12.お嬢様の街散策
馬車が到着すると外から合図がなされ、ジークハルトの可の返事で扉が開いた。先に降り立った彼に続き、ローザリンデも腰を上げる。
「お手をどうぞ、お姫様」
美しく差し伸ばされた手のひらの主は、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。誰かに聞かれればいらぬ誤解を生みそうな呼び方は控えてもらわねば…わかっていて仕掛けているのだろうが、無反応でいることができず、つい瞬きの回数が増え動揺が滲み出てしまった。
ちょんと指先を乗せると絡め取られ、思っていた以上にしっかりと力を込めて捕まった。コトコト鳴る心臓の音をどこか遠くで聞きながら、ジークハルトの手を頼りに危なげなく地に足を着ける。
「ありがとうございます」
「今日は一日楽しもう。気楽にね?」
「はい」
陽の下でキラキラと輝く空気を纏ったジークハルトへどうにか笑みを返した。しっかり受け止めてから彼は御者へ迎えの時間や場所を指示し、軽やかに歩き出す。
他の護衛は街並みに紛れ適度な距離を保っているのか、ローザリンデには気配を察することができなかった。
手は繋がれたままだ。
確かめるように、すりっと親指がローザリンデの甲を撫ぜる。以前もされたことあるな、コレ。と思いながら触れてくる動きが何往復も続いた。
護衛の関係もあって離れないようにしてくれているのだろうが、どうにもくすぐったくて気になってしまう。
「見たいところは?」
「あまり訪れることがありませんので、詳しく存じません。ジークハルト様、お任せしてもよろしいでしょうか?」
「では気になったものがあれば寄ろうか。そのときは教えて?」
その言葉で一方的に連れ回すのではなくローザリンデのことを対等に思ってくれていることを知る。嬉しさが溢れて小さく頷いた。
城下街は貴族も利用することが多く、市井に比べるとそもそもの店構えが違う。
小さな店が並び雑多な雰囲気で生活に近いものを扱う市井と違い、城下街はそれなりに大きな規模の店もあり贈答にも適した上質の品々を選ぶことができる。
道行く人の流れもゆったりした静かなものだ。混雑して人と人が触れることもない。
石畳の通りを少し歩いたところで歩みが止まり、最初に立ち寄る場所へ辿り着いたのだなと思う。彼が選んだ処はどういったものだろうと興味が湧いた。しかしジークハルトの言葉は別のことを告げた。
「さて、どちらにするか」
「 ? 」
「陶器を扱う店と、革製品の店。まあどちらも身近なものだが、自身で見て選ぶことはなかなかないだろう?」
問いかけるジークハルトはどこか楽しそうだ。
言われてみれば確かにローザリンデが直接買い付けることはない。外商が持ち込むものは好みを把握している分、どれも期待外れではないが品のあるものがほとんどで意外性はなかった。正しく綺麗なものばかりに囲まれていると、見たこともない歪な異形に触れることはあまりない。
様々なものに触れる機会をと、思っているのだろうか。
「革製品のお店を見てみたいです」
「ん、行こう」
躊躇いなくローザリンデが選択したことは意外だったのか、一瞬瞳がきょとんと固まったような気がした。しかしながら、すぐさま消し去られなかったことにすると、よくできましたと褒める意味合いに様変りしていた。
とちらでもよい、またはジークハルトの好きな方へ。いつもならば恐らくそのように答えていたはずだ。ただ今日求められている役割は違うことを重々承知していた。だからこその即決だ。
クイッと手を引かれ革製品を扱う店を目指す。程なくして、ここなのではなかろうかと思う外観の店前で止まった。
扉を引き、ジークハルトと共に立ち入る。
(まぁ……)
独特のにおいと、並べられた製品の品揃えにローザリンデは心の中で感嘆の声をあげた。
応対に出た店主との挨拶を軽く交わし、ジークハルトがゆっくり見たいからと案内は断った。
「ここの品物が好きでよく利用してるから、ローザにもどうかと思って」
「素敵ですね。初めて見る色もありますし、作りはシンプルですが興味深いです。縫製が丁寧にされているように見えますし」
鞄や財布、小物入れに手袋。男性向けが多いように感じるが、趣向を凝らした可愛らしいものもある。雑貨が並ぶ一方、馬具革として注文もできるようだ。
どういった染料を使っているのか、不思議な色合いのものもある。自分で選ぶとつい当たり障りない選択しかしないもので、ああ、こういった色使いもよいのだなと新しい発見が楽しくもあった。
「気になるものはあった?」
「こちらの…貝紫でしょうか。とても綺麗な色だと思います」
左手は繋がれているため右手で手に取ったそれは、型抜きされた花弁をいくつか縫い合わせ花を模した髪飾りだ。ドレス用の金属でできた華やかな意匠とは違い、髪を束ねたりさっと纏める普段使い用だった。
貝紫から採った染料を使い紫色に染められた革は、しっとりしているので独特の風合いをしている。
「それにする?」
問われて自分の中で反芻してみると、しっくりこない。かわいい。とても素敵な色だと思うのだが、手元に欲しいかといえば違うように感じる。
視線を動かし同じ棚から色違いで少しだけ花弁の形に変化のある髪飾りを見つけた。ああ、これだ。確信を持ってローザリンデは手の中から髪飾りを持ち替えた。
「藍染の方が……私は好きです。ジークハルト様のお色ですから」
そう思いますでしょう?と同意を求めるために眼を向けると、ジークハルトは蕩けるような企むような、何ともいえない表情を浮かべていた。
「……へぇ。これはうかうかしていられないな」
そう言うと手の中から藍色の髪飾りを掬い上げ、ちょっと待っててと店主の方へ向かって行った。いくつか言葉を交わし何かを注文しているようだ。
店主は商品が並べられている棚からいくつか商品を取り袋へいれ、それを受け取ったジークハルトが戻ってきた。
「行こうか」
店を出るとジークハルトへサッと近付いた従者らしき人物に手荷物を渡した。どこからともなくやって来て、またどこかへ溶けるようにいなくなってしまった。
(え、特殊訓練を受けた方なのかしら……)
身のこなしが只ならないことだけはわかる。いや、そもそも魔法騎士に従者は着くのだったか。ジークハルトに関しては謎ばかりだった。
「次に向かおう」
自然とこちらへ伸ばされた手に、ローザリンデは引き寄せられるように手を重ねた。小指がトントンと動いたかと思うと指と指の間へ割り入り、次いで薬指がその隣へ、また順にその隣へ。絡めるように繋がれた形はまるで恋人同士のそれだった。
(わっ………、!)
熱くなった指先に気付かれないことを祈りながら、着いた先は焼菓子を扱う店だった。既に外へもよい香りが漂っている。ほのかに甘く、香ばしい。
店内へ入るとローザリンデは目を輝かせた。邸のパティシエが作る菓子はもちろんとても美味しいのだが、店で買うものはまた違ってかわいらしく目でも楽しい。流行りもあるから次から次へと新しい商品が産まれ、季節や趣向を凝らしたそれらを手に入れることも話の種になる。
幼い頃から臥せがちだったせいもあり、励まそうと届けられた菓子は楽しみのひとつでもあった。
「ご令嬢は好きじゃないか?アメリアにも買っていくといい」
「ジークハルト様のお好みはどちらですか?」
「あまり甘いものは食べないが……ああ、ディアマンクッキー、かな」
言われて、あれは砂糖がまぶしてありとても甘いのではなかったかと思い浮かべる。苦手なもの、そのままじゃないか。
だが、記憶に蘇ったあるときの休憩時間。にやりと悪い笑みのジークハルトを前に、忘れていたかった過去を思い出してポンッとローザリンデの顔が赤らむ。
「また、そ、そいうことを、おっしゃって。いじわるです!」
むぅっと、唇を結んでこれ以上慌てた様子を見せないために感情を落ち着かせる。仕掛けた成果に満足したようで、店内では他に揶揄うことがなかった。
買うものを選んでいる顔つきが、さながら人生の選択のようだと笑われはしたものの、新しく発売したばかりだというお勧めと大好きな焼菓子、それに魔術師団用のものを多めに、あとは…ディアマンクッキーを何枚か選んだ。
その後は食事と、小さな植物園を歩いた。
あまりたくさんは食べられないと伝え、軽食を摂りながらいつになくとりとめのない話をした。何も知らなかった彼のことを少しだけ知る。
本が好き。
魔法が好き。
甘いものと、強すぎる香草は苦手。
四つ年上だった。
一度出立すると、戻るまで日数がかかる。
攻撃魔法が得意、だから呼ばれてしまう。
最近、魔獣が増えているらしい。
植物園は一時間ほどの滞在。
ゆっくり見て周れた。
帰りの馬車で紙袋を渡され、どうやら髪飾りと他にも何か入っているようだった。せめて今日のお礼にと、忍ばせておいた何日もかけて編み込んだお護りを受け取ってもらえた。
瑠璃色の糸を重ねて銀糸を織り交ぜ、中心には金具で橄欖石をあしらい、ジークハルトが護られるよう何からも傷付けられないよう祈りながら作り上げた。
邸まで送り届けてくれると、別れ際に「貴女の萌黄色も好きだ」と言いながら去って行った。




