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13.お嬢様の治癒魔法




サラサラと部屋にはペンの書き込む音が流れる。手元の書類に指示を書いた紙を付け、処理済の箱へ入れた。一時間ほど同じような作業を繰り返してひたすら黙々と続けている。

ふと窓の外を見遣り、どうしているかな、と想いを馳せた。静かな時間は彼のことを考えてしまうからできるだけ用事を入れておくのに、やはりどうしたって考えてしまうのだ。


ローザリンデは十五歳になっていた。

体調を崩すことがなくなり積極的に活動できるようになったため、魔術師団への協力は続けており、様々なことへ触れる機会があったことで別の案件についても取り組んでいた。

治癒魔法は苦手だと思っていたが、現場を目にしたことで甘ったるい考えは霧散した。助かる命は助けたい、痛がる子供を少しでも癒やしたい。使える能力があるならば、言い訳などしている場合ではない。苦手だ難しいなど逃げにすぎない。力があるのだから使えるようになればいいだけだと、治癒魔法を使いこなすため努力を重ねた。


そこへ、はらりと幻のような羽根が舞い落ちる。差し出した手のひらで受け止める寸前に儚く光を散りばめ、紙片へと形を変えた。ジークハルトからの伝書だ。


(よかった、ご無事でいらっしゃるのね)


ほっと肩から力が抜ける。十日ほど留守にしているが、相変わらず現場の様子は知る術もなく目的も告げられることはない。いつの間にかいなくなっていることだってあるくらいだ。今回はたまたま出立することを知ったため、こうして帰還の連絡が来たのだろう。


短い文章は要点のみで、”三日後には帰る”と書かれていた。ローザリンデは彼らしさにクスリッと口元に笑いを漏らし、瞳を柔らかく溶かした。




■■■




「ローザリンデさま、これどうぞ」


「まあ、ありがとう」


差し出されたそれを受け取ると、三人の女の子たちは満面の笑みでキャッキャッと次は誰がどうだとか何をするだとかはしゃいで行ってしまった。色とりどりの花でできた束は近くで摘んできたものだろう。よく見掛ける種類ではあったが、三人分とあってしっかり量がある。萎れてしまわないよう近くにあった入れ物を借りて帰りまで水に挿し置くことにした。


「ローザリンデ様、準備ができてますのでお願いします」


「ええ、今行きます」


声を掛けられ教会の中へ入る。

ローザリンデが取り組んでいる、無償の治癒巡回だ。合わせて回復薬も寄付している。ヴュルツナー家が支援している教会へ頻繁ではないが時間ができると訪れるようにしていた。


治療には金銭が必要だ。薬だって安くはない。下位層にとって怪我や病気に回せる余裕などほとんどない。

全快まではいかなくとも、せめて自己治癒能力で回復が見込める程度になるようにしたいと思っての行動だった。残念ながら手の施しようが場合もある。それでも、痛みや苦しが和らぐようにと手をかざしたこともあった。

偽善と言われたこともある。貴族のお遊びだとも。それでも何もせずにいることはできなかった。自己満足だとしても、何かがしたかったのだ。


きっとそれは前線に立つ彼のことを知ったからに他ならない。守られるだけではいけないような気がした。


「ローザリンデさま、いいことあったの?」


「あら、どうして?」


「あのね、いつもよりうれしそうだよ」


転んで腕を骨折してしまったという男の子に、早く治るよう治癒魔法をかけているときだった。顔をじっと見ているなとは思ったが、いつも通りのつもりでいたのに気になったようだ。問う瞳は正解の返答を期待してキラキラ輝いていた。

子供たちはローザリンデが来ると知れば、教会へ遊びに寄る。嬉しかったことの報告だとか、自分で作ったものを渡そうだとか、会えることを楽しみにしていた。だから何回か顔を合わせているので、いつもと違うと感じたのかもしれない。


「……遠くに行っていた人が帰ってくるの」


「おとうさんとか、おかあさんとか?」


「そうではないけれど……」


「じゃあ、すきなひとだからうれしいんだね」


言われてヒュッと気持ちが慌ただしくなる。何と返せばよいのか迷ってしまい、動揺を隠すように話をすり替えた。


「これでどうかしら?少し痛みがなくなっていると思うのだけれど」


「うん!いたいのちょっとになった」


「そう。あまり動かしてはダメよ?」


ありがとうローザリンデさまーと言いながら、もう走って行ってしまった。子供の無邪気さに癒やされる一方、元気いっぱいで驚くこともまた多い。あれだけ動けるなら心配はなさそうだが、別のところを怪我するのではないかと違う心配が生まれてしまう。


「いつもありがとうございます」


「また参りますね。皆様が健やかに過ごされますように」


十人ほどの治癒を終え、ローザリンデは教会を後にした。

少しばかり疲労感がある。馬車の中でエルマが心配そうにしているが声は掛けられなかった。


治癒魔法とは、怪我も病気も患部の時間を早める作用と似ている。明日の状態になるよう時を進めるだとか、一週間後の状態をここへ持ってくるといったイメージで魔力を注ぐ。だから欠損した部位を戻すことはできないし、命尽きた者を蘇らせることはできない。あくまでも治癒する過程を短縮する効果以外にはならない。

決して嫌な疲労感ではないのだが、目を閉じて少しの間体力が戻るのを待つ。


(明日は登城の日だわ。確か回復薬の準備があるはず…)


アメリアから手伝ってほしいと伝書があり、用件の他に書き添えてあった『ジークも顔を出す予定』という文字を思い出す。それだけで浮かれているらしい単純な自分がおかしくもあり、こんなことではいけないのだろうなと戒める気持ちにもなったり複雑ではあった。


左側へ緩く編んだ髪の結びには、藍染の髪飾りを着けていた。革製で何度も使っているうちに艷やかな風合いが馴染んで、滑らかになっている。

確かな約束などしたことはないのに、いつからかジークハルトが前線へ出立したことがわかると無事に帰るまで身に着けるようになっていた。


言葉にしてしまえばお互いの関係性が変わってしまう気がして、胸にチラつく感情は考えないことにしていた。ジークハルトも何かを言ったことはない。言われてはいないが、態度や視線や存在で与えられる甘ったるい気持ちは溢れそうに育っている。

誤魔化すにはもう無理がある程に。

そろそろ向き合わなければならない年齢にもなっていた。貴族の一員である以上、責任と役割がある。抗うつもりもないし、求められた責務を果たす心積もりはできていた。想いを認めたとして、何か変わるわけでもないのだが。


蓋をしたままでいるべきかと(よぎ)ったところで馬車が停まった。まだ邸へ着くには早い時間に外の気配を訝しむ。


エルマがコンと壁を叩き御者へ何事か問う。小窓から返答があり、怪我をした者が運ばれているようで道が混雑していると告げられた。人波が収まるまで少し待つことになるとのことだった。

それを聞いてローザリンデが何もせずにいられるわけがない。


「行くわ」


「お嬢様いけませんっ」


「お願い、エルマ。行かせて」


静止を振り切るように馬車から飛び降りた。物静かではあってもなかなかに頑固な性格をしていることはわかっているのだろう。後ろからついて来るが、もう引き止めることはしなかった。


それより、目の前の悲劇に息を呑む。

怒号と苛立ち、不安や悲鳴に似た声が飛び交う。


「早くしろっ!!」

「誰でもいいから、持って来い!」

「水だ、布も探せっ」

「何で?!」

「怪我をしているのは誰なんだ?!」

「急に崩れて…下敷きから、引き出して……」


人々の口から聞こえてくる単語から推測するに、崩れた建物の下敷となりどうにか救出されたらしいと。

誰もが酷い状態で、優先順位などつけられない。後回しにしてしまえば、それは死を意味することと同じだ。一刻も早く治療を始めなければならない。


「あんた、誰なんだ?!」

「お貴族様が、邪魔だよっ!!」


リーダーのような指示を出している人を見つけた。急いで近付き現状を教えてもらい、治癒魔法が使えることを告げて次のことを頼む。


「できるのか、あんたが?!」


「軽症の方は離れて手当を。意識のある人の状態を確認してください。意識のない方はどのような状態ですか?できればこちらの近くへ……」


経験から判断を急ぐ。迷いのない指示に

任せてもいいんじゃないかと思ってくれたらしい。伝えた通りに従ってくれた。


目で確認しただけだが、ぐったりしているのは七人だろうか。動けなくとも反応があるのは三人。一人は骨折しているものの大丈夫そうだ。あと三人が急を要する。

心肺蘇生を指示し、出血の酷い一人の傍へ行く。


(傷は治癒できても、失血の分が間に合わないかもしれない。二人も早くしないと)


治癒魔法をかけながら、最善の方法を探す。三人を一度に治したことなどもちろんなかった。たが一刻を争う中で考えている時間などない。躊躇うだけ手遅れになる。

ひたすら祈りながら魔力を意識し、少しでも早く回復することを願う。


(どうか、お願い……)


強く願った。

家族であったり恋人であったり、この人たちを大切に思う人々が悲しむことのないように。ローザリンデの魔力で救えるならどうかこの力を取り込んでほしい。

焦ってはダメだ。一度落ち着かせるために深呼吸する。


これまでにない速さで魔力の飽和状態に引き上げていく。無理をしていることは承知の上だった。

集中していく中、音が聞こえなくなっていた。身体に掛かる負担は相当なものだろう。自分の魔力が流れていることだけは感じている。じりじりと手中に集まり溶け出して行くような感覚がしていた。


(もっていかれる……)


目を閉じてどうにか意識を保つ。

けれど、怪我人たちがどうなったのか知ることはできなかった。助かってほしい。どうか、どうかお願い。

待っている大切な人のために……


「お嬢様っ!!」


ドクリッと衝撃があり、直後さらさら砂がこぼれ落ちるように自身を保っている魔力が感じられなくなった。


身体が崩れ落ち、ローザリンデは意識をなくした。






読んでいただきありがとうございます。

ブクマ、評価、いいね等もとても励みになっております。嬉しいです。


3ヶ月ほど前に書き上げた文を予約投稿したため作者が自作内容をすっかり忘れてしまい、のんびり続きを書きながら投稿していく所存です。最後までお付き合いいだけましたら幸いです。

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