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楽しみの初めて その3

「……本当に、来るの?」

「そうみたいですね。ルミナさんはちょっと準備があるそうですから、ギルドで合流しようって話をして」


 少し時間が過ぎ、ギルドに戻ってきたエトルはカティエに話をしていた。この時間帯になるとある程度人がやってきており、依頼を確認している人や受付で案内を受けていた人、ただテーブルの周りの椅子に座って雑談している人もいる。

 カティエは未だに疑ってるような顔をしている。どうも彼女としても、完全に鵜呑みには出来ないようで、そんな顔をされてたらエトルも少し不安になってきていた。

 しかしエトルは頭を軽く横に振ってその気持ちを払った。彼女が「来る」と言ったのだから自分が信じなくては駄目じゃないかと。

 不安を振り払ったエトルは思いきってカティエに訊いてみた。


「……あの、もしかしてルミナさんって信用ない人……ですか?」

「いや……ごめんねエトル。疑ってるわけじゃないんだけど、あの子はどうも気まぐれなところがあるし、それに……」

「それに……?」

「……ほら、引退したって話をしたじゃない? 理由も理由だから仕方ないかって思ってたから」

「そういえば……」


 何らかの理由で引退する冒険者はそう多くはない。例えば自信を失ったとか、単に衰えとか、あるいは、大切な誰かを亡くしたか。

 確かにルミナは冒険者を引退した身だ。カティエが話さない辺り、引退理由も決して軽くないだろう。しかしエトルはこうも思う。何か重い理由で引退したのであれば、普段の明るい態度は決して演技で振舞うには無理であろうとも。

 この1か月間、何度も遊ばれてはルミナは明るく笑っている。何かリアクションも取ればルミナは明るく対応する。周りもそれは当然のことだと受け入れているはずだ。

 だったら今更だ。今更ここでああだこうだと疑ってもそれは推測にすらならないだろうし、何より僕が聞いてもきっとルミナさんは話したがらないだろう。エトルは口に出さずにそう纏めた。


「……僕はルミナさんを信じますよ。仮にもしも嘘だったとしてもルミナさんはここに顔出しますから」

「……うん。なるほどね」

「……?」


 カティエの表情が一転、まるで何かが分かったかのような意味深な笑みを浮かべていた。一体何が分かったのだろうか? エトルは首を傾げた。

 それと連動するかのように、ギルドの扉が大きく開く。


「お久しぶりー!」


 愉快な声が聞こえてきた。ルミナだ。彼女はまるで自分の家に来たかのように中に入っていき、エトルとカティエの近くまで歩いてきた。

 反応は様々だ。一体誰だ? という感じで彼女を見ている人、なんか見たことあるな、という顔で見てる人、そして驚いた顔で見ている人もいる。

 誰かが小声で何かを呟く。それを聞いていた人が反応すると、徐々に騒めきが広がっていった。やはり、この街の教会のシスターが、あるいは引退したはずの冒険者が来たことに関しての驚きは大きいものだった。


「……すごい。こんなに有名人だったなんて」


 エトルも驚いていた。今まで身近にいた人物とどこかで思っていたが、いざこうして周りの反応を見ると彼女がどれだけの人物なのかが窺える。


「ここに来るの久しぶりだね。元気にしてたカティエ?」

「はいはい。私は相変わらず元気だし、ルミナも全く変わってなくって何よりよ……」


 周りの騒ぎの原因はルミナだというのに気にしていない彼女に頭をかかえながらカティエがそういう。


「そういえばエトくん、どんな依頼受けてたの?」

「あ……そういえば言ってなかったかも。その、今日の依頼なんですけど……」


 エトルはルミナに今日の依頼内容について説明した。その間でも周りはルミナに注目が集まっていたが、説明を終えるころにはある程度収まっていった。


「説明終わったかしら? これ渡しておくね」


 カティエはカウンター越しにエトルに縦40cm程度の麻袋を渡す。麻袋の中心には以前の、能力を記録化する用紙と同じように二重丸と文字が描かれていた。エトルはその袋を受け取りながらカティエに訊ねる。


「確かこれって……」

「そ。今回の依頼は鉱石集めでしょ。だからその袋に鉱石を入れておけばいいわ。満杯まで詰め込んだとしても綿でも詰めてるかのように持ち運べるわ」

「ありがとうございます。助かります」


 そういいながらエトルは袋をたたみ、ポーチに入れる。


「ところでルミナ」

「ん、どしたの?」

「あなた、急にどうしてここに? 引退して以降はここに顔出さなかったじゃない」

「んー……」


 カティエの問いに、ルミナは一瞬だけ目線をエトルに向ける。


「それは言わない」

「あのねぇ……」

「そのうち話すからさ、今はナイショ、ということにしておいて」


 お願い、というように両手を合わせるルミナ。これ以上問いただしても理由は言わないだろうとしてカティエは諦めがついたようにため息をついた。そしてもう一つ、何かを閃いたかのような顔をしてルミナに訊く。


「じゃあルミナ、あなた……」

「ううん。戻らないよ。私はあくまでエトくんの手伝いだし、それに仮に私が冒険者として同じ依頼受けちゃったら山分けすることになっちゃうしね」

「けど……」

「もぉーいいの!! 時間もったいないから早く行こ!!」


 まだ何か言いたそうなカティエをよそに、ルミナはエトルに声をかけるとそそくさと立ち去ってしまう。

 まるで嵐みたいな人物だ。改めてそう認識したエトルは思わず苦笑いしてしまう。


「……エトル、本当に気に入られてるみたいね」

「あはは……。昔からルミナさんああいう人だったんですか?」

「まぁね……落ち着きもなくて手癖も悪い、問題児を絵にかいたような子だったわ」


 けどね。とカティエは一度区切った後に続ける。


「それでもあの明るさは変わらなかった。だからここに来た時にちょっとほっとしたのよ」

「そう……だったんですか」

「前にも言ったと思うけど、ルミナの過去のことについては私からは言わない。聞きたいなら本人から聞いたほうがいいわ。知りたいのだったらね」


 カティエはエトルを見つめながらそういう。その視線に気づいてエトルも同じようにカティエを見て、ゆっくり頷いた。


「じゃあ依頼の進行……と、ルミナのことをよろしくね。必ず帰ってくるのよ」

「は、はい。分かりました。……行ってきますね」


 エトルは軽く手を振る。カティエも同じように返した後、エトルはギルドを後にした。

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