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1.お嬢様が元気になりました

作者の妄想の世界です。お楽しみいただければ幸いです。ノミの心臓であるため、おてやわらかにお願いします。説明が少々続きます。



そこは、とある屋敷の静かな部屋。

時刻もあたたかな昼前で、レースのカーテン越しに差し込んでくる太陽の光は明るい。

なのにその眩さとは対象的に寝台の上で背をクッションへ預ける主から、何度目になるかわからない溜息が暗く漏れた。


(はぁ……)


ローザリンデの小さな唇からこぼれた溜息は、まだ少しだけ熱を含んでいる。数日続いた高熱からようやく脱しはしたものの、まだ動き回れるほどには体力が回復していない。


苦しみから解放されてほっと安堵する一方、また心配をかけてしまったと後悔のような申し訳なさが心を暗くさせる。その気持ちが吐息にも乗ってしまったようだ。


ローザリンデ・ヴュルツナー侯爵令嬢。


来月には誕生日を迎えることで十二歳という数字が誇らしくもあり、まだまだ自分が保護され手のかかる子供なのだと言われているようで……。

記憶にはないがこの数日臥した自分の部屋へ何度も様子を見に来てくれたであろう両親や、付きっきりで看病してくれた侍女たちの顔が浮かんだ。


「お嬢様、失礼致します」


そこへ、小さなノックと小さな声がかかった。

いつものように慣れた手付きで食べやすくカットされた果物と、少しはちみつを溶かした飲み物が運ばれる。

回数は成長につれ減っているが、小さな頃から幾度か繰り返している高熱は未だ原因がよくわからない。


「召し上がれるようでしたら、後ほどスープもお持ちしますね」


お熱が下がってようございましたと、声にも仕草にも、そして表情にも優しさが込められている。恐らく何日も寝る時間は削られただろうに、そんなことはおくびにも出さない。


侍女のエルマは七つ年上で、ローザリンデにずっと仕えてくれている。

何が欲しくて何を思っているのか、きっと声にしなくてもわかってしまうのだろう。だから何事もなかったかのように仕事のひとつとしてこなし、心配したとは言わない。


「エルマ……ありがとう」


お気になさいませんようにという意味で、エルマはふわりと微笑む。


ローザリンデの手元に果物と飲み物を取りやすいようにセットしつつ、体調を気遣いながらも回復具合を確認された。

パクリと含んだ果実の水分が熱くなっている口内に広がる。美味しいと思うがたくさんは食べられそうにない。


「何かお持ちしましょうか?本になさいますか?」


起きていても大丈夫そうだと判断され問われた。

熱さえ下がれば風邪と違い何故かぶり返すことがない。ただ体力が戻るまで日数を要するし、元々細い食欲も徐々にしか湧かない。

待つだけの時間はとにかく持て余す。眠くはないのに寝台にいるだけなのだから。


「この前の刺繍を施した汗拭きは、ヨーゼフが喜んでおりましたよ。暑い日でも冷やりとして使い心地もよく、何よりお嬢様からいただいたものですし」


「そう、喜んでくれたのね」


庭師のヨーゼフが香りは強くないが日保ちのする花を選んでくれ、侍女が部屋に生けてくれる。外へ出ることができなくても、季節を目で楽しむことができるようにしてくれるのは毎回だ。

その感謝の気持ちとして渡したものだった。


「今日は本がいいかしら。気候と地形に関するものと、農作物に適した温度を調べるわ」


「気候ですね、すぐにお持ちします。ですが、無理はなさいまさんように。まだ本調子でありませんから」


「ええ、もちろん」


これもいつもの会話だ。

どうしてもあと数日は寝台で過ごすことになってしまう。だからその時間を無駄にしないよう、知識を増やすことにしている。領地運営をしている両親を手伝うため、そしていつか誰かに嫁ぐとき役立てるためだった。


ややすると思い出したように話が続けられる。


「お嬢様、来月は『加護の判定』がありますので旦那様に市井へ出てもよろしいかお尋ねしてみてはいかがでしょう?」


「行けるかしら?」


「市井だけでは無理かもしれませんが、屋敷から出るのでしたら()()()に寄ることはお許しいただけるのではないかと」


「そうね、お聞きしてみるわ」


「刺繍糸など見れるといいですね」


思ってもいなかった提案に声音が少し高くなる。はしゃいでしまったことを恥じて、ローザリンデは隠すように口へ果物を含んだ。


「では、本と旦那様の予定を確認してきます」


「ええ、お願い」


パタリと閉じた扉を確認し、『加護の判定』と久方ぶりに市井へ行けるかもしれない期待に思いを馳せた。






このリューデル王国には魔法が存在する。自然界から加護を受けた魂は力を携え地に降り、命尽きて天に召されるとまた地上へ戻ると考えられていた。

そのため、古くから続く高位貴族に宿った大きな加護はやはり同じ血族関係の貴族へ戻ることがほとんどだ。

しかしながら婚姻等で平民の中に大きな魔力が戻ることも少なくはない。血の引き継ぎといったところだろうか。

もちろん出自に関係なく魔力が小さい場合もある。高位貴族だからといって絶対ではなかった。


魔力の大きな者は殆どが国の防衛や討伐に関わるが、持ち合わせていないからという理由で地位に不利益は生じない。

国を支える多くの民たちと豊かな土地。繁栄に必要とされるのは知識や統率力であり、力を振りかざした蛮行は求められない。


愚かな統治者の下に、安寧は続かないものだ。高位貴族は国家中枢に属し王族を支える役目を担う。


『加護の判定』が行われるようになって久しい。

大きな魔力を持っていれば、比例して具現化した魔法の威力も大きくなる。ただし、特化して持ち合わせる属性はひとつだ。他は微々たることが多い。

四大元素である火、水、風、土。それに稀な数で光がある。この属性も微妙なバランスが崩れないよう、魔力と同様不思議なことに世を均一に廻る。


生まれ持った魔力で魔法が具現化できるようになるのは、およそ十二歳。国としては魔術師により属性を確定し、危険因子の把握や有望株の中央取込みが行われる。

魔力量が多ければ必然的に実践や経験がの機会が増えコントロールできるようにもなり、個人の能力が上がっていく。


判定対象は国民全員。

無意識による暴走を防ぐ目的もあった。若い芽のうちに眠っている魔力に働きかけ、故意に覚醒を促す。


判定で知った魔力を活かし進む道を決める者もいれば、魔力が小さくとも武術を磨き騎士を目指す者も多い。


(私はどの加護かしら)


これまで試してみたことはあるものの、どうすればよいのかコツすらもわからず目の前では何も起こらなかった。


父は火属性でよく使っているところを見かけるし、母は水属性でありローザリンデを元気づけようと虹を見せてくれたことがあった。

両親はさほど多く持っていないのか飛び抜けてものすごいものを見たわけではないが、日常的に魔法を扱う両親の子なのだから自分もできると疑うこともせず手のひらを見つめてみた結果はただの空虚。

何事も器用に期待以上の成果を見せてきたローザリンデにとって、初めて味わう挫折であった。


それ以来、再び発現を試したことはない。


(……魔力が小さいのかもしれないし)


いいようのない気持ちが押し寄せ、ふるっと体を震わせる。しかし何事も後悔することがないよう、できることを全力で取り組むことがモットーだ。


悩んで過ごした時間も解決するために前進した時間も、どちらにしたって変わらない。ならば、わからない事柄に囚われるより有益なことを考えるようにする。


(お父様を納得させて、市井で買うものを考えておかなければいけないわね)


きっとそちらの方が重要だ。

ないものはない。そう切り替えて、早く元気になるためにいつもより一口多く食べることにした。





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