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楽しみの初めて その2

 ギルドから離れた坂道のある路地。そこの階段を上ると石橋が見える。その石橋の向こう側には教会が建っている。

 エトルは石橋を渡り、ふと橋の外側を見つめる。そこには町の風景が広がっていた。この世界の基準ではそこそこ大きめの町であり、教会はそれなりに高いところにある。

 エトルは少しだけ町の風景を眺めた後、教会に向かって進む。歩くたびに綺麗な空気と、不思議な緊張感が彼を包む。

 やがて教会の扉の前に立つと、彼はそっと扉を開けて中の様子を見た。中の小さな聖堂の両側には樫の木で作られた長い椅子と石の柱が均等に並べられ、扉から真っすぐに青い絨毯が敷かれている。

 ルミナは中にはいなかった。代わりに、聖堂の奥の祭壇で背の高い誰かが、エトルから背を向けて佇んでいた。フードを被っており、性別までは分からない。だがエトルはこの誰かを知っている。

 こんにちは。エトルは中に入りながら奥の人物に挨拶する。声が聞こえたのか、その人物は振り返った。深緑色の長い髪の、少し老けた優男だ。


「こんにちはエトルさん。……またルミナが何か粗相をしましたか?」

「あはは……いやそういうわけじゃないんですけど」


 相変わらず、ルミナのお転婆っぷりに手を焼いているようだ。そう思ったエトルは力なく笑うしかなかった。

 この人物はこの教会にいる神父さんだ。ルミナと交流……というより遊ばれているとき、時折教会に来たら? と誘われることがあり、そのたびによく顔を見合わせているため顔なじみの存在だ。


「でも確かにルミナさんに用事があるというか……ルミナさん、どこにいるか知ってます?」

「……ルミナはそうですね。もうすぐ来ると思いますよ。ほら」


 そういって神父は扉の方向、エトルが入ってきた方を指さす。少しすると扉が勢いよく開く。そこにいたのはルミナだ。ルミナはエトルを見つけると、笑顔で手を振る。エトルも同じように返した。


「エトくん珍しいねこんな時間に。あ。もしかして何か聞きたいことがあるの?」


 ルミナに言われて息をのむエトル。確かにその通りだ。エトルはゆっくりと頷いた。


「そうですね。2つほど。まず1つなんですけど……」


 そういってエトルはポーチから緑色の原石を取り出した。ルミナは首をかしげる。エトルから見る限り、知らない素振りのようだが、聞いてみる。


「これ、もしかしてルミナさんの持っていた石では? 昨日……その……落としてたみたいです。だから今日渡そうかなと」


 取られた時に、とは言わなかった。言ったらルミナは、後ろにいる神父さんにお小言を貰いそうだから、という理由でだ。


「ルミナが落とした? それって意図的に落としたのでは?」

「いや! あの! 本当に本人も気づかなかったみたいです! 別に意図的に落としたとか、そういうわけじゃないと思います!」


 ひたすら誤魔化そうとしているエトルが滑稽に見えたのか、ルミナは腹を抱えて笑い出した。どうやら事情を察してしまったのか、神父は呆れてため息をついた。

 ひとしきり笑うと、いったい息をついてからルミナは言った。


「いいよそれ。あげる」

「え、え、でも」

「いーのいーの。私が持っていてもどーせ使わないし。エトくんがお守り代わりに持っていた方がきっと良いだろうからね」


 そういいながらルミナは長椅子に座る。エトルはやはり返そうかと思ったものの、ルミナのやんわりとした笑みを見て、頷く。


「……分かりました。こんな貴重な物をありがとうございます、ルミナさん」

「貴重なもの、ね。そんなに大したものじゃないんだけどね」


 本当に大したことなさそうな顔と仕草を見せるルミナ。彼女はエトルに顔を見せながら続けて訊く。


「で、2つ目はなに?」

「えっと……昨日の出来事、覚えてます?」

「昨日? エトくんの剣を盗ったり袋盗ったり?」

「そこじゃなくて!!」


 後で怒られても知りませんよ、と思いながら顔を抑えるエトル。神父の表情は、エトルの後ろ側にいるので彼からは分からないが、今後ろを振り返ってもきっと良い表情はしてないだろう。それだけは分かる。

 振り返らず、ルミナを見たままエトルは続ける。


「じゃなくて、その、依頼に付き合おうか、って話持ちかけられて……。それでちょっと確認取りたくて……」

「ん、さっそく? どこに向かうの」

「どこに向か……え? あれ、嘘じゃないんですか?」


 エトルは驚いた。実を言うとここに来るまで半信半疑だったのだが、反応を見る限り嘘ではなさそうだ。

 別に完全に嘘をついている、と思ってたわけでもない。エトルはルミナのことを『たまに物を取ることははあってもちゃんと返す、曲がっているように見えて真っすぐな人物』であることを認識している。とはいえ彼女はからかい上手なところもあるため、もしかしたら、という感じだった。


「なんで嘘をつく必要あるのさ?」

「……ごめんなさい、疑ってました」

「素直でよろしい」


 ルミナは人差し指をエトルに突きつけ、笑みを浮かべてそういった。何度も見ているはずなのに、不思議と奇麗に見える笑い方にエトルの心も少し揺れる。

 と、後ろからため息が聞こえた。自分が怒られているわけではないのに、恐る恐るエトルは後ろを振り返る。そこには呆れ半分怒り半分の表情をした神父がいた。


「ルミナ。まずどうして疑われるのか自分の行動を振り返りなさい。仮にも―――」

「もぉー! 説教なんて聞いていても耳に壁が出来て聞こえなくなっちゃうよー!」


 行こうよエトくん! そう言うと同時にルミナは座った姿勢から勢いよく飛び上がり、絨毯にストンと着地すると逃げるように聖堂から姿を消した。あっという間の出来事にエトルは開いた口が塞がらず、神父はまたため息を吐いた。


「全くルミナは……その身軽さと逃げ足の速さだけは関心しますね……」

「あ、あはは……。あの……本当にごめんなさい。何か、僕のせいで……」

「……エトルさんのせいではありませんよ。寧ろルミナは―――」


 神父が何かを言う前に教会の扉が、ガッと言う音と共に開く。


「エトくーん!! 行くんでしょ!! そんなところにいたら耳に壁が出来ちゃうから早く出なよー!!」

「……」


 ヤバイ、そろそろ神父の堪忍袋の緒が切れそうだ。そう思ったエトルは急いで、まるでいたずらに加担した子供のようにその場から立ち去ろうとする。


「……エトルさん。ルミナのこと、よろしくお願いしますね」

「あ、はい! 分かりました!」


 聖堂から出る前に神父に声を掛けられ、エトルは振り返ってそう返した。

 エトルの手によって丁寧に扉が閉められる。今までの騒ぎが嘘のようにシンと静まり返った。その場で神父は厳しい表情のまま天を仰ぐと、ふと表情が緩くなった。


「相変わらずのお転婆ですが……いつもより、楽しそうですね。ルミナ」

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