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冒険と意思と心 その9

 どれぐらいの時間が過ぎただろうか。空が少しずつ明るくなってくる。もうすぐ朝が来る。

 エトルが、自分のポーチから何かを取り出した。ルミナからもらった、緑色の原石だ。


「……これ、やっぱり返しますよ。ルミナさんは前、大したものじゃないって言ってましたけど……」


 そういってエトルはルミナに返そうとしたが、ルミナは「とまれ」と言わんばかりに手を突き出す。

 エトルの手には、触れていない。


「だから持ってていいよ。……エトくんはこれからいろんなところに冒険する。それで困ったこととか、面倒なことがあったらそれ使ってウォフ呼べばいいんじゃない?」


 どうぞご自由に、とでも言いそうな声でルミナがエトルに対してそう言った。今までのエトルだったら黙ってもらっていたかもしれない。でも今回ばかりは違う。エトルは首を横に振った。


「……ごめんなさい。流石にそれはちょっと受け入れられません。やっぱりこれ、ルミナさんが持ってるべきですよ。だって……」

「あぁもう! エトくんが持ってるべきなんだって! エトくん、ちょっと何かあればすぐ死んじゃうようなお人好しだからさぁ……それを見守るペットが必要でしょ?」


 なんだか扱いが酷いように感じる。これではウォフも怒りそうなのではないだろうか。エトルは複雑そうな顔をしながら、腕を伸ばして返そうとしている緑色の原石を見てから、ルミナを見る。ルミナは怒っていた。

 このままでは何を言ったところで送り返されるだけだろう。黙って置いて行ったところでまた顔を合わせた時に突っ込まれるに決まってる。他に返す理由も思い浮かばない。

 しかし、どんなことを言われてもこれはやはり自分ではなくルミナが持っているべきだ。エトルはそう思っている。何せこれはルミナとウォフの大切な持ち物だ。ほとんど何も知らない自分より、彼女の方が持つべき理由も大きい。


「……どうして、そこまで」


 ここは一度手を退くべきだ、そう思いながらエトルはポーチの中に入れなおした後にルミナに訊く。

 少しの沈黙の後、ルミナはポツリと言った。


「……分からない」

「……」

「ごめん、自分でも分からないの。……正直、エトくんを手伝う理由も。全部」


 ルミナがそう告げた後、長い沈黙が訪れる。

 エトルは、何を言えばいいのか分からず黙るしかなかった。だけど怒ってもいない。相手にも分からない解答を、自分が持ち合わせているわけがない。そこを責める理由なんて何一つないのだから。


「……変だよね。私。どうしてキミのことが、こんなにも気になっちゃうんだろ」


 ……確かにそうだ。エトルはそんな風に思いながら、出会った時のことを思い出していた。


 始まりはこの教会へ続く石橋から。2人は出会って、ルミナにからかわれて。

 それからは……街で見かけたり、教会の近くに来るたびに、ルミナと言葉を交わし合ったり、盗まれて追ったりして。当たり前のように繰り返されながらも、すごく楽しく思って。

 そして冒険者のための第一歩を踏み出せたとき……ルミナに言われたこと。


『エトくんの依頼に付き合ったげるよ』


 なぜこんな自分を手伝おうと思ったのだろう。自分がここに来る前もきっと、同じように冒険者を志した人たちがいたのにも関わらず。考えれば考えるほど、不思議に思う。

 その答えを持っているのはルミナだが、ルミナが持っていないのだったら自分も持っていない。


 だけど。そんな無責任さでいいのだろうか? エトルが自分に語り掛けるかのように、その一言が脳裏をよぎる。


「……あの、ルミナさん」


 エトルが、空っぽの頭でルミナに告げる。


「やっぱり、返しますよ。このお守り」


 そういってポーチから再度緑色の原石を取り出す。


「でも……それはルミナさんが答えを見つけた時です。答えを見つけて、お互いに納得出来たら返します。これは絶対の約束です」


 ここについては誰にも譲るつもりはなかった。例え相手がルミナであろうとも。絶対に返すべき大切な持ち物であることには変わりはないのだから。


 そんな風に思うエトルの隣で、ルミナはクスッと笑いだす。


「いいの? そんな約束でさ。それだったら一生答えを見つけないまま、エトくんの事手伝っちゃうけど?」

「それについて、なんですけど……」


 エトルがルミナの方を振り返る。目は真剣だ。


「やっぱり、戻る気はありませんか? ……勿論戻れない理由があるなら、無理にとは言いませんけど」

「……それはそうでしょ。私が冒険者になっちゃったら、エトくんの分け前が減っちゃうし。……何より、もう戻る気もないんだしさ」


 心からそう思っていることを、ルミナは子どもに言い聞かせるようにそういった。


「……だとしたら」


 エトルは言った。


「僕のこと、『相棒』と認めてくれたら……冒険者になって、いろんな所を旅してみませんか?」


 こう言ったのは、エトルに1つの答えが感じ取れたからだ。

 ルミナが冒険者に戻らない理由。それはきっと、『ウォフがいない』からだ。

 相棒のいない冒険なんて何が楽しいのだろう。それなら身を引いた方がいい。自分だったらそう思う。尤も、未だにそう言った存在が出来ていないので「何を言ってるんだ」とは自分でも思う。


 もちろん、それで心の穴埋めが出来るとも思っていない。下手すれば怒られたりして二度と会えなくなるかもしれない。けれど。


 いつまでも知らないままで動かないのは冒険者としてどうなのだろうか。傷ついてでも答えを求めるために前に進むべきなのではないだろうか。自分が成りたいと思う冒険者の在り方はきっとそうに違いないのだから。


「……じゃあ、どうやって認めてもらうの?」


 ルミナが、いたずらするかのような笑いを含めた声でそういう。


「え……それは、分かりません。自分でも、その……そう言いたかった……というか……」


 エトルの曖昧過ぎる答えになってない答えに、ルミナは爆笑した。


「……け、けど!」


 あまりにも恥ずかしくなって、慌てて止めるかのようにエトルが声をあげた。


「……答えは必ず見つけます! だから、その……ルミナさんも! 僕を手伝ってくれる理由の答えを一緒に見つけましょう!」


 その声に、ルミナはピタリと笑うのをやめて、エトルの顔を見た。

 ほんの少し赤くなっている顔と、真剣な瞳。それを見てルミナは口角をあげた。


「……分かったよ。約束する」


 ルミナはそういって、すぐにエトルに人差し指を突きつける。


「でもそう言ったんだから! 答え探すのやめたり、勝手にいなくなったりしないでよ。もちろん死ぬのも禁止! いいね?」

「……はい!」


 そういってエトルはルミナに手を差し伸べた。それに釣られるように、ルミナの手が、握られる。


 すごく、優しい手だ。光のように温かく感じる。ようやく感じ取られた、ルミナの手。


「……迷惑かけちゃうかもしれませんけど、これからもよろしくお願いします。ルミナさん」

「うん、いいよ。迷うぐらいなら進んでほしい。私もお手伝いするからさ。よろしく、エトくん」


 そういって2人は笑い合った。今度はお互いに、お互いの顔を見たまま。


「(冒険者を始める理由が、1つ増えた)」


 1つは、日記を書き続けること。それに関しては曖昧だったが、今でははっきりと分かる。自分にとって、自分を誇りに思えるような物語を作り上げたいこと。

 もう1つは、答えを見つけること。ルミナに認めてもらうための、そしてルミナが答えを見つけるために冒険者となって冒険すること。


 きっと果てしない旅路になるだろう。だけどとても楽しみに感じる。あぁ、やっと冒険が始まるんだ。自分と言う冒険に。



 朝日が昇る。それは2人の旅路の始まりを祝うかのように。

これにて「冒険と意思と心」はおしまい。


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