楽しみの初めて その6
「では約束の時間にまた迎えに来ます。もし何かあれば近くの伝書箱を使って連絡ください」
「分かりました。ここまでありがとうございました」
「いえ。これが私たちの役目ですから。……どうかご無事で。冒険者たち」
そういって馬車は走り去っていく。エトルはそれを見送ると改めて振り返る。なだらかながらも所々険しく、冒険者を待つかのような山道が眼前に広がっていた。木々はあまり生えておらず、その代わりむき出しの岩が多く連なっていた。
「冒険者たち、だって」
「……え?」
「私、冒険者やめてる身なのにね」
「あー……」
そういえば、『ルミナは冒険者ではない』という話は騎手には説明していなかったような、と、エトルはそう思った。でもこうして手伝ってもらっている以上、ある意味彼女は冒険者に近い存在ではないだろうかとも思った。
「それにしても……ふふ、懐かしいなこの山」
ルミナは山道に身体を向け、両手を大きく広げて風を感じた。息を大きく吸うと、ゆっくりと息を吐きだす。表情は明るかった。ルミナの表情を見ながら、エトルは訊ねた。
「懐かしい、ってことはやっぱりルミナさん、結構来てたんですか?」
「ご名答。私も依頼とかのためによく来てたよ。……ここって本当に変わってないよ。ほら、ここの山、エトくんは何か知ってる?」
「あぁ、えっと……確か……」
エトルは町周辺の情報をいろんな人から聞いている。このタフト山岳もその一つだ。覚えてる限りのことだが、近くに立てかけられていたツルハシを手に取ってルミナと一緒に歩きながら話す。
「この山って武具に使える鉱石を多く拾えるんですよね。質も良好で、時折大勢の冒険者がやってくることもありますし。……でも今日はそんなに人いないかな」
「もしかしたら今日はラッキー、なのかもしれないね。日頃の行いがいいのかな?」
「あはは、だったらいいですね」
ルミナの冗談に同調するように笑うエトル。彼は続けて説明する。
「確か、ここは魔物も周辺より少しだけ強いぐらいの魔物もいるという話も聞きました。僕みたいな新米冒険者たちの次の目標としても挙げられてますし。ただ……その代わり、山岳というだけあって地形の把握が重要になってくるはずです。坂道も多いですし、場合によっては不利な地形で戦う必要があるのかも……」
そういいながらエトルは周囲を見渡し、足を強く踏みしめて自身でも確認し始める。今の場所は急な斜面ではなく、足場も悪くない。ここ最近は雨が降っていないので足を滑らせる、ということはなさそうだ。
不思議と楽しそうに話すエトルの横顔を見つめ、のぞき込むような体勢でルミナはエトルに顔を近づけ、二人は足を止めた。
「そこまで知ってるんだ。やっぱりいろんな人から聞いたの?」
「そうなんです。いろんな人からいろんな話聞いてるうちになんか覚えてきちゃって……」
それらを思い出すかのようにエトルは空を見上げる。ここ1か月は短くも長く感じる、充実した時間だった。きっと故郷では体験できなかった時間だろうと。
ルミナはそんなエトルの顔を見て、辺りを見渡す。何だろうとエトルはルミナを見ていて問おうとしたが、それよりも早くルミナが声をあげた。
「じゃあアレも分かるよね?」
「……アレ?」
「あぁそっか。エトくんじゃまだ分からないか」
アレとは一体何だろうか。エトルには見当もつかない。するとルミナは、山道なのにも拘わらずいつもと変わらない身のこなしで、すいすいと先に進んでいく。エトルは、急にどうしたんだろうと思いルミナの後をついていく。
しかしここは山道だ。いつも歩く街道と違う。平坦で整備されている道が多かった町とは違い、あまり整備されてない自然の地面と坂道である。いつもの二人の日常ならルミナが逃げて、エトルが追う形になっているのだが、今回は違う。ルミナは先行しては動きを止めてエトルを待ち、エトルは出来る限り遅れないように頑張ってルミナの後についていく形だ。
しばらくルミナについていくエトルだったが、ふとルミナの表情を見た。結構歩いてきたはずなのだが、岩と土で出来た道を身軽に動くルミナは未だに平気そうな顔をしている。エトルは思わず感嘆の声を上げる。
「……すごいなルミナさん」
「ん? どしたのエトくん」
「あ。……ルミナさんすごいなって。何かいつもと動きが変わってないというか、寧ろいつもより動きが軽く見える、というか……」
目線を少しだけ逸らしながらエトルは褒める。相手を素直に褒める姿は何処かぎこちない。他に言える言葉がなく、あまり伝わってないように感じていたからだ。
しかしルミナには伝わったのか、彼女はにこやかな笑顔で返す。
「そう見えちゃうんだ。でもエトくんもここまであんまり顔色変わってないよね。体力にも自信あるんだ?」
「いやこれでもまだまだですよ……? 今はルミナさんについていくのが精いっぱいで……」
「絶対嘘でしょ。……じゃあ少しペースあげちゃおっか」
「いや本当に本当なんですけ、ど……!?」
エトルの言ってることは本当なのだが、ルミナは今までよりも更に身軽に道を進んでいく。離れるのはまずい。エトルは足場に気を付けつつ、急いでルミナの後を追う。
ルミナを追い続けてはや数分。大きく手を振るルミナ。ようやくゴールが見えたように感じ、エトルは大きく深呼吸して息を整えてからルミナの元へ行く。彼女の近くまで来ると、全身で息をするように呼吸をする。
「ルミナさん、動き、すごい……」
「……昔身についちゃったからね。それよりも、これ」
「これ……?」
ルミナは岩壁を指さす。エトルはそれを見ると同時に「あっ」と声を上げた。
ルミナが指さした岩壁は、まるで内側から強引に開けられたかのように空洞が出来ていた。空洞の中は、外が晴れているのにも関わらず真っ黒で内部が見えない。
摩訶不思議な現象。エトルはこの光景を知っていた。
「これ、もしかして迷宮……?」
「そ。正確には迷宮の入り口だね」
そういってルミナは空洞の中に手を伸ばす。真っ暗な空間にルミナの手が触れると、水の表面に触れたかのように暗闇から波紋が広がった。
ルミナはそっと手を引くと、エトルを見て問い始める。
「エトくん。何でダンジョンが出来るって知ってる?」
「いや……全然。一説には、この世界を作った神様がきまぐれに創った。とか、魔物たちが別世界から侵入するために出来たもの。とかぐらいしか……」
考え込むような姿勢でエトルは質問に答えた。
エトルの言う通り、この世界のダンジョンはどうして創られたのか、どうしてこういった方法で開いているのか、未だに未知数な現象だ。
ルミナは視線をエトルから、ダンジョンの入り口に目を向けてから軽く頷く。
「そうだね。エトくんの言う通りこれは全く分からない。分かっていることとすれば、一定の日にちが過ぎるといつの間にか消えていること、最奥にたどり着けば良いものが手に入る可能性があること、あとは……エトくんは分かる?」
「えぇっと……魔物が内部に潜んでいる、ことですかね?」
「その通り。この辺りの魔物はそこそこだから内部の魔物も同じぐらいかな」
「……でも」
少し不安そうにポツリとつぶやくエトル。ルミナはエトルを見つめ、それに気づいたエトルは、その不安の理由を述べる。
「魔物って、たまにやばいのが中にいるって話を聞きました。だから僕みたいな日の浅い冒険者は入っちゃいけないって……」
「あー……いるね。そういうのもたまにいる」
何かを思い出すようにルミナはそう言った。
ルミナさんがそういうぐらいなんだ、きっと手ごわい魔物だったんだろう。そう思ったエトル。ふと、何か聞きたいことが増えたかのように目を開くと、エトルはルミナに声をかけた。
「あの、ルミナさん。質問良いですか?」
「ん、どうしたのエトくん?」
「どうしてダンジョンが出来てるって分かったんですか? 山岳の入り口からここまで結構離れてたのに……」
「あぁ、それは……」
ニコッと笑う顔を見せてから、ルミナは質問に答える。
「分かんない」
「え……」
「分かんない、というのが答えかな。冒険者は何度も冒険を続けていくと、不思議とダンジョンの場所が分かることぐらいで。何で『分かる』のかもよく分かってないの。多分他の人も同じ答えだと思うよ」
「そう、だったんですか?」
「……ガッカリしちゃった?」
肩をすくめるような姿勢でルミナはエトルに言う。エトルはその問いに慌てて首を横に振った。
「いえ全然。『分からない』という答えだけで十分ですし、それにダンジョンも未知数なことが多いから分からなくていいんじゃないかなって」
どうにかして励ますように、ぎこちなさそうな笑みを浮かべるエトル。そんなエトルを見て、ルミナは茶化すかのように笑ったのだった。