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楽しみの初めて その5

 正門前にたどり着いた二人。ちょうどその近くには馬車が一台待機していた。馬車、と言っても貴族が持っているような豪華なものではない。雨避け用の天井がない簡素な作りだが人と荷物を置いても狭くない、冒険者たち向けの馬車だ。

 エトルはそこの馬車の騎手に行先と目的、それから時間を話して乗せてもらえるかを訊ねてみる。騎手は快く引き受けてくれ、エトルはお礼を言うと乗せてもらうことにした。


「随分手馴れてるね、エトくん?」

「そうですか?」

「ほら、こういうのって手続きとかで面倒になったりするでしょ?」


 互いに姿が見えるように馬車に乗った二人。ルミナはエトルに対してそんな風に疑問を言った。逆にエトルはそんな風に見えたことにちょっと驚きと戸惑いを見せていた。


「別にそう思ったことはない……かな」

「ホントに? ……自分の故郷にいたときに何かしてたの?」

「……言ってませんでしたっけ?」

「ごめん、忘れた」


 先ほどと同じようにルミナはそう言ったが、今度はとぼけるような口調ではなく、本気で覚えていないような口ぶりだ。エトルはなんとなく不思議に思ったが、この話自体は『ここに来るまでの話』よりあまり話してないようにも思っていた。

 馬車が動き始める。揺られながらエトルは、確かに忘れててもおかしくはなさそうだと思って話そうとした。それよりも早く、ルミナは少し唸るように呟く。


「あぁ、えっと……」

「……ルミナさん?」


 彼女の様子が少しおかしいと思ったエトルは、顔を覗き見るようにしようとした。が、それよりも早くルミナが顔を振って笑顔を見せた。


「やっぱりいいや! 他の話しようよ!」

「……?」


 なんかおかしい。こうしてルミナが聞きたがらないことにも変に思っていたし、どうも何か、聞いたらいけないようなことでも聞いたような顔もしていた。

 ただ、それならそれでいいかとも思い、これ以上はエトルからは何も言わなかった。疑問はあるが、誰だって嫌な何かを言われたり聞かれたりしたくないだろうし、個人としても変に踏み入って嫌なことを聞きたくないし彼女に嫌われたくないからだ。

 エトルは少しだけ心配したような表情をしたが、誤魔化したルミナに同調するように、「分かりました」とゆっくり笑みを見せた。そんな顔を見て安心したのか、ルミナの表情もどこか安堵したような顔を見せていた。

 とはいえ今度は何を話そうか。どんな話題を出そうか考えようとしたエトルを、こちらを向けと言わんばかりに、ゆっくりと音が響く。正門が開いた音だ。そこから風が吹き抜け、門の向こう側の景色が見えた。

 緑の生える草原に、向こう側に山が見える。その山が今回の依頼の目的地だ。


 今日は快晴だ。外は危険がいっぱいではあるが、それこそ楽しみになるぐらいの晴れやかな天気だ。

 正門を馬車がくぐる。ふと小さな笑い声が聞こえて、エトルはそちらを振り返る。見ると、ルミナが口元を抑えながら笑っていた。


「ふふふっ……」

「……ルミナさん? どうしたんですか?」

「いや、今のエトくん子どもみたいだなって」

「え……」


 ルミナは心底おかしそうに笑いをこらえていた。子どもみたいだなと言われ、どうしてなのだろうかと思ったがそれよりも前にルミナが言う。


「だってエトくん、今からでもどこかそのまま飛んで行っちゃうぐらい身を乗り出してたんだもん」

「え、え……あっ!!」


 ルミナに指摘されて思わずその姿のまま確認する。確かに言われた通りに荷車から身を乗り出していた。

 指摘されて狼狽えるエトルと、その姿に見かねてゲラゲラと笑い出したルミナ。それにつられるように騎手も小さく笑っていた。

 二人に笑われて、エトルは恥ずかしくなって縮こまった。


「なんで縮こまるのさエトくーん。別に恥ずかしがることじゃないじゃん」

「いや、それでもやっぱり……」


 エトルはルミナの表情を見れないぐらい、恥ずかしくて俯いていた。そんなエトルを見てまたルミナは笑い声を出そうとしたが、何とかこらえつつ、真似するかのように荷車から身を乗り出した。

 馬はゆっくりと道を進んでいる。ルミナはそこで風を感じて目を瞑り、もう一度ゆっくりと目を開いて大きく息を吸う。


「……うん。ちょっと分かるかも。エトくんがこうなっちゃう理由」

「へ……?」

「ほら、私もたまーにあの人に無理やり連れられて町から別の町に向かうことあるけどさ」


 外の景色を堪能しながら、何かを懐かしむような口ぶりでルミナはそう告げる。彼女はさらに続けた。


「その時とは違って、なんだろう。こう、今から冒険するんだなーって、分かる。何か久しぶりかな、こういうの。……もしかしてエトくんもそんな感じで外を見てたの?」


 身を乗り出したまま、ルミナはエトルに対して質問してみる。彼は、どうして自分がそういった行動を取ったのか考えてみたが、それよりも早く、ルミナが口を開いた。


「って、言ってもいきなりは答え出ないよね。自分でもよく分かっていなかったみたいだし」

「……それは、なんか、ごめんなさい」

「いいよいいよ。謝ることじゃないし。……それにしても」


 ルミナは身を乗り出すのをやめ、荷車の縁に背を預けると何処か感慨深そうに空を見上げた。


「……なんだか不思議だよね。あの日から何度も馬車に乗ってるのに、こういう感覚、久しぶりなの」

「それは……今から冒険するから、という感じですか?」

「そうかも。……もしかして君はさ」

「ん……?」


 背を預けた姿勢のまま、ルミナはエトルに目を向けた。何かを言おうとして、彼女が言うのを待つことにしたエトル。彼から見て、ルミナの表情は何処か懐かしむようで、何かを寂しがるような顔をしていた。


「(……やっぱり、過去に何かあったのかな、ルミナさん)」


 あまり見たことのないルミナの表情にエトルも、何処か不安になる。ずっと明るく振舞っているが、やはり過去に何かあったのか。それはきっと、とても嫌なことだったのだろうか。


「…………いや、流石にないか!」

「え?」

「ごめんごめん。こっちの話だよ。不安がらせちゃってごめんね。今から冒険するのに、暗い気持ちはいらないよね」

「あ、えっと……はい」


 さっきまでの表情はどこへやら、いつもの明るい顔になったルミナ。それならそれでいいのだが、本当にそれでいいのだろうか。

 エトルは何か伝えようとして、すぐに押しとどめる。……きっと今、話すべきことではないだろうと。


「……大丈夫ですよ」

「……?」

「話したくないことは話さなくてもいいですから。けど……」


 あれ、と思った時にはいつの間にか声に出ており、すっかりルミナに聞かれている。どうしよう、と思ったエトルだったが、不思議と次の言葉がすんなりと出ていた。


「いつでも、話し相手になりますから、大丈夫です」


 ……自分でも、よく分からない言葉が出てきた。何処か矛盾してるようで、あっているかのようなそんな言葉。

 彼にとっては意味の分からない言葉だったが、彼女には何か分かったのか、笑顔で頷くとまた荷車から身を乗り出した。


 その時ルミナが何かを呟いたような気がしたが、その言葉は吹き抜けた風と共に消えていった。

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