11.お嬢様のお迎え
今年も皆様にとって楽しい日々となりますように。ときめきの一助の文章となれましたら幸いです。
可及的速やかに対処するという言葉のとおり、三日後にはイザークが関係各所への確認や根回しがなされていた。もちろん必要最低限の人間にしかローザリンデの魔力効果について話しておらず、今後起こるかもしれない懸念を含め、随時都度対策していくらしい。
まず回復薬については現状の継続をするよりも魔力の制御を身に付け、別薬を生成できるのではないかとの意見が挙がっていた。新しい術式と組み合わせることで、ローザリンデの魔力効果を活かそうという案だ。
成功までには多少時間がかかるかもしれないが、有効活用できる上に魔術を利用することによって魔力効果を誤魔化すこともできる。構築され運用してしまえば、後はローザリンデでなくとも魔力量の多い光属性の者が生成することで誰が関わったのかもわからない。
光属性が見つかったと計ったかのようなタイミングで報告が入ったこともあり、人員の確保についてもどうにか問題なく解決しそうだ。
恐らく魔力の質が高まっているローザリンデは、ただ魔力消費すれば済む話ではないのではとの見解もなされてもいる。いくつか考えられる事象を試してみた方がよいだろうと、魔力効果の確認もしていくそうだ。
話が外部に出ていないこともあり、現時点では保護や護衛の増員などはなされないとのことだった。ただ一人での行動は控えるようにと重ねて言い付けられた。
侯爵閣下には魔術師団長から書簡を預かり経緯を把握しているイザークから説明する、とのことだった。後日すぐに予定が調整され、ローザリンデも同席し侯爵から心配はされたが冷静に受け止めている様子に見えた。
イザークから別件があるとのことで、ローザリンデは席を外すことにした。
(目まぐるしくて、現実味がないわ……)
身に起こっているできごとは想像していなかったことで、ひとつひとつ受け止めながらどうにか気持ちの折り合いをつけても払いきれない不安が残っている。
常に付き従ってくれるエルマには話をしてもよいことになり、詳細は伏せ伝えることにした。万が一に何かあれば護る立場でもあるからだ。一人で抱えるには漠然とした事柄も多く、気心が知れている分とても心強い。
「迷惑をかけるかもしれないわね。頼りにしているわ」
「何をおっしゃいますか。このアンナ、いつでもどこでもお嬢様をお支え致しますよ」
髪を直してもらおうと鏡台前に座り、優しく梳かれながら鏡越しに合った視線は柔らかくて頼もしい。
そこへコンコンと別の侍女からローザリンデへ手紙が届いたいると知らせがあった。エルマがドアで応対しそれを受け取ったので、誰だろうと送り主を確かめる。
「どなたかしら?」
「魔術師様が預かられたそうですが、送り主は魔法騎士のジークハルト様のようです」
「まあ」
ローザリンデは内容を自分で確認すると伝え手紙を受け取った。何が書かれているのか、何故手紙が届いたのか、はやる気持ちを抑えて開いた紙の字を辿る。
「旦那様からも内容に関して許可をいただいているそうです」
「わかったわ」
そこには彼らしく美しい字形ではあったが、急いでいたのか少し乱れていて簡潔に用件のみが書かれていた。
聞いてはいたが本人から無事に帰還すると教えられ、ほっと安堵が広がった。ただその後に続く文面に思考が固まる。短い文章だというのに三度は読み直しただろうか。
ようやく内容を理解し、いや文脈は理解したが意図することがわからず納得はできていなかった。
「……明後日、ジークハルト様がお迎えにいらしてくださって、城下街の散策にいくことになったの」
「まあ!それは張り切ってお支度しませんと」
「思い浮かんだのが私だったのかしら?」
「はっ……?」
呟くと、エルマに怪訝な顔をされた。
「休息日なのですって。ご帰還されて息抜きのお相手が思いつかなかったのかしらね?」
ポツリと口にする言葉に対して、エルマからはたまにされる無表情を返された。
お嬢様何を言ってるんですかお誘いされてるんですよ―――心の声はもちろんローザリンデに届くことはなかった。
「ともかく機会をいただけたのだから嬉しいわ。動きやすい服装がよいわね」
「そうですね……楽しんできて下さいマセ……」
エルマからの無感情呆れ顔は気になったが先程までの少し沈んだ気持ちから一転、期待に胸を膨らませた。
賑やかだった市井を思い出し自分もあの空間の一人になれば、現状の杞憂から開放され気兼ねなく自由に過ごせる気がした。前回はできなかったことがたくさんあり過ぎて、心残りだったのは事実だ。どれも叶えようとすれば時間はまったく足りないだろう。
今回は城下街とのこと。もちろんお相手からのお誘いであるからローザリンデの希望が通る可能性が低いことはわかっていても、あの日常と違う場所にいるだけで楽しめることを知っていた。
(きっとジークハルト様は詳しくご存知なのでしょうから、お任せする方がよさそうだわ)
休息日だというなら、あの涼やかな瞳にひとときの安らぎや温かさが宿ればいい。たまに纏っている張り詰めた雰囲気が、何も警戒しなくてよいようにしてあげられたらと思う。
思いを馳せながら伝えられたその日を待ちわびた。
□□□
朝から、いや、前日の夜から侍女たちがいつにもましてやたらと張り切っていた。やり過ぎではないかと思えるほど手入れが入念なのである。
時間がかるので少々ぐったりしつつも彼女たちが嬉しそうにしているので、なされるがままに委ね支度が整えられていった。
動きやすいように華美ではないが襟元と袖裾にレースがあしらわれたワンピース。髪は編み込まれたハーフアップに小花の髪飾り。白くつややかな肌をしている顔には薄くおしろいをはたく程度で、主張しない色のリップが乗せてある。
貴族のお忍びというよりは富裕層の街歩きをテーマにしたそうだ。
「はあー、お嬢様〜 素敵です〜」
仕上がりに満足できたのか、エルマをはじめ侍女たちからは感嘆の溜息が聞こえ、皆が皆うんうんと頷いていた。
「みんなありがとう」
いってくるわね、と部屋を後にする。
先触れがあり、間もなく迎えが到着するようだ。身支度を整え終わったとて、慌てないよう両親にも顔を合わせておくことにする。
居間では茶を飲みながら領地のことやこらからの予定について話をしているようだ。部屋の侍女からローザリンデが訪れたことを伝えられ、部屋に入ると手にしていた書類を置き意識を向けられた。
「ローザリンデ、よく似合っているよ」と、両親にも褒めてもらえたので侍女たちの頑張りが認められ嬉しくもあった。
しかしその後に続いた、「あー、そのだな、ジークハルト殿は、」「余計なことはいいのよ、あなた」「しかし、だな、」「黙って送り出しなさいませ」などと何やら小声で揉めていたのは気になったが、よくわからないまま約束の時間になってしまった。
「お嬢様、魔法騎士様が到着されました」
執事がジークハルトの来訪を告げると、一瞬その場にピリリとした妙な空気が流れた。
侯爵である父に続いて母と共にローザリンデは広間へ向かった。住み慣れている邸だというのに、何故だか違う場所のように感じ、足の運びがいつもより速くなっている気がする。そわそわ逸る気持ちを抑え落ち着かせるために、淑女たるもの常に美しくあれと何度も言われた指導を思い出していた。
広間へ着くと、そこには月の輝きを纏った人がいた。
王城では動きやすいよう軽装の騎士服であることがほとんどだった。鍛錬もあるのだろう、邪魔になるような華美な飾り等は一切着けておらず機能性を優先したものばかりだ。
ところが―――
休息日なだけあって帯剣しているもののそれは常より細いレイピアで、何より見慣れない装いはローザリンデの心を揺さぶるには十分なものだった。
さらりとした布質でシルバーグレーのシャツに、いくつものボタンや襟周りの切り替えが凝ったデザイン性のある濃紺のベスト。長い足が更にスタイルよく見えるシンプルだが上質なブーツ。一見して騎士には見えないようにしているようだ。
会えない間に伸びてしまった髪は後ろで束ねているのだが、よく見れば使われている皮紐がオリーブ色をしていた。
ぶわっと身体を何かが抜けるような気がして、ローザリンデは自身の手をきゅっと握り締める。最近よくこうしてよくわからないものに耐えることが増えた気がしてならない。顔もいつになく熱い。
隣を見ると同じようによくわからないその何かに耐えている様子の母がいた。ぎゅっと握り締めている。何だろうか。同じものかもしれないので今度聞いてみることにする。
侯爵である父が、ローザリンデには向けない当主として客人がおられるときに装備する威厳だとか冷徹だとか表される仮面を被ろうとしているが、うまくいっていないらしく無表情に近い顔をして彼へ対面していた。
「ようこそ、ジークハルト卿」
「お初にお目にかかります、ヴュルツナー侯爵閣下。魔法騎士団のジークハルトにございます。此度はご息女ローザリンデ様とのお時間をご承諾いただきましたこと、僥倖の極みに存じます」
「……あー、そのだな。今日は娘をよろしく頼みますぞ」
「この命に換えましても、必ずお護りすることを誓います。どうぞご安心を」
「うむ、楽しんでくるといい」
ギクシャクとした珍しい父の姿ではあるが、以後お見知りおきをと母へ向けての挨拶も終わり、いよいよローザリンデへ双眼は向けられた。ふっと細められた眼差しがこれまでと違って柔らかく甘さの含まれたのものへと変わった。
「ローザリンデ嬢、とてもよく似合っている。今日の貴女は咲き誇る花のようだね」
「……っ、ぁりがとうございますっ。ジークハルト様も、素敵です」
言われ慣れない賛辞にどうしたって顔が赤らむ。
まず目にしたジークハルトの姿があまりにも眩くて、そもそもの美しさに見慣れぬ装いでがとてもよく似合っている。何を着ても似合うのだろう。更に加えて侯爵に対する口上だとかローザリンデへの挨拶が、これまで知っている気安い口調とは別物なのである。正直、格好良い。
順に気持ちを立て直そうとしているのに、襲ってくる感情の昂りが波のように押し寄せどうにも追い付かなくていっぱいいっぱいだ。
「では行こうか」
こちらの心情を知ってか知らずか、クスッと口元で笑いながらジークハルトが手を差し出した。
はい、完敗でございますね。




