楽しみの初めて その4
ギルドを後にした二人は町の正門へと向かう。町の正門はギルドから南東側にあり、そこそこ距離はある。
エトルは先行するルミナについていきながら彼女を見ていた。ルミナはいつものシスター服だったが、腰には古びた皮のベルトポーチが巻かれていた。腰の右側にはリボルバー銃が差し込まれており、ルミナの武器なのだろう。
興味深げにみるエトルに気づき、ルミナは足を止めて振り返った。
「……あれー? どうしたのエトくん。これがこんなに珍しい?」
「あぁえっと……そうですね。その銃って遠くの国からの輸入品ですよね?」
「これかー。流石、エトくんは見どころはあるねっ」
そう言ってルミナは銃を引き抜き、銃口部分を吊り上げるように持って見せつける。灰色に鈍く光る銃は、見るからにそこまで使われてないように見えた。
興味本位にエトルは訊いてみる。
「あのこれ、買ったばかりですか?」
その問いにはルミナは首を横に振り、否定した。
「ううん。数年前から持ってたけどあんまり使わなかっただけ」
「数年前……というともしかして?」
「そ。引退した辺りだね」
やはりその辺りだった。エトルは口には出さずに心の中でつぶやく。ルミナは銃をしまって再び歩き出し、エトルもそれについていく。
ルミナの足取りは軽かった。まるで外の世界にピクニックでも向かう子どものように。
それだからなのか、どうしても訝しんでしまう。本当にどうして引退してしまったのか、そして何で復帰はせず、自分を手伝おうとするのか。
彼女が行動を起こせば起こすほど、どうしても疑問が浮かんでしまう。決して信頼していないわけではない。寧ろ同行はありがたいことだし、学ぶこともきっと多いだろう。
「(……本当になんでだろう)」
エトルはまた心の中でつぶやく。けどそれ以上はできる限りしまっておくようにと、自分にそう言い聞かせる。そうでもしないと、ただ疑うだけになってしまいそうで、エトルはそれが怖かった。
「ところでエトくん、荷物とか大丈夫?」
「え、え……?」
急に声をかけられ、そしてもしかしてまた何か取られたかと思って大慌てでポーチや武具を確認する。そんなエトルの姿を見てルミナは大笑いする。
「もぉー。エトくん何か忘れ物? それとも盗られたかと思った?」
「あ、え、いえ! 違います! えっと、その……」
「ふふっ、残念だけど今は何も盗ってないよ?」
「……またいつか取るんですか?」
「どうだろうねー?」
からかうような笑みでルミナはそう言った。絶対に取りそうだ。そんな風に思いながら力なく笑うエトルだったが、すぐに頭を振って切り替える。
「……とりあえず忘れ物とかはありません。基本的に冒険に必要なものは身に着けておくようにしてますから」
「へぇー。ちゃんと準備しておくんだ?」
「そうですね……もしもこの先、冒険者として生きてくなら、まだ半人前の今からでもできることはしていこうかなって」
そういってからエトルは照れくさそうに頬をかく。それを見たルミナはちょっとだけ、息をのむような表情を見せてから背を向け、空を見上げた。
「……そっか。もうそこまで考えてるんだ」
「え……?」
「ごめん、なんでもない。こっちの話だよ」
振り返りながらルミナはそう告げる。エトルには彼女の表情が、何処かぎこちないように見えた。何か余計なことを言ってしまったのだろうか?
「ほら、私の話ばっかりじゃつまんないでしょ? たまにはエトくんの話聞きたいな」
「あ……そ、そうですね。まだ時間ありますし。でも何を話しましょうか?」
「じゃあ……エトくんのここまで来る経緯を」
「それ、前にも話したような……?」
「ごめーん。もう忘れちゃった」
絶対覚えてるような口ぶりだが、話したところで何も失うわけではない。そう思ったエトルは少しだけ表情を緩めてから話す。
「えっと……僕がここから遠い村出身だということは覚えてますよね?」
「うん。そこは覚えてる」
「で……ここに来るまでにその……別の町で休憩取ってたんですけどいつの間にかお金失ってて……」
「それも覚えてるね」
「全部覚えてるじゃないですか!?」
思わずツッコみを入れるエトルだったが、ルミナは知らん顔して誤魔化した。ここで話を切っておくのもありかもしれないが、彼女のことなのでここで止めたら「続きは?」と聞かれるだろう。
嫌、というわけではない。彼は人と話すのが好きなので、こうして誰かと話すのは寧ろ積極的に行いたいと思っている。
そんなエトルは続きを話し始めた。
「……それで、立ち往生してたところでウィーゼさんとたまたま出会って、それでどうにかここまで案内してくれたんです」
「それからどうしたの?」
「そこからも支援くれて……便利なお店とか、冒険者の心得とかいろいろ。お金も未だに全部返し切ってないので、なるべく早く返しきれたらな、と」
別に返さなくてもいいって言われたんですけどね。とエトルは付け加えた。ルミナは不思議そうな顔で足を止める。つられてエトルも足を止めた。
「ルミナさん?」
「……もしかして、今日依頼受けた理由ってそんな感じなの?」
「え? あー……いや、そんなこと考えたことなかったな……」
エトルは驚いた顔を見せた後、自分でも気づいていなかったかのように唸るような表情を見せた。どうやら自分でも気づいてなかったらしい。
そっか。と、ルミナはつぶやいた。
「じゃあエトくんは本当に、その人が困ってたから、恩返しがしたいからとかそういう理由なんだね」
「まぁ……はい」
「何度も言ってると思うけど、人が良すぎだよエトくんは。それじゃあ……」
と言ってエトルの鼻先に指をさしたルミナ。続く答えはエトルは覚えてる。頷いた後に答えた。
「それじゃあ悪い人に騙されても知らない、ですよね」
「ふふっ。覚えてるならいいんだ」
そういってまた歩き出したルミナ。エトルもまた、それについていくかのように歩き出した。