楽しみの初めて その1
初めは神から生まれた小さな『点』だった。
『点』は思い思いに『点』を生んでいった。
次第に『点』は『点』を憎み、互いに消そうとした。
やがて『点』は気づいた。消したところで何が残るのだろうか。
『点』は『線』を少しずつ伸ばしていき、そして『線』は『点』を繋ぐきっかけになった。
『点』と『線』はやがて『形』となり、『世界』が生まれた。
これはこの世界に伝わる『詩』だ。『点』は種族を、『線』は関わりを、『形』は場所を表している。
それを示しているかのようにこの世界には多数の種族と町や村が点在している。
種族は様々だ。例えばエトルやルミナは『ヒュム』と呼ばれる、これといった特徴のないのが特徴な種族だ。対してウィーゼは『ムスラル』と呼ばれる、ヒュムよりも長身でガッツリした体系の人物が多く、肌の色が異なる種族だ。他にも背は低いが大柄な『ドワーフ』、耳が長くて長身が多い『エルフ』などがいる。
その中でこの城下町、『フルーラ』は人口が多く、様々な種族が行き交っている。メインとなる大通りは明るく、店も多数ある。
全てを受け入れ、全てを繋ぐ。それがこの町のモットーだ。
ルミナから不思議なことを言われてその次の日。太陽が昇ってまだ浅い時間、エトルは宿舎から出ると広場を経由してギルドへ向かう。
朝、ということもあって周りはまばらではあるが、皆忙しく動いている。ある人は荷物を運びながら、またある人は軽く走りながらと、種族がそれぞれであるように動きもそれぞれだった。そんな人々をエトルは見ながら、昨日の出来事を思い出していた。
昨日はゴブリン討伐を、ウィーゼに見守られながらという条件だが一人でこなし、帰ってきたところでルミナと遭遇。いつものように追いかけて返してもらいギルドに帰還。その後は行きつけの酒場で祝いのパーティをしてもらい、夜の広場でルミナと出会った。
そしてルミナから「依頼に付き合う」と言われた。
騙されやすい彼でも流石に考えていた。彼女はからかうのが好きな人だ。だからいつものように冗談で遊ばれていたのかもしれない。
ただそれならあれは何だろうか? そう思ってエトルはポーチに手を触れる。触れたポーチの中には、その夜に貯金袋に入っていた緑色の原石がある。恐らくルミナが入れた、あるいは何らかの形で入ってしまったものだ。
とりあえず今日は依頼の確認をした後、この石を返しに行こう。そんな風に思いながら足を止めた。目の前にはギルドの扉がある。一度息をついてからエトルは扉を開けた。
「こんにちは……あれ?」
エトルは見た。カティエとウィーゼが何やら話している姿を。ウィーゼは後ろを向いているため分からないが、カティエの表情はどことなく固かった。
今お取込み中だろうかと思い、エトルはカウンターから少し離れているベンチに座ろうとしたがそれよりも前にウィーゼが声をかけてきた。
「ようエトル。なんだよ、今日も依頼受けるのか?」
「ウィーゼさん……おはようございます。確かに何かあれば受けようかな、とは思ってたんですけど……」
二人で何を話していたか、までは言えずに言葉を詰まらせる。真面目に見えたのか、ウィーゼはカウンターに寄りかかりながらため息をついた。
「ちっとばかしは休んだらどうだよ? いちいち依頼受けてたら身体持たないぞ?」
「そういうあなたはもう少し威厳を見せたら? 先輩なら先輩らしく、堂々とね」
カティエが横から口を挟んできた。「どうせ俺は真面目じゃねーよ」と言わんばかりに肩をすくめるウィーゼ。
そんな彼を横目に見ながらカティエは分厚い本を取り出し、ページをめくり始めた。この本は様々な人たちからの頼み等が書かれている、いわば依頼を纏めた本だ。こちらは「急ぎではないが困っていること」を纏めている。ちなみに急ぎの依頼の場合、本には書かれずに掲示板に随時張り出されていることが多い。急ぎの依頼はある程度腕の立つ冒険者が受けることが必要不可欠とされており、エトルのようなまだ知名度も実力も低い冒険者はカティエ等、受付の人から依頼をもらう必要がある。
カティエはページを何度もめくり、そして手を止めた。そのページをエトルに見せながら説明し始めた。
「これはどうかな? この近くにある鍛冶屋のゴルダさんからの依頼でね、鉱石が減ってきたから『タフト山岳』からある程度鉱石取ってきてほしいという依頼なの」
「『タフト山岳』……というとここから馬で片道約30分ぐらいのあそこの山、ですよね?」
「そ。あそこの山の鉱石はそこそこ良いのが多めに取れるからね」
そんな風に説明するカティエだが、「けどよ」とウィーゼは口を出した。
「あそこの山のマモノってここら周辺よりちょっとだけ強いよな。それをエトル一人で行けってか?」
「確かに周辺に比べても、ね。一応単独相手なら相手しても恐らく平気だけど、やっぱり不安というか……」
「俺も別の依頼に向かう必要があるから今日は同行できねーし……」
頭を悩ませる二人。エトルは少し迷ったが、ゆっくりと手を挙げた。
「行きます」
「でも……」
「依頼、なんですよね? ゴルダさんには来たばかりのころにお世話になりましたし、こういうのは少しでも早い方が喜ばれますし」
「そうは言うけど、他に付き合える人がいたかしら……?」
「それは……」
いない、という前にふとルミナのことを思い出した。無意識にポーチに手を触れる。
「……一応一人います。ただ話してみないと分かりませんから、本格的に受けるのはまた後で、でいいですか?」
「うん? 宛てって誰かしら?」
「……ルミナさん」
エトルがその名前を出した途端、ウィーゼとカティエは顔を見合わせた。二人にとってもちょっと意外だったのかもしれない。
「あの子、引退したって話はしたよね? だから話に言っても……」
「いや実は……昨日の夜にルミナさんと会ってまして。それで、依頼に付き合うから呼んでほしい、と」
それに、とエトルはポーチに触れながら一度息をつく。
「僕としても、教会に行く用事がありますし、そのついでに聞いてみる感じです」
「ルミナがね……」
カティエは何かを思い出すかのような表情になる。ウィーゼはちょっとだけ息をついてからエトルに言った。
「まーあいつのことだ。どうせただの冗談かもしれんが」
「そう、ですよね……」
「けど気に入られているみてーだし、案外通じるかもしれんな」
呆れるような顔でウィーゼは言う。彼も何か思い当たる節があるのだろうか。エトルはちょっと複雑そうな顔で頭をかいた。
そしてふと思った。どうして気に入られているのだろうかと。まだこの町に来て1か月程度というのにルミナは何故自分に興味を示しているのだろうか。
対して強くもないし、何かをした覚えもない。宛てなんてあるはずもない。石の件といい、よくよく考えると不思議な感じだ。
「……とにかく、ちょっと聞いてきます。依頼を受けるかどうかはその後でも大丈夫でしょうか?」
「……そうね。ダメだった時も考えて別の依頼を探しておくわ」
「ありがとうございます。じゃあ、ちょっと行ってきますね」
そういってエトルはギルドを後にした。
穏やかな空気が流れるこの場所でウィーゼはまたため息をついた。
「お気に入りねぇ」
「……なんか、ルミナが楽しそうでよかったわね。エトルは面白い、って認識なのかしら」
「案外、そうかもしんねぇな」
ハハッとウィーゼは軽く笑う。そしてすぐ真剣な表情を見せた。
「で、さっきの件なんだが―――」