婚約破棄されそうだと相談したら、幼馴染が毒舌ながらも全力回避に協力してくれました。
「アリーシャ。お前と婚約破棄する」
「セレス。お前と婚約破棄する」
「カティア。お前と婚約破棄する」
婚約破棄、婚約破棄、婚約破棄。
私の幼馴染ギーツは、馬鹿の一つ覚えみたいに婚約破棄を繰り返す男だった。
「ねえ、どうしてそんなにすぐ婚約破棄ばかりするの?」
「そんなの俺に合わない人間だからだよ。何ならフローラも俺と結婚してみるか?」
「え、絶対嫌よ」
そんな最初から見え切った結末、私はごめんだった。
それから数年後。
そんな男に遂に悲劇が訪れる。
「ギーツ、お前をこの家から追放する」
「!」
なんとギーツは婚約破棄した女の一人から手痛いしっぺ返しを受け、家を追い出されることになってしまったのだ。まあ今まで散々女性を捨ててきたし、自業自得かもしれない。
さて、それはそれとして。
やがて私は一人の素敵な男性、いわゆる婚約者と巡り合った。ゆくゆくは幸せな結婚生活を。そう意気込んでいたものの、ある時私は違和感に気付いた。
一言で言えば、態度がそっけないのだ。
こちらが刺繍のハンカチを送っても、ロクな反応も無い。
あれ、この人、もしかして私のこと愛していないんじゃない?
うっすらとそう思っていたところで、私は彼の会話を盗み聞いてしまった。
「フローラ、彼女イマイチだから婚約破棄しようかな」
これはまずい! このままでは婚約破棄されてしまう。
幼馴染ギーツと別れた女性達の姿が脳裏に浮かぶ。
そんなの嫌だ!
じゃあどうするか。
そうだそれなら、婚約破棄のプロに聞けばいいじゃないか。
そう思った私は早速、庶民に身を落としてしまったギーツの元を訪ねた。
「何の用だよ」
「婚約破棄されそうなの! 助けて!」
「……は?」
私は事情を話した。
「なるほど。俺から言えることは一つ。お前の刺繍の腕を見たら、俺なら秒で婚約破棄するな」
「そんなに酷い!?」
「ああ、豚の餌くらい酷い」
「っ」
思わず手が出そうになったが、慌ててそれを引っ込めた。偉い。
「……分かった。じゃあ、練習する。お願い、協力して!」
「いいよ、どうせ暇だしな」
ああ、彼が家を追放されるほどの最低な男で良かった。
それから私は、彼との地獄ような特訓が始まった。
「駄目だ、駄目だ! こんなんじゃ雑巾の方がまだましだ!」
「酷い!」
「どうした、これは何だ。ミミズがのたうち回ってるぞ」
「薔薇なのに!」
「あーあ、駄目だ。これも使い物にならないな!」
「そんな事言って、雑巾として使ってるくせに!」
「雑巾にするにしたって限度がある。こっちはいい加減、家に溢れかえってるんだよ!」
「くっ……」
吹き荒れる罵詈雑言。
これが幼馴染で本当によかった。
たとえどんな酷いことを言われても、こいつに言われるなら全然平気だ。ギリギリ殴ってもセーフとみなせる。
あと、どんなに醜いものを見せても全然心が痛まない。
「はあ……お前を見ていると、俺が今までにどんな惜しい婚約破棄をしていたのか分かるよ」
「ふん、見てなさい。私だって、そのレベルになってやるわ」
「ふっ、まあ頑張れよ」
この男、なんて余裕。
===
そしてある日、遂に奇跡が訪れる。
「で、出来たわ……!」
色、形、バランス、全てにおいて申し分ない。
完璧な刺繍入りハンカチが完成した。
「どう?」
「これは……完璧だな」
「でしょ?」
ギーツに文句を言わせないほどの出来。
うーん、とても誇らしい。
「じゃあ、はい!」
「いやお前、はいって」
私がハンカチを差し出すと、彼は戸惑った表情を浮かべた。
「なあに? ハンカチなんて溢れすぎてもういらないって? 折角の最高傑作なのに酷いわね」
「そうじゃなくて、お前これ何の為に練習していたのか忘れてないか?」
「……あ」
婚約者。
「ほら、早く渡しに行けよ」
「そっそうね」
そう答えたものの、なんだか少しだけ心の中がもやっとした。
ん、もやっと? ……なんでだろう。
一瞬足を止めてしまった私にギーツが言う。
「大丈夫だって。それで駄目なら俺が結婚してやるよ」
「絶対、嫌」
「ははは、じゃあさっさと行ってこい」
===
婚約者の家にて。
「おや、フローラ。今日は会う日じゃないのに、僕に急遽話があるって? 一体、何かな」
「あのね」
私はハンカチが入った包みをぎゅっと握る。
「?」
「私と婚約破棄して欲しいの」
===
コンコン。
私は静かにノックを鳴らす。
「あ―はいはい、どちら様。借金取りはお断りって、げっフローラ」
「ギーツ、こんばんは」
「こんばんはじゃないだろ。今頃お前は婚約者と仲良くやってるはずなのに、何やってんだよ」
ギーツは呆れたように言った。
「あげる」
「は」
私は彼が戸惑うのも無視して、手に持っていた包みを押し付けた。
「これってお前……刺繍入りのハンカチ。婚約者には渡さなかったのか?」
「婚約破棄してきちゃった」
「な!?」
驚きとともに、バサッと彼の手に持っていた包みが落ちた。
彼は信じられないという表情で私を見つめた。
「私、思ったの。この腕なら、もっといい婚約者に巡り合えるんじゃないかって」
「それお前、俺と同じパターンだぞ……」
延々に高望みするって?
「違うわよ」
私はハッキリと否定した。
「違う?」
「私には、あなたにはない秘策があるもの」
「なんだよそれ」
首を傾げるギーツを前に、私は口をほころばせた。
真っ直ぐ指を彼に向ける。
「あなたの経験」
「俺の経験?」
「たくさん婚約破棄を繰り返したあなたなら、何が良くて何が悪いかすぐ分かる。現に私の刺繍だって、あなたに指摘されてここまで上達した。きっとあなたの感覚を信じればどんどん上を目指せると思うの。最終的には、非の打ち所がない完璧な相手と結婚出来るはず」
「なるほど…………いや、そうか?」
「そうよ!」
経験が人を向上させる。
私はその蓄積された経験を、お手軽に彼から譲り受ける。
「だからこれから宜しくね」
「宜しくって」
「どうせ暇でしょ?」
「……そうだけど」
こうして私は最良の結婚相手に巡り合うことを目指し、彼と協力するようになった。
ちなみに、そんなことをしたところで、彼の理想の女性に近づいてしまうだけだと気付くのは、まだまだ先のお話。