表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

婚約破棄されそうだと相談したら、幼馴染が毒舌ながらも全力回避に協力してくれました。

作者: 椿谷あずる

 

「アリーシャ。お前と婚約破棄する」


「セレス。お前と婚約破棄する」


「カティア。お前と婚約破棄する」


 婚約破棄、婚約破棄、婚約破棄。

 私の幼馴染ギーツは、馬鹿の一つ覚えみたいに婚約破棄を繰り返す男だった。


「ねえ、どうしてそんなにすぐ婚約破棄ばかりするの?」

「そんなの俺に合わない人間だからだよ。何ならフローラも俺と結婚してみるか?」

「え、絶対嫌よ」


 そんな最初から見え切った結末、私はごめんだった。


 それから数年後。

 そんな男に遂に悲劇が訪れる。


「ギーツ、お前をこの家から追放する」

「!」


 なんとギーツは婚約破棄した女の一人から手痛いしっぺ返しを受け、家を追い出されることになってしまったのだ。まあ今まで散々女性を捨ててきたし、自業自得かもしれない。




 さて、それはそれとして。

 やがて私は一人の素敵な男性、いわゆる婚約者と巡り合った。ゆくゆくは幸せな結婚生活を。そう意気込んでいたものの、ある時私は違和感に気付いた。


 一言で言えば、態度がそっけないのだ。


 こちらが刺繍のハンカチを送っても、ロクな反応も無い。


 あれ、この人、もしかして私のこと愛していないんじゃない?


 うっすらとそう思っていたところで、私は彼の会話を盗み聞いてしまった。


「フローラ、彼女イマイチだから婚約破棄しようかな」


 これはまずい! このままでは婚約破棄されてしまう。

 幼馴染ギーツと別れた女性達の姿が脳裏に浮かぶ。


 そんなの嫌だ!

 じゃあどうするか。


 そうだそれなら、婚約破棄のプロに聞けばいいじゃないか。


 そう思った私は早速、庶民に身を落としてしまったギーツの元を訪ねた。


「何の用だよ」

「婚約破棄されそうなの! 助けて!」

「……は?」


 私は事情を話した。


「なるほど。俺から言えることは一つ。お前の刺繍の腕を見たら、俺なら秒で婚約破棄するな」

「そんなに酷い!?」

「ああ、豚の餌くらい酷い」

「っ」


 思わず手が出そうになったが、慌ててそれを引っ込めた。偉い。


「……分かった。じゃあ、練習する。お願い、協力して!」

「いいよ、どうせ暇だしな」


 ああ、彼が家を追放されるほどの最低な男で良かった。


 それから私は、彼との地獄ような特訓が始まった。


「駄目だ、駄目だ! こんなんじゃ雑巾の方がまだましだ!」

「酷い!」

「どうした、これは何だ。ミミズがのたうち回ってるぞ」

「薔薇なのに!」

「あーあ、駄目だ。これも使い物にならないな!」

「そんな事言って、雑巾として使ってるくせに!」

「雑巾にするにしたって限度がある。こっちはいい加減、家に溢れかえってるんだよ!」

「くっ……」


 吹き荒れる罵詈雑言。

 これが幼馴染で本当によかった。


 たとえどんな酷いことを言われても、こいつに言われるなら全然平気だ。ギリギリ殴ってもセーフとみなせる。

 あと、どんなに醜いものを見せても全然心が痛まない。


「はあ……お前を見ていると、俺が今までにどんな惜しい婚約破棄をしていたのか分かるよ」

「ふん、見てなさい。私だって、そのレベルになってやるわ」

「ふっ、まあ頑張れよ」


 この男、なんて余裕。


===


 そしてある日、遂に奇跡が訪れる。


「で、出来たわ……!」


 色、形、バランス、全てにおいて申し分ない。

 完璧な刺繍入りハンカチが完成した。


「どう?」

「これは……完璧だな」

「でしょ?」


 ギーツに文句を言わせないほどの出来。

 うーん、とても誇らしい。


「じゃあ、はい!」

「いやお前、はいって」


 私がハンカチを差し出すと、彼は戸惑った表情を浮かべた。


「なあに? ハンカチなんて溢れすぎてもういらないって? 折角の最高傑作なのに酷いわね」

「そうじゃなくて、お前これ何の為に練習していたのか忘れてないか?」

「……あ」


 婚約者。


「ほら、早く渡しに行けよ」

「そっそうね」


 そう答えたものの、なんだか少しだけ心の中がもやっとした。

 ん、もやっと? ……なんでだろう。


 一瞬足を止めてしまった私にギーツが言う。


「大丈夫だって。それで駄目なら俺が結婚してやるよ」

「絶対、嫌」

「ははは、じゃあさっさと行ってこい」


===


 婚約者の家にて。


「おや、フローラ。今日は会う日じゃないのに、僕に急遽話があるって? 一体、何かな」

「あのね」


 私はハンカチが入った包みをぎゅっと握る。


「?」

「私と婚約破棄して欲しいの」


===


 コンコン。

 私は静かにノックを鳴らす。


「あ―はいはい、どちら様。借金取りはお断りって、げっフローラ」

「ギーツ、こんばんは」

「こんばんはじゃないだろ。今頃お前は婚約者と仲良くやってるはずなのに、何やってんだよ」


 ギーツは呆れたように言った。


「あげる」

「は」


 私は彼が戸惑うのも無視して、手に持っていた包みを押し付けた。


「これってお前……刺繍入りのハンカチ。婚約者には渡さなかったのか?」

「婚約破棄してきちゃった」

「な!?」


 驚きとともに、バサッと彼の手に持っていた包みが落ちた。

 彼は信じられないという表情で私を見つめた。


「私、思ったの。この腕なら、もっといい婚約者に巡り合えるんじゃないかって」

「それお前、俺と同じパターンだぞ……」


 延々に高望みするって?


「違うわよ」


 私はハッキリと否定した。


「違う?」

「私には、あなたにはない秘策があるもの」

「なんだよそれ」


 首を傾げるギーツを前に、私は口をほころばせた。

 真っ直ぐ指を彼に向ける。


「あなたの経験」

「俺の経験?」

「たくさん婚約破棄を繰り返したあなたなら、何が良くて何が悪いかすぐ分かる。現に私の刺繍だって、あなたに指摘されてここまで上達した。きっとあなたの感覚を信じればどんどん上を目指せると思うの。最終的には、非の打ち所がない完璧な相手と結婚出来るはず」

「なるほど…………いや、そうか?」

「そうよ!」


 経験が人を向上させる。

 私はその蓄積された経験を、お手軽に彼から譲り受ける。


「だからこれから宜しくね」

「宜しくって」

「どうせ暇でしょ?」

「……そうだけど」


 こうして私は最良の結婚相手に巡り合うことを目指し、彼と協力するようになった。





 ちなみに、そんなことをしたところで、彼の理想の女性に近づいてしまうだけだと気付くのは、まだまだ先のお話。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ