冒険と意思と心 その8
「(まただ……)」
視界には、穏やかな木漏れ日と、近くで丸くなって寝ていた銀髪のシスター服の女の子が寝ていた。『自分』の身体も、女の子を護るかのような姿勢で横になっていた。女の子は静かな寝息を立てている。
「―――ォフ」
女の子に呼ばれた気がして、顔を微かに上げる。女の子はまだ寝ている。
―――寝言だ。
『自分』はそんな風に思いながら彼女を見ている。彼女が寝言を上げるなんて非常に、いや、初めてなのではないだろうか。そんな風に思っていた。
「……言うこと、きけー……」
一体どんな夢を見てるんだろう。感情の籠っていないように聞こえる声に興味はなく、同じように寝ようとしたとき。
「……ずっと、一緒」
そう言われた気がして、動きを止めた。
―――ずっと、一緒。
場面は変わる。視界がややおぼつかない。風景自体はあまり変わっていないように見えたが、よく見ると別の森の中のように見えた。
穏やかな木漏れ日が漏れている中、視界のおぼつかない中でもくっきりと感じ取れる、成長した銀髪のシスターが、『自分』の身体に頭を預けて寝ながら寄りかかっている。手には緑色の光る何かがあった。
「……覚えてる? あの日の事」
シスターが語り掛ける。
「あの時、私は死んだって思った。でも、ウォフが助けてくれた」
その声は何処か寂しげで、今にも泣きそうな声だった。
「……もし、また私が困っていたりしていたら……絶対に助けてよ?」
シスターが―――ルミナが強がるように言ってくる。
声は―――微かしか出なかった。
――――――。
「……あ」
ベッドから起き上がったエトルは、軽く頭を振るった。
以前にも同じような夢を見た時のような夢が、今回ははっきりと見えたし聞こえた。
「……いや、あれは夢なんかじゃない」
確証はなかったが、これは誰かの見た『記憶』だということ。
そしてその誰か、というのは言うまでもない。
「ルミナさんの……相棒」
ウォフ。彼女はそう呼んでいた。
「……あの様子からして……」
ウォフはもう、この世にはいない。記憶通りと言うのであれば、ウォフは天寿を全うしてこの世を去ったのだろう。
エトルは、窓の向こうにある小さな街灯だけが照らす暗い部屋の中、ポーチから緑色の原石を取り出す。
これはきっと、ルミナとウォフの大切なものだ。だとしたら自分ではなく、ルミナに返すべきなのでは? エトルはそんな風に思っていた。
窓の外に目を見やる。空は非常に暗い。となると返すのは陽がまた昇ってからだ。そんな風に思い、エトルはベッドに身を預けて寝ようとしたが……。
「……眠くない」
もう一度起き上がる。頭が異様なまでに冴えていて、全くと言っていいほど眠くないのだ。あの化物を討伐したというのもあるし、記憶の内容が気がかりなのもあるのだろう。
「外の空気……吸ってこようかな」
そういってエトルはポーチを腰に巻き、医務室を出てギルドを出た。
やはりと言うか、人はいない。空も暗闇が覆っている。街灯だけがこの街を照らしていた。
そんな中、エトルはゆっくりと歩く。どこに行きたいというわけでも何でもない。ただ歩きたい。そんな風に思いながら。
ひんやりとした空気を感じながら、エトルは街を歩き続けた。何かを考えてるわけでもない。そうだったはずなのに。
「……やっぱり、ここに来ちゃうんだ」
町の中通りを外れ、狭い階段を上って行くと見える風景。エトルにとってはとても印象的で、今でも鮮明に覚えている。教会と、それに続く石橋。
その石橋の端に、柵の上に足を外側に投げ出して座っている人物を見つけた。銀髪の見慣れたシスター服を着た女性だ。
「……ルミナさんも、起きてたんですか?」
エトルはルミナに近付きながら訊ねる。ルミナはエトルの声に反応してそちらを向いた後、片手を軽く上げた。いつものような笑みは、今回は余裕なさそうに見える。
「うん。興奮……っていうのかな。何だかそんな風に感じちゃっててふと起きちゃって」
「……僕もですよ。僕もさっきまで寝てたのに何か起きた途端に全然眠くなくなっちゃって……」
苦笑するエトル。ルミナもそれに釣られるように笑ったが、ほんの少しだけだった。何処か力ないようにも見える。
「改めて……本当にありがとうございました。僕1人じゃ絶対にここまでたどり着けなかった。本当にルミナさんがいなかったらどうなってたのか……正直想像もつきませんでしたよ」
「……そっか」
心ここにあらず、と言う感じでルミナはそう言った。
「(……あぁ、そうか。やっぱりか)」
エトルはルミナと同じように柵に座って同じ向きになりながら、ルミナの不調の原因を察していた。
それもそうだ。もういないと思っていた相棒が、急に出てきて助けてくれた。どういう感情になればいいのか、分からないのだろう。嬉しいということもあれば、またいなくなって寂しいというのもある。それ以外の感情だってある。
「……ごめん。ちょっと色々思い返しててさ」
誤魔化すかのような笑みで、ルミナがエトルにそう言った。
「……思い返してたって……やっぱり、相棒のことを?」
「そうだね。……今でもびっくりしてる。ウォフが守護霊になって護ってくれたことを」
ルミナは空を見上げた。星も何もない、ただ暗いだけの夜空だ。
だけど何処か、何かが見ているような。そんな感じもする。気のせいかもしれないが。
「……エトくんはさ」
「ん……?」
「……あれ、偽物だと思う?」
あれ、というのは十中八九ウォフのことだろう。ルミナは未だに迷っているかのような感じだ。
「本物に決まってますよ。ルミナさんの大切な相棒でしょう?」
「……ふふふっ」
ルミナが笑い出す。何かおかしなことを言っただろうかと、エトルはキョトンとした。
「いやごめん。だって神父と同じこと言ってるんだもん。……なーんで本物って言っちゃうんだろ」
「……ルミナさんは、疑ってるんですか?」
「……正直、ね」
足をパタパタさせながら、ルミナは俯いた。
「疑ってるよ。あれはウォフに似た偽物で、本物はもういない。……そんなの、自分が一番わかってるんだ」
「……」
「……なのにさぁ……2人が本物だって言っちゃうから、やっぱり本物なんじゃないかなって向き始めてるよ。……お人好しさんたちのせいで」
気持ちを入れ替えるかのように、ルミナは息を吐きだした。
「ホント周りお人好しばっか。キミも、神父も、シスターも……ウォフだってそう。自分に見返りないのに人助けしてさ。そうしないと生きていけないの?」
茶化すかのような、それでも真剣に質問しているかのように聞こえるルミナの声。
「……ルミナさんだって同じじゃないですか。僕を何度も助けてくれましたし、見返りも一切求めてない」
それを受け入れるかのような、優しいエトルの声。
「それに……僕は憧れているんです。冒険者に。その人たちに堂々と胸を張れるような冒険者になりたい」
そういってから、エトルはルミナの方に振り返る。
「もちろん、ルミナさんも僕の憧れの1人ですから」
「えぇ? 私が? 盗みばっかりで逃げてばっかり、冒険者になったのも何となくで済ませちゃった私に? 君の見る目、おかしくないかな?」
ルミナが顔を近づけて、エトルの瞳をじっと見た。
彼女がその瞳を、どんな風に感じたのかエトルには分からない。自分の評価は、きっと他人が決めることだから。
その評価を得るためには、これからも活躍し続けなくてはいけないだろう。そんな風に小さく決意するエトル。
そしてルミナは満足そうに顔を引いた後、未だに街灯の小さな光のみが照らしている街へと顔を向けた。
「……信じてみるよ。ありがとね」
「いえ……どういたしまして」
2人はお互いの顔を見ないまま、小さく笑ったのだった。




