないこと。譲れないと言われた条件はしっかり提示された。

山を超えるほど遠くへ行くわけでもなく、王城の近くということもあり決して治安が悪いことはない。今日は魔法が出現するかどうか大切な日だというのにそちらはまったく話に挙がらず、僅かばかり無属性だったらどうしようと不安を浮かべたことは無意味だったようだ。

クセのあるやや過保護な父は娘が無事に帰ることの方が重要らしい。


「お嬢様、定刻通りの到着です。お支度はよろしいですか?それでは参りましょう」


先日のやり取りを思い出していると声を掛けられ、ふっと息を吐いてから気を引き締める。それを返事の代わりとした。

気分は戦場へでも赴くようなものだ。何しろ自分の立ち居振る舞いは侯爵家の評判に関わる。


(さあ、行きますわよ)


先に降り控えたエルマに続いてそろりとつま先を地に着け、伏せていた瞳を前へ向けた。


馬車から降りたローザリンデに気付いた者たちが、一様に動きを止める。


腰まである長い髪は薄いはちみつ色で、肌は遠目でもわかるほどなめらかで白い。橄欖石(かんらんせき)のような萌黄色の瞳はつぶらだ。

薄い唇がきゅっと意思の強さを表しているが、その桃色は瑞々しい果実を思わせ可愛らしい。


華奢で全体の印象は儚げなのに、凛とした存在感が圧倒的だった。


屋敷ではローザリンデのことを皆が讃えてくれるが、それは身内贔屓なのではないかと思っている。自分の容姿は取り立てて特別ではないだろうけれど、問題なく連れ歩ける程度と位置付けづけていた。

育った環境のせいか賢く年齢より大人びているが、自身にあまり興味がないゆえに少々疎い面があった。


ローザリンデは二つある建造物のうち見当をつけた方の入口近くまで進んだ。そして何人がいる関係者らしき中から一人に声を掛ける。


「ごきげんよう。会場はこちらでよろしくて?」


「………」


「あの、どうかなさいました?」


「あ、あっ あちらで、あ、いや、こちらへ」


案内係であろう者にどこへ向かえばよいのか問うてみたが、あたふたとよくわからない返答が返ってきた。

二、三歩よろめきつつご案内しますと言われ、その後に続いていく。


「……お嬢様に惚けておられましたね」


「まさか、そんなことないわよ」


後ろからぽそりとアンナに言われ、やんわり否定する。


「きっと瞳の色が珍しいのね。ほら、私の瞳はあまりいないから」


「いいえ!毎日お使えしているアンナでも何度心をさざめかしたことかっ」


私の自慢のご主人様です。幸せです。

小声ながらもしっかりその主張が聞こえてくる。


「エルマ……」


言葉の内容はとてもくすぐったい。

走ることもでき決して身体が弱いわけではないが、臥すことがしばしばあるローザリンデに対して皆が甘かった。大切にしてくれる気持ちはわからなくもないが、過分な讃辞は戸惑うこともある。


「こちらになります」


歩みを進めていくうちに、いくつかある部屋のひとつに辿り着いた。何人も判断していくためなのかドアは開け放たれており、見える室内は簡素なものだ。

同じように会場を訪れている同年代と何人もすれ違ったが、混雑しているわけではなかった。


ローザリンデは手早く終わらせてしまおうと断りを入れ、まず一歩部屋へ踏み入れた。





エルマから文官へ持参した書簡を渡し、二、三説明を受けると魔術師の向かいにあるテーブルを挟んだソファーへ促された。

部屋内には書類作業の人員と念の為なのか護衛騎士、侍女や文官の見習いらしい面々がいた。こちらを見ていないようで実は鬱陶しく探る気配が感じられ、少しばかり居心地が悪い。


「ヴュルツナー侯爵令嬢ですね。魔術師団のイザーク・バルツァーです」


「ごきげんよう、魔術師様。ローザリンデ・ヴュルツナーでございます」


さっと目礼を取ると、席へ座るよう促された。言われたとおりに腰を下ろす。


失礼にならないようちらりと相手を垣間見た。

誰でもなれるわけではない魔術師なのだから恐らく彼も優秀なのだろう。しかし威厳のような取っ付きにくさはなくとても若い。


(お顔立ちも整っていらっしゃるわね)


素直に女性から人気がありそうだなと思った。

術式を編んだり構築したり解析したり、取り組み始めると寝食を忘れるほどと聞いていたため学者気質の年配者や会話しづらい面々なのかと思い、意外な気もした。

ローザリンデが脳内で分析していると話が進んでいった。


「今日は僕が担当させていただきますね。えっと早速ですが、魔法を出現させたことはありますか?」


話し方からして神経質そうでもない。どちらかといえば雰囲気が穏やかで緩い。声だって刺々しさだとか、仕事だからといって無機質なこともなかった。


(魔術師様は、くすんだ翠髪に黒目……お兄様と同じ年くらいかしら)


目の前にいるにこにこした魔術師にやや緊張が解ける。少しだけ肩に入っていた力が抜けた。


「いいえ。ございませんわ」


残念ですけど。


ローザリンデの返答にイザークはふむふむと頷き、手元の書類へ何かを書き込む。


「右の手のひらを上にして、そこに魔力を溜める感じなんですけど……そうですね、リンゴくらいの玉でも作るような」


「玉を作る……」


「こんな感じで」


言うと、イザークの右手にはボッと炎の塊ができた。なるほど、リンゴ程の大きさである。


「やってみますわ」


自身の手のひらに視線を向け、意識を集中する。


火でよいかしら?

いえ、同じものではなく水がよいのかしら。

玉を作るように?

ここに玉を……丸くないといけないのかしら。

あら?

リンゴは思ったより大きい?

もっと小さい方がいいのかもしれないわ。

私は初心者だもの。

初めてなのだから。

小さいもの……りんごより。

…木の実!

そうよ、小さな木の実だわ。

あれくらいなら、きっと私にだって。


え?

おかしいわ、何もできないじゃないの。

属性が違うのかしら。

そもそも土とか?

いえ、風?

土はわかるけれども風の丸いものってどういうこと?

わからないわ。


いえ、わからないというより。

―――まったく魔力なんて感じないわ。


「……」

「……」


暫く続いた静寂の後、くくっ、と聞こえてきたのはイザークが抑えきれないと漏らした笑い。

こちらは真剣にやっているのに、むすりとしてしまう。令嬢として不機嫌な顔を隠すことも大切なのだが、どうにもバカにされたようで眉間にシワが寄ってしまった。


『ああ、失礼』と口許を押さえながら謝罪されても、本気ではなさそうだ。


「可愛らしいお顔で百面相をしていたので、つい。魔力はお持ちですよ。確実に」


(そうなのね、ちっとも感じませんけど。子供っぽくて申し訳ありませんね。実際平静を装えるほど大人ではありませんし!)


心の中で悪態をつく。


「この建物には防御陣が展開してあって、もし魔力の加減を間違えても平気なようにしてあります。出現を促すような式も加えてあるんで、やりやすいかと思いますよ」


あとですね、そう言いながら何やら短く詠唱し、イザークの手からほわっと出てきたのは雲のようなもの。

ふわふわと浮かんでいくつにも分かれ、螺旋状に舞い上がったかと思うと弾けるようにパッと消えた。


「まあ!」


「これは僕の炎に水を足して魔術で動かしたものなんですけど、魔法って祝福された力だと思うんです。思考を向けすぎているので目を閉じた方がいいかもしれませんね。考えるのではなく周りにあるものを借りる感じで……」


少しばかり急く気持ちがよくなかったのかもしれない。形に囚われてはできませんよ、と言われたようで省みる。


イザークの言葉に倣い、目を閉じた。


ここに出さねばという意識をやめ、空気を集めるように自然の流れにあるものを手繰った。

柔らかい気配と自分の中にある熱を混ぜ入れ、意識を研ぎ澄ませる。

糸を紡ぐように優しく、けれど確かに。


焦らず。

ただ、注げばよい。

ゆっくり、綴じ込めて。


己の内から、そっと―――――


「……目を開けて。できてますよ」


優しい声にそろりと瞼を持ち上げれば、ローザリンデの手のひらには輝く小さなものができていた。

あるにはあったのだが、思い描いていた大きさには遠く及ばない。吹けばどこかへ飛んでいってしまいそうな、まさしく木の実ほどの大きさだ。


それでも、確かに光の塊はあった。


「……光、?」


「そうですね、光属性……で、すね。おかしいな、魔力はもっとあるはずなんですけど……」


納得できないのかイザークは小さな光を睨むように見つめ、顎に指先を当てぶつぶつと口の中で探っている。


(何か違うのかしら?)


ともかく、ささやかながらも魔法が使えるようでほっとしたのは事実だ。意外ではあったがそれが光属性であることも判明した。

回復魔法ができる光属性は貴重だ。病に苦しむ人を癒やし、怪我の痛みを和らげることができる。もしも自分の力が役に立つのならば、ローザリンデは喜んで捧げたいとは思う。思ってはいるのだが、現実に目を向ければ微々たるものでしかなさそうだ。


こんなに小さいもので、何ができるのかさっぱりわからなかった。いざ回復魔法を使ったとして返ってくるのは冷笑だろう。

治せてせいぜいが、掠り傷か。


目の前ではまるで大したものではないことを証明するように、力尽きたのか光はすっと消えてしまった。




「―――お前、何をした?」




突然、後ろから聞こえてきた声。

よく通るのに不穏さを含んで怪しむ声音に、ローザリンデはびくりと肩が揺れた。





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