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冒険と意思と心 その7

「ば……ばか、な……」


 司祭は唖然としていた。まさか倒されるだなんて思ってもみなかっただろう。

 たった2人と、1匹が増えただけ。にもかかわらずだ。


「くっ……」


 気づかれる前にこの場は退散しよう。そう思ってこの場から逃走しようとした司祭だったが、何者かに首を掴まれ、銃を横に突きつけられる。


「抵抗しないでよ。弾がもったいないから。……まぁ、抵抗するんだったらドカン、だけど」


 ルミナが楽しそうな、しかし真剣な声色で司祭に語り掛ける。観念したのか、司祭は両手を上げて降参の姿勢を見せた。

 それを見てか、ルミナは『何か』の声で詠唱して鎖を出すと司祭の身体に巻き付ける。念のため、逃がさないようにするためだ。

 その後彼女は祭壇の方に目を向けた。そこには子ども、クィスティの様子を確認しているエトルがいた。倒れたままのクィスティの首筋に触れたエトルは立ち上がってルミナを見る。


「大丈夫です。死んではいません」

「……じゃあ、間に合ったんだね」

「本当ですよ。……よかった」


 安堵の様子を見せたエトルに対し、ちょっとだけ呆れたかのように鼻息を1つして複雑そうな笑みを見せたルミナ。


「……お人好しすぎだって、エトくんは。下手すれば無実の罪で死んでたかもなんだよ?」


 からかうような言葉でそう言ったルミナに対し、エトルは首を傾げた後すぐに驚きの表情を見せた。


「……すっかり忘れてた」

「えぇ!!?」


 本当にそういう状況だったことを忘れていたエトルの顔と声に、逆にルミナが驚いてしまった。そのリアクションに更にエトルはびっくりして肩が跳ね上がる。しかし、どういうわけか思わずクスっと笑ってしまったエトル。

 何故笑ってしまったのかは分からない。ルミナの意外な一面が見れたこともあるかもしれないし、今まで驚かされてた側だった自分が驚かした側になったのもあるかもしれない。あるいはその両方かも、なんて思いながらエトルは口元を慌てて抑える。


 ふと、エトルはあるものを探すように辺りを見渡す。そして見つけた。少し遠くで『お座り』の姿勢で見守っていたウォフを。


「……ウォフ」


 同じように見つけたルミナが、エトルの隣に立ってウォフを見つめる。ウォフも同じように顔を向けて見つめる。

 ルミナの表情は何処か安心してるかのようで、今にも涙を流しそうに瞳が潤んでいた。


「……別に援護いらなかったけどさ。……私とエトくんのこと、助けてくれてありがとうね」


 満面の笑みを見せて、ルミナはウォフにそう言った。

 ウォフは何も言わない。クルッと姿勢を変えて何処か遠くに行こうとして。

 その背を見て、エトルは確信した。森で迷子になって追われていた時、ルミナの方へ導いてくれたのはこの狼であることを。


「……僕からも礼を言わせて。ウォフのおかげで今こうして生きている。本当にありがとう、ルミナさんの『相棒』さん」


 エトルが感謝の言葉を上げる、ウォフが少しだけこちらに顔を向けた。すぐに進行方向に向き直ると、軽く駆けると同時に風となって消えた。

 穏やかな風がこの場をゆっくり吹き抜ける。遠くから何かがこちらに来るかのような音も聞こえてくる。


「……あんのバカ。『どういたしまして』ぐらい言えないのかな」


 少しだけ悲しそうな彼女の声が、エトルの耳に入った。エトルは少しだけ笑みを見せただけで何も言わなかった。





 2人の元にやってきたのはアーディロと街の憲兵、それからガルーダ討伐に向かわなかった何人かの冒険者たちだった。

 エトルは彼らにそれまでの事情を説明した。人々は顔を見合わせたものの、割とすぐに受け入れてくれ、2人は気を失ったままのクィスティを抱え、アーディロと他数名と共に街へ戻ることにした。残りはルミナに撃たれて気絶した信者の治療や司祭から話を聞くために後から向かうことになった。


 ギルドに入ると、やはりと言うかクィスティの母親らしき人物が問い詰めてくるが、抱えられて気を失ってるクィスティを見てか大慌てで奪うかのように抱っこし、「急いで衛兵を呼びなさい」等とデカい声で騒ぎ立てていた。

 その間にエトルとルミナはカティエに、逃げ道を案内されるかのようにギルドの2階の個室に案内されて中に入る。

 中に入り、鍵を閉めた後にカティエはエトルから、それまでの情報を聞き出していた。



「……そんなことがあったのね」


 全て聞き終えたカティエは、呆れ半分と安心半分が入り混じったような顔を見せていた。


「あのねぇ……確かに探してくれたことには、こちらが代わりに感謝してるわ。でも、たった2人でそんなことするだなんて無謀にもほどがあるわよ」

「……すみませんでした」


 エトルは頭を下げて謝罪した。しかしルミナは口を尖らせていた。


「じゃああのまま憲兵にエトくん連れ去られてたらどうなってたわけ? 下手すれば死んでたかもしれないのに、何もせずに抵抗するなって言いたいの?」

「そうは言ってないじゃない……。ただまぁ……あの親だもの、否定は出来ないけど……」


 大きくため息をついて、カティエは一度話を途切れさせた。


「……エトル。貴方は街の外に出ちゃダメだって話はしたわよね?」

「……あ」

「もう何で忘れてるのよぉ……誰かさんに影響されちゃったのかしら……」


 誰かさん、というのは十中八九ルミナの事だ。言われた本人は「一体誰の事だろう」と首を傾げてとぼけてる。

 そんなあまりにも自由すぎる2人に、カティエは頭を抱えた。ルミナはともかく、エトルに関しては真面目だと思っていたので意外すぎるのもあるかもしれない。


「とにかく……今回は約束を破ったからそこは弁護のしようがないわ。エトル。処罰だけは覚悟して頂戴」

「……はい」

「それと……」


 カティエは切り替えるように顔を伏せた後、顔をあげた。その表情は、2人の功績を称えるかのようにも見えた。


「……無事に帰ってきてくれて本当によかったわ。お疲れ様、エトル、ルミナ。……それと、この場にいないウォフも、ね」


 カティエが優しい声で2人にそう言った。エトルの内から、充実感が込み上げてくる。それに耐えきれず、思わず笑みを浮かべて頷いたのだった。






「……そんなことがあったのですね」

「うん」


 教会に帰ってきたルミナは、神父にそれまでの出来事を話していた。傍らには紅茶とスコーンがある。もちろん、神父が無事に帰ってきたルミナを労うために用意したものだ。


「あの子どもは無事なのを確認されて、親に引き連れられたとだけ。信者たちの処罰も……まぁ軽くはないだろうね。誘拐には変わりないんだし」

「それで、エトルさんは?」

「エトくんは……帰ろうと思ったら『急に眠気が』って言ってフラついててさ。今頃ギルドの医務室のベッドで寝てるんじゃない?」

「……確かに、彼にとっては恐らく初めての大冒険でしたものね。そして、ルミナにとっても、久しぶりの冒険だったのでは?」


 まるで親のように語りかける神父に対し、否定はしないような顔でルミナは笑った。


「……それにしても……どうしてウォフが……何でまた現れたのかな」


 少し落ち込むかのようにルミナがポツリと言った。


「それについてですが、恐らくですが……」


 神父は何かを思い出すかのように、アゴに片手を添えながら話した。


「『守護霊』、という存在として記録されたからでしょうね」

「……『守護霊』? 何それ?」

「そうですね……簡単に言ってしまえば、『大切な存在を呼び出して支援してもらう』、魔法みたいなものともいえます」

「魔法? 私の使ってるのは魔法じゃないし、魔法使えるわけでもないよ」


 ルミナの言った通り、厳密にはルミナの魔法は魔法ではない。それに近い違う何かである。魔法が使えるわけではない。


「いえ……こちらもルミナのような『魔法に近い魔法』とは似たような存在です。ただ誰でも使えるというわけでもありません。1人の人間と1匹の動物で、長い時間と長い年月をかけて道具に感情や活動を込めていく……。言っていることは簡単そうに聞こえますが、少しでも邪な感情などが入るとその時点で宿りませんし、本当に宿ったのかどうかも確認できるわけではありませんから」

「……それが、守護霊ってこと?」


 ルミナは言われたことをじっくり噛みしめるかのように、スコーンを1つ頬張りながら神父に訊く。神父は肯定するように頷いた。


「それぐらい、貴女がウォフの事を大事に、大切に思っていたのです。……辛いことも、悲しいことも、楽しいことも、嬉しいことも。共にした大切な関係であることは言い切れます」

「……ただ、それってつまり……ウォフに似た何かってことでもあるの?」


 そのルミナの問いに対しては、神父は難しそうな表情で唸った。


「そうかもしれませんが……そうでないかもしれない。実際、先ほど挙げた例も守護霊が宿る1つの例にしかすぎません。唐突に知らない守護霊が出てきた例も確認できますから、貴女が見たのはウォフではないかもしれない」

「……そっか」

「ただ……」


 神父が一言区切って、ルミナを見つめる。不思議そうな表情でルミナは神父を見た。


「ルミナの見た狼はウォフであることは間違いありません」

「……さっき偽物って言ったのに?」

「本当に偽物なら、ルミナを手助けするはずがありません。……違いますか?」


 神父の言葉には、ルミナは顔を俯いただけで何も言わない。

 問わなくても分かる。感情の整理も出来ていないし、答えもぐちゃぐちゃで分からない。

 それについては、神父は何も言わない。正解なんてないのだから。だけども神父は心の内で、強い決意をもってこう思っている。「その守護霊はウォフであること」を。


「……今日はもう疲れたでしょう? ゆっくり休んで身も心も落ち着かせましょう。……お皿はそこに置いといてかまいませんよ。後で片付けますから」


 そういって、神父は奥の扉から姿を消した。


 ルミナは俯いたまま、何も言わないままだった。

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