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10.お嬢様の魔力




嫌なことほど予感めいたものは外れてくれない。


散々人の気持ちをかき乱して言葉だけを置いて、ジークハルトは辺地へ行ってしまった。しばらくとはどれくらいの期間なのかわからないが、出立してから既に二週間は過ぎていた。

出立準備に関わっているアメリアによると、場所が遠く往復だけでも日数がかかる上、劣化した防御壁の割れ目から侵入した魔物の討伐や防御壁を再構築するのに手間がかかっているらしい。


ローザリンデは変わりなく魔術師団で光魔法の質を上げる修練や、回復薬の生成に携わっていた。何かをしている方が余計なことを考えずに済み、無事でいるだろうかと心は寄せているがやるべきことを粛々とこなしている。


「アメリア様終わりました」


「ありがとう。休憩してから次の説明をするわね」


「はい。私がお茶を淹れます。エルマに習いましたので、よろしければやらせていただけませんか?」


「そうなの?じゃあ、お願いするわ。あ、三人分でもいいかしら?」


了承して準備をするため、茶器が置いてある場所へ行くことにした。今日は侯爵である父がしばらく行っていた領地の土産としてローザリンデに渡してくれた茶葉と菓子を持参していた。それを使うつもりだ。

いつもの窓際にあるソファーへトレイに載せ運び込むと、タイミングを見計らったように、うーんと伸びながらイザークがやって来た。三人目はどうやら彼らしい。続いてアメリアも足早にこちらへ向かっていた。


「おっ、ローザが淹れてくれたの?」


「はい。アメリア様のようにできているか自信はありませんが」


「どれどれ……うん、美味しいよ。あ、初めて淹れてくれたのにジークハルトいないのか……文句言われるな、これ」


「ご帰還されましたらいつでも淹れますが?」


「うん。そうなんだけどね、やはり感情って面倒で、理不尽だけど恨まれるんだ」


時々イザークはよくわからないことを言うので、返さなくてよさそうなときは小さく笑みを浮かべることにしている。大概が返答を求められたことはなく独り言のようなものらしい。特に言葉を促されないことからこれもまたそれのようだ。


「美味しい〜この紅茶好みだわ!」


「ありがとうございます。お父様が持ち帰ったものですが、領地近くの山地で採れたものです」


「個人的に買いたいくらいよ」


そこまで気に入ってくれたのなら、今度領地と行き来する荷物に含ませ送ってもらえないか帰宅したら聞いてみようとローザリンデは考えた。


そういうば、イザークと対面して気になっていたことを思い出した。尋ねてみるよい機会だ。


「イザーク様、お聞きしたいことがごさいます」


「何だい?」


「私これまでのように臥せることがなくなったように思うのです。この変化は属性判明と関係があるのでしょうか?」


向かい側に座るイザークは、んーと虚空(こくう)へ視線をやりながら探るように思案していた。適する答えを見付けようとしている。程なくして視線が戻された。


「それは難しい質問だね。ないとは言い切れないけど、ある可能性を許容できない、かな」


「そうなのですか」


カチャと茶器の音が小さく響く。穏やかにしかし真剣な眼差しで紡ぎながら話は続いた。


「魔力は体力でもあり生命力でもある。だからそもそもの資質に加えて成長と共に増えるし、鍛えれば強くなった分も増やすことができる。魔力が増えれば使える魔法の幅も広がるから、強い魔法も使えるようになる」


この国の根幹である魔力の考え方だ。

自分に照らし合わせ、言葉の意味を噛み砕く。


「枯渇すれば命に関わる一方、説明がつかないことも多くあるよ。状況や感情でできるはずのないことができたり、まだ知られていないことだってあるハズだから」


怒りであったり渇望であったりね、と。ここで一拍の間が空く。


「実は……ローザが作ってくれている回復薬、どうやら効果が高いみたいなんだ」


「私の、ですか?」


「そう。例えば回復薬ひとつを作るのに魔力が100必要だとする。魔力が500あるなら5個できる。だから個人の魔力量の違いで作れる数が変わるわけだよね。あの回復薬には決まった量の魔力しか入らないんだ。効果に差のある薬じゃ混乱するから」


そうですね、とここまでの話を理解していると応える意味で頷く。


「更に魔術師の検品を通ったものしか流通させていない。悪意のある薬が出回ることを避けるためにね。それで、君が作ったものは何故か100のところに200だったり300入ってしまっている。濃度が高いと言えばわかりやすいかな。でも全てじゃない、いくつかまぎれていた」


「ぇ……それは、」


言われていることは理解できる。ただ自分が関わっていることと、無意識にしてしまったことの罪悪感に似た形のない不安が湧き上がった。


「これはあまりよくないことなんだよ。幸い外部へ出回る前に検品で気付いて、僕が保管しているけどね」


アメリアとイザークは困ったような顔をしている。


「なるだけ上層部が動かないよう頑張るけど、君の魔力と効果は未知数だからね。恐らく何かしらの対策は必要になる」


聞こえる声がとこか遠くからのような気がして、嫌な感覚が耳の後ろでドクドク鳴っていた。ギュッと握り締めた手に食い込んだ爪の痛みだけを頼りに、自分がここにいるのだと現実へ繋ぎ止めるため意識を向けた。


「ここの会話は防音魔法で聞かれることはないから、まず近々(きんきん)のことを話そう。急にここへ来なくなったり警戒しても不審に思われるだろう。ローザの属性は既に知られているわけだから、今まで通りに過ごして」


「……はい」


声が、思っているより小さくなり微かに震えていた。


「そして回復薬もこれまで通りに手伝ってもらうよ。とても質がいいのは本当なんだからね?別の誰かを探すとなると、なかなか厳しいのが現実なんだ」


それだけ光属性は貴重ということか。

急な話に気持ちはついてこれないが、差し迫った脅威があるわけではなさそうで、握りしめていた手の力を少しだけ抜くことができた。


「ただね、この状況が何処にも漏れなければいいんだ。もし知られたとなると厄介になるかもしれない。こちらの対処も急ぐけど、一人にならないこと、ここ以外で魔力を使わないことは徹底してね」


「はい、…家族には、話してもよいのでしようか」


「それも少し待ってくれるかな。あー、いつも一緒におられる侍女殿にも」


「そう、ですか…」


ごめんね、と申し訳なさそうに言われてしまえば、こちらこそと恐縮するしかない。


嘘をつくわけではないが内緒事を抱えて普段通りに接するとはなかなかに厳しいかもしれない。特にエルマはローザリンデの機微に敏感で、不安を抱えていれば解決しようと心を砕いてくれる。考えないようにしても、きっと不自然な態度となってしまうだろう。


「心配するなといっても無理だろうけど、僕もアメリアも協力するし」


「そうよ。気になることは私に言ってちょうだい」


「ありがとうございます」


二人が力強く言ってくれることで、どうにかなるものだと思えてきた。特段変わったことをするわけではない。平常心を()ってこれまで通りに過ごせばよいだけだ。


「うん、その顔で過ごしてね。あ、ちょうどいいところに……ジークからの伝書が届いたよ」


言うと、イザークの手のひらにどこからともなく現れた羽根がひらりと舞い落ちた。触れた瞬間、小さな紙へ姿を変える。


「無事任務が終わって五日後には着くだろうって。ローザによろしくと書いてあるよ」


沈みかけた気持ちに暖かいものが広がっていくのがわかる。会ったわけでも言葉を交わしたわけでもないのに、ただ彼の中に自分の存在が少しでもあるのだという事実に浮足立つ。


(ジークハルト様……)


占めていく割合が増えている。

心の中にある誰にも見えない、きっと自分ですら見ることのできない場所に、彼の色を少しずつ染めて拡げていた。





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