狂愛に囚われた悪女令嬢
一度悪役令嬢ものが書きたくて、勢いで書いた作品。シンプルなストーリーを目指しました。百合です。
暇潰しにどうぞ。
思い返せば、この国の第二王子と同じ年に生まれたのが運の尽きだった。
私は、侯爵家の娘として生を受けた。幼い頃に、同じ年である第二王子の婚約者となることが決定した。そのための厳しい教育を受けてきた。
だけど、全てが無駄だったようだ。
「君との婚約は破棄させていただく」
自分の人生が、こんなつまらない一言で終了するだなんて思いもしなかった。
王立学院の卒業パーティー。この記念すべき会場で、第二王子--つまりは私の婚約者であるエドワード殿下が、冷たい瞳でこちらを見据えていた。
「僕には、他に愛する人がいるんだ。彼女と人生を共にしたいと思っている」
そう言って、チラリとどこかに視線を向ける。その視線の先には、一人の女性が潤んだ瞳で立っていた。
--子爵令嬢のアイリーン・ラドフォード
その容姿は、誰もが認めるほど愛らしく清楚で、まるで妖精のようだ。更に、性格も明るく心の優しい温厚な女性らしい。
だからといって、自分よりも身分が低く、妃になる教育も受けていない女に、自分の居場所を奪われるなんて、思いもしなかった。
エドワード様が私の事を愛していないことは承知していた。所詮は政略結婚だ。それでも、婚約者として務めを果たさなければ、と思っていた。侯爵家の人間として生まれたからには。
--例え、自分の気持ちが愛する人に一生届かなくても。
会場の全員がこちらに注目している。皆がコソコソと小声で会話を交わしている。
「君は、私の婚約者という身分を利用して、随分と自分勝手な振る舞いをしていたようだな」
「……それは」
「言い訳なんて見苦しいぞ。彼女はとても傷ついたんだ」
確かに、アイリーンへの私の態度や接し方は少々きつかったかもしれない。だが、それは普段のアイリーンが、あまりにも礼儀を弁えていないためだ。自分よりも身分が高い相手に対しての態度や接し方は、貴族として失格だと思った。
私は、何度も注意した。
何度も何度も、彼女に声をかけて、忠告した。
それが、そんなに、悪いことだったのだろうか。
「君が、彼女に嫌がらせをしたとも聞いた」
--嫌がらせなど、したことはない。
私は、一瞬眉を寄せ、そしてチラリと自分の取り巻きへと視線を向ける。彼女達は気まずそうに顔を伏せた。
少しだけ期待したが、彼女達は何も言わなかった。
どうやら、全てを私のせいということにして片付けたいらしい。
「更に、先日彼女は階段で誰かに突き落とされそうになったらしい。もしや、それもあなたの仕業ではないか?」
「--そのようなこと、した覚えはありません」
殺人未遂の疑いまで口にされ、私は慌てて否定の声をあげる。
しかし、エドワード様は侮蔑の視線を向けたまま、高らかに宣言した。
「君のような女性は、王族として相応しくない。君は、国外へ追放する!」
「お待ちください!」
慌ててエドワード様へ駆け寄ろうとしたが、いつの間にか周囲に控えていたらしい衛兵に止められた。
衛兵達によって私は外へと追い出される。必死に叫ぶ私に構わず、エドワード様は背を向ける。会場の大きな扉が閉まる直前、アイリーンが幸せそうに微笑むのが見えた。
ダンスパーティーの会場から追い出された私はすぐに実家へと帰されたが、待っていたのは家族の冷たい視線だった。私が婚約破棄されたことは、とっくの昔に実家に伝わっていたらしい。
覚えのない罪のことで、家族からこれ以上ないほどの叱責を受ける。元々愛のない家族だとは分かっていたが、両親や兄弟達は誰も私の言い分を聞いてくれなかった。
結果的に、私はあっさりと絶縁された。
父の命令によって、使用人達が私の荷物を勝手にまとめ始める。
私は、どうやら遠方の、国外にある修道院へと送られるらしい。
「二度とその顔を見せるな」
父からそう言い放たれて、馬車に乗せられた。私は一人きりで修道院へと向かうことになった。
馬車の中でぼんやりと外を見つめる。
--私の人生は、一体どうなるのだろう。
--修道院では、私はどう受け入れられるのだろう。
重くて暗い不安だけが胸の中を満たしていく。もう何も見えない。考えたくない。
ゆっくりと目を閉じたその時だった。
「--なんだ!?」
御者の鋭い声が聞こえた。次の瞬間、馬車の動きが止まる。
困惑して、目を開く。そして、馬車から外を見ようとしたその時だった。誰かが馬車の中へと入ってきた。
それが誰なのか認識する前に、何かを鼻と口に当てられる。意識が遠くなっていく。
誰かの、笑い声が聞こえた気がした。
意識が戻った時、最初に感じたのは誰かが頬に触れてくる感触だった。
ゆっくりと目を開けると、可愛らしい声が聞こえた。
「あ、起きましたか?」
身体全体が怠い。吐き気がする。
「おはようございます」
顔を上げる。そして、私は目を見開いた。そこには、
「アイリーン……」
子爵令嬢、アイリーン・ラドフォードが座っていた。
慌てて起き上がって、周囲を見回す。見知らぬ部屋だった。広い室内には、美しい家具や豪華な調度品もある。
私は、どうやら大きなベッドの上に寝ていたらしい。
「ここは……?」
ベッドの側の椅子に座っているアイリーンが微笑んだ。
「身体の具合はいかがですか?気分の悪いところは?」
私の質問にも答えずにそう尋ねてくるアイリーンを奇妙に思いながら、私は首を横に振った。
「いいえ。少しだけ、倦怠感はあるけれど……」
そう言うと、アイリーンはホッとしたように息をついた。
「ああ、よかったです。薬の副作用がないか心配していたんですよ」
「……薬?」
アイリーンの言葉に首をかしげる。
ふと、自分の首に違和感を覚え、私は“それ”に触れた。
「……なに、これ?」
“それ”が何なのか、分からずに眉を寄せる。アイリーンはそんな私を楽しそうに眺めながら、立ち上がると、大きな鏡を持ってきた。
「お似合いですよ。とっても」
その鏡で自分の姿を見て、愕然とする。
鏡の中の自分は、鎖のついた首輪をしていた。
「……な、なに、これ?」
戸惑いながら、鎖へと視線を向ける。どうやら、このベッドに繋がれ、固定されているらしい。少し動くだけで、鎖は耳障りな金属音をたてた。
「足に付けるかどうかで迷ったんですけどね、その首輪がとっても可愛いくて、イザベラ様にお似合いだと思ったから」
「は……?」
「苦しかったり煩わしいのであれば、足に付けましょうか?」
「……待って、ちょっと、待って」
混乱して、アイリーンの話についていけない。
「……ちょっと、確認させて。これをつけたのは、あなたなの?」
私がそう尋ねると、アイリーンはきょとんとした後、にっこり笑って元気よく頷いた。
「はい!」
「……それは、どうして?」
アイリーンはなぜか恥ずかしそうにモジモジすると、口を開いた。
「……あなたを愛するために」
「は?」
意味が分からなくて、ポカンと口を開く。
「あ、愛する……?」
「はい!」
アイリーンは再び楽しそうに頷き、言葉を重ねた。
「イザベラ様への愛のためです!」
「……意味が分からないわ」
「ふふ、そうですよね。でも、大丈夫。そのうちどうでもよくなりますよ」
「はあ?」
私が再び眉をひそめたその瞬間、アイリーンが突然ベッドの上に乗ってきた。そのまま顔を近づけてくる。
抵抗する間もなかった。私の唇は、アイリーンによって簡単に奪われた。
「……んんっ」
何が起きたのか分からず、目を見開く。驚くほど柔らかい彼女の唇に圧倒される。
口の中にアイリーンの舌が入ってくる。慌てて抵抗しようとするが、それをものともせずに、アイリーンは私の腕を強く掴んだ。まるで蹂躙するように彼女の舌が私の口の中へと入ってくる。
なんとか彼女を離そうと必死に抵抗を続ける。すると、ようやく彼女の唇が離れた。私はすっかり呼吸が乱れていた。
「な、なに、……なんなのよ!?」
「ずっと、こうしたかった……」
アイリーンはうっとりと私の頬を両手で包んだ。
「イザベラ様……私は、ずっとあなたとキスをしたかった……ああ、うれしい。ようやく、あなたが私だけの物になった」
「なっ……」
「大変だったんですよ……あなたの乗った馬車を止めて、あなたを眠らせるのは……御者を買収して、やっとここに連れてきたんです」
アイリーンは幸せそうに言葉を続ける。
「ここはあなたと私だけの場所……もう絶対にあなたを離しませんからね」
「あなた、何を言ってるのよ!?」
私は大声をあげた。
「あなたはエドワード様と……」
「え?ああ、王子の事はもう気にしないでください」
「はあ?」
「それよりも……」
アイリーンが再び唇を近づけてくる。私はギョッとして顔をそらした。
「何をするの!?」
「え?キスですけど?」
アイリーンは当然のように言い放つ。
「意味が分からないわ!!」
「まあまあ、そのうち全部どうでもよくなりますよ」
アイリーンは、今度は私の服の中に手を入れてこようとする。
「ちょ、ちょっと、あっ、やめて……」
とんでもないところに触れようとするアイリーンを止めるために、私は声をあげた。
「……っ、そもそも、ここはどこなの!?」
その問いかけに、アイリーンは、
「ん?ああ。それは内緒です」
と、軽く答えた。
「な、内緒?」
「えーと、具体的には言えないんですけど、誰にも絶対に見つからない場所ですよ。大丈夫です。イザベラ様は修道院にいることになっていますから。誰にも分かりませんよ」
「だ、誰にもって……」
「あなたを、閉じ込めるために用意しました。心配しないでください。不自由はさせません。外には出してあげられませんけど」
アイリーンはニッコリと天使のように微笑んだ。
「もう少ししたら、ちょっとくらいなら外に出してあげます。でも、それまではここで二人きりでたっぷり楽しみましょうね」
「……っ、ふざけないで!!」
私は怒りのあまり、彼女を突き飛ばした。
「意味が分からない!!あなた、一体何がしたいのよ!?」
突き飛ばされた彼女は、そのまま顔を伏せた。
「勝手にここまで連れてきて、こんなところに閉じ込めるなんて、犯罪でしょ!!」
「……仕方ないじゃないですか!」
突然、アイリーンが大声をあげた。そのまま鋭い視線をこちらへ向けてくる。
「あなたを手に入れるためには、こうするしかなかったんだから!!」
「……は?」
「あなたには分からないでしょうね!ええ、分からないはずです!だけど、それでも--」
アイリーンはベッドのシーツを強く握りしめる。そして再び大きく叫んだ。
「……あなたが、私を見てくれないから!!」
「え……?」
「ずっと、ずっと、憧れていた……美しくて、気高いあなたに。だけど、私達は女同士で!あなたは王子の婚約者で……!あなたは、私の事なんて、絶対に見てくれない……だから、あなたの気を引くために、わざと無礼な事をしたんです!!そうしたら、あなたは少しだけ私を見てくれたから!!」
彼女の語った言葉に、私は呆然とした。その間にも彼女の話は続く。
「あなたが私を見て、それで声をかけてくれたのが嬉しくて……それが、私の無礼な態度に対する注意だと分かっていたけど、それでも幸せで……まさか、王子が私を気に入るなんて思わなかったんですよ……っ、でも王子が私に構うとあなたがもっと私を見てくれたから、……だから、わざと王子の気を引いて……そうしたら、やめられなくなったんです!!まさか、こんなことになるなんて……」
アイリーンの瞳から美しい涙がポタポタと零れ落ちる。
「……でも、あなたが私を好きになってくれるなんて、絶対にないから……だから、もう無理矢理にでも私の物にするしかないと思って……」
そのまま顔を伏せると、泣きじゃくり始めた。
「ご、ごめんなさい……イザベラ様……ごめんなさい……」
私はしばらく身体を硬直させて、泣き続ける彼女を見つめていた。
やがて、一度大きく息を吸うと、恐る恐る問いかけた。
「あ、あの……あなた、私の事が、その、す、好き、なの……?」
すると、アイリーンは顔を伏せたまま言葉を返してきた。
「だ、からぁ……っ、さ、さっきから、そう言ってるじゃないですか……!」
「……」
その時の私の気持ちをなんと表現すればいいのか、分からない。
ただ、勝手に心の中の感情がスルリと声になって出てきた。
「--私も」
アイリーンの泣き声がピタリと止まる。そのままゆっくりと顔を上げて、ポカンとこちらを見つめてきた。
「……はい?」
「あ、あの……私も、あなたに憧れてて……」
顔が熱くなる。きっと、真っ赤になっているだろう。それでも必死に声を絞り出した。
「……あなたは、とても明るくて、優しくて、温かい人で……私とは全然違ってとても可愛らしくて……だけど、私の立場で、こんなこと、とても言えない、から……」
「--へ?」
「あなたと少しでも話したくて……だけど、いつもきついことしか言えなくて……言った後はいつも後悔して……本当はもっと、親密になりたいのに」
「……」
「……私も、あなたに、ふ、触れたいと、思ってた」
耐えきれずに、両手で顔を覆う。
一生この想いを口にすることはないと思っていた。自分はこの感情を心の内に閉まったまま、生きていくのだろう、と。
自分の気持ちを彼女に伝えることなんてできない、と覚悟していたのに。
「……本当に?」
アイリーンがゆっくりとこちらへ近づいてくる気配がした。
「ここから出たくて、でまかせを言ってるとか……」
「--そう見える?」
アイリーンが言葉に詰まるのが分かった。
そっと腕に触れられる。両手を開かされて、彼女の真っ直ぐな瞳が見えた。
「……かわいい」
アイリーンが小さく囁いてくる。それに抵抗するように、口を開いた。
「--あなたの方が、可愛らしくてよ」
「ふふ」
アイリーンが近づいてくる。そのまま、目元をペロリと舐められた。どうやら、知らず知らずのうちに、わたしも泣いていたらしい。
再び彼女と視線が合う。そのまま、唇を重ねた。
軽いキスを何度も繰り返して、熱が高まっていくのを感じる。そのままアイリーンの唇が、私の身体のあちこちをなぞっていく。肌が触れ合うだけで、例えようもないほどの幸福感に満たされた。
「本当に、いいんですか?後悔しない?」
アイリーンが私の両手を握り、尋ねてくる。
「しないわ、絶対に--」
私は自分から彼女の頬に口づけ、耳元で囁いた。
「--あなたとなら、どこまでも、堕ちていきたい」
その言葉に、アイリーンが蕩けるように微笑む。
これから自分達はどうなるのだろう。
でも、このままアイリーンと共に生きていけるのなら、この暗い部屋から出られなくても構わない。
この、甘美な空間で、いつまでも彼女と触れ合っていたい。
アイリーンが唇を寄せてくる。目を閉じて彼女を受け入れた。
金属音が響く。自分を繋ぐ鎖の音だ。
きっと、そのうち、この鎖さえも愛おしくなる。
そんな予感がした。
書いてて思ったけど、これ、シンプルじゃないですね…。
気が向いたらアイリーン視点か続編を書くかもしれないです。