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冒険と意思と心 その5

 ルミナ等が言っていた、街の近くの遺跡はそこまで大きくはない。建物も朽ち果ててて、かろうじて丸い型の広場らしき場所とその少し先に祭壇のような場所が確認できるだけだ。石畳の隙間から雑草が生えていて、かなりの年季を感じられる

 その広場の先の祭壇らしき場所。そこには3人のローブを着た信者と1人の子どもがいた。


「ふーん。ここで立ってれば僕は冒険者に成れるんだ」


 身なりの良い子ども、クィスティは偉そうに腕を組んで、祭壇の中央に描かれているサークルを見ながらそう言った。


「もちろんですよ、さぁ、どうぞ」


 信者の1人、帽子をかぶった老人が促してくる。恐らく司祭だろう。クィスティは何の疑いもせずにそのサークルの中央に立つ。


「いやぁこちらとしても本当に助かる。なかなか人が来なくて困っていた我々に声をかけてくださり、本当にありがたい限りだ」

「そりゃあ、僕は冒険者になれるすごい人間だからね。もちろん、おじさんたちの言う通りしんこー? ていうのを広めてあげるよ」

「いやー! 流石、冒険者の器だ! これならきっと、立派に語り継がれるでしょう!!」


 老人はわざとらしい仕草で両手を広げ、笑顔を歪ませる。


「えぇ。語り継がれますとも。街にも歴史にも、我々の教団の1ページにも―――」


 描かれたサークルが禍々しく光りだす。嫌な空気が流れ込む。


「貴方の所業は描かれるでしょう……新たな歴史の始まりとして」


 司祭が笑みを浮かべる。計画通り、事が上手くいった、と言わんばかりに。


 その時だ。突然銃声が2発聞こえてきた。同時に信者の1人がうめき声と共に倒れる。


「何者だ!」


 撃たれていない信者がその音を探るために振り返った。返答代わりと言わんばかりに更に2発の音が聞こえ、撃たれた信者は倒れた。


「……全く、嘆かわしい。何も言わずに武力で解決しようとは」


 その司祭の言葉も聞かずに、更に2発の銃声。それを司祭は腕を払って魔力の障壁を貼り、銃弾を防ぐ。


「一応謝っとくよ。何も言わないで行動するのは私の十八番だから」


 司祭の視界の先の広場。そこには銃を持ったシスター服の女性、ルミナと、ローブを脱ぎ捨てて軽装になっているエトルがいた。


「……どうして、こんなことを」


 エトルは怒りを抑えるかのような、静かな声で司祭に言う。


「もちろん、我が教団に信者たちを増やすが故。無力なる者にも等しく、力を与えようとしている」


 言っている意味は何となく分かってしまう。人間で戦える人は多いが、そうでない人もいる。ではどうすればいいか? 回答は多くある。それもその内の1つなのは確かだ。


「……エトくん。聞かない方がいいし、共感しなくていいよ。やり口が汚いのは言い逃れ出来ないし」


 冷たい声でルミナは隣にいるエトルにそう告げた。エトルは返答代わりに手に持っていた小剣をぎゅっと握りしめる。


「一度見たことあるんだよね。こうやって人を誘拐して、こんな風にして。その時は別の事優先だからその先は一切見たことないけど、何となく予想は出来るよ」


 ルミナは素早く銃弾を再装填し、もう一度銃口を司祭に向ける。


「……何か呼ぼうとしてるでしょ。街1つぐらい荒らせる何かを」

「……ふふふ。訂正してもらおう。我々こそ、穏便に済ませたいので荒らすことはしない。ただ―――」


 その時。司祭の背後にある祭壇の上から、禍々しい目のような何かが浮かび上がる。その目が、何かを呼び起こさんと光出す。2人は思わず目を伏せて直視しないようにする。


「―――象徴を見せたいのだ。圧倒的な、象徴を!!」


 禍々しい光が、爆発する。

 その目らしきものにあったところに、魔物が現れた。


「……なっ!?」


 目を開けたエトルは驚いた。まさか魔物を呼び出すだなんて、見たことも当然ないし聞いたこともない。しかし魔物、というにはそれはあまりにも不気味だ。

 その魔物は、鳥の骨格で構成されていた。しかし肉や羽の代わりに、藍色のスライムのような固体がその骨の周りに纏わりついていた。大きさはざっと見ても3mはあるだろう。


 それは魔物、というには片付けづらい。化物、というのが正しいだろう。


「……流石にヤバいかも、あれ」


 流石のルミナも少しだけ落ち着かない様子で、彼女持つ銃の先が、司祭から化物に変わる。


「……エトくん。逃げてもいいんだよ。逃げたところで誰もキミを責めたりしないから」


 励ますわけでも、冗談を言ってるわけでもない。ただ本心でエトルにルミナは告げた。


 確かに危険だ。嫌でも全身が震えようとしている。それを内側から押さえつけて必死にこらえている。立っているだけでも精いっぱいな感覚だ。


 でも。


「……流石にルミナさん1人で置いてくわけにも行きませんよ」


 エトルは剣を一振りして鋭く呼吸をして構える。相手は単独とはいえ未知数だ。だけどここが踏ん張り時でもある。

 今までの礼を返すなら、きっと今だ。例え自分の攻撃が効かなくても、彼女が攻撃を加えられる隙さえ出来れば十分だ。エトルは自分にそう言い聞かせる。


「……愚かな」


 化物に戦闘態勢を取っている2人に対して、嘲笑する司祭。


「まぁいいでしょう。『愚者が立ちはだかり、哀れにも命が消えた』とだけ書かれるのですから!!」


 その司祭の声に反応するかのように、化物は雄たけびを上げる。その声はカエルに非常に似ていたが、比べ物にならない身の毛もよだつような唸り声だ。


 化物が突進してくる。速い。2人は咄嗟に飛び退く、その2人の所にいた場所に化物の鋭い突進が炸裂した。地面をえぐる。


「……直撃したらただでは済まない……けど!」


 エトルは両足で強く地面を蹴り飛ばし、怪物に突進、至近距離に到達すると同時に全体重をかけるかの如く片手で剣を振り下ろす。

 ベチャリ、という音と共に腕から嫌な感覚が伝わる。効いていないのかは分からない。

 瞬間、怪物が身を翻しつつ、エトルを弾き飛ばす。吹き飛ばされたエトルは地面に激突した。


「つっ……!」

「大丈夫!?」

「はい……! これぐらいなら!」


 エトルは素早く立ち上がると、空中から旋回しつつ様子を伺う怪物の場所を確認し、ルミナの前に立つように盾を構える。


「……ルミナさん。ここは僕が引き受けます。攻撃をお願いしてもいいでしょうか?」


 ルミナの前に立ったエトルは、怪物を視界に捉えながらそう告げた。


「ん……りょーかいだよ」


 頷く代わりに返事をしたルミナは一度銃を下ろし、持っていない方の手を自身の胸に当てて気持ちを落ち着かせる。


「―――爪痕(クロピン)刻め(カウオ)爪痕(クロピン)刻め(カウオ)連なれ(ラウシュル)刻め(カウオ)


 自身の『何か』を振り絞るかのように、深淵から伸ばすような声で詠唱した。すると怪物めがけて、爪痕を思わせるかのような複数の斬撃が虚空から化物に向かって伸びていった。

 斬撃の1つが当たる。怪物はよろけたが、更に複数の斬撃は次々と躱されてしまう。


 反撃、と言わんばかりに怪物は唸り声をあげる。すると怪物の周囲に泡のような魔力が浮かびあがった。

 怪物が翼を大きく一振りする。同時に無数の泡が2人にめがけて飛んでくる。弾速が速い。速すぎる。避ける余裕もない―――!


「ルミナさん! 伏せて!!」


 エトルの叫び声と同時。魔力の泡が2人の周囲に着弾し、爆風を伴った。周囲から殴打されるような痛みが容赦なく襲う。

 爆発が晴れた頃には、エトルはダメージを蓄積してしまったのか、よろけて片膝をついてしまう。


「……あぁもう! 無茶しすぎだって!!」

「くっ……。ルミナさんは……」

「私は無事! ……エトくんがかばってくれた―――おかげでねぇっ!!!」


 普段の彼女から想像もつかないような怒声と共に、ルミナは怒りをぶちまけるかのように地面を踏みつける。

 ただの八つ当たりではない。自身のイメージをより強くするための必要な動作だ。


「―――穿て(スケイア)鋭利(シャルプ)無数(コウティス)伸びろ(グロウィ)穿て(スケイア)刺せ(ペントラス)


 『何か』が空間に響く。ルミナの周囲の地面から無数の巨大な針が怪物目掛けて飛ばされる。


 怪物はそれを躱すかのように飛行するが、ルミナがもう一睨みすると同時に更に針が、怪物の飛行先へと飛ばされた。大量の針が容赦なく怪物に刺さる。怪物は大きくよろけた。


「……っ!」


 その一瞬。嫌な空気が怪物から発せられる。怪物が反撃と言わんばかりに嘴に魔力の奔流が溜まっていく。

 まずい。阻止しなければ。しかし詠唱は間に合わない。素早く判断したルミナは銃口を怪物に向かって素早く向ける。

 そしてトリガーを引く―――よりも先に、怪物の嘴から拡散弾がルミナに向かって放たれる。

 回避するため、そして狙いが自分だと分かったルミナはエトルに当たらないように飛び退いたが、拡散弾は大きく曲がり、ルミナを追跡する。間に合わない。

 魔力の弾丸が、容赦なくルミナを撃ちつけた。


「あぐぁ……っ!」

「っ……! ルミナさんっ!!」


 倒れたルミナに、ポーチにあった回復薬を取り出して大慌てで駆け寄るエトル。ルミナは痛みにこらえるかのように顔を歪ませている。


 その様子を見て、エトルは恐怖を覚えた。腕が震える。あれだけ強いと思ったルミナが苦戦するような相手だということを、嫌でも理解してしまった。


「―――だから愚か、と言ったでしょう?」


 遠くから司祭の声が聞こえる。


「ですが私としても命までは奪いたくはありません。後世に伝えるためには、伝えるための人間が必要なのですから」


 勝ち誇ったかのような司祭の歪んだ声が耳につく。


「大人しく我々の教団につけば、今までの愚行は許してあげましょう」


 その言葉に、ハッとなって目を見開くエトル。


「……お願い……逃げて」


 目の前の、ルミナの言葉が響く。


 確かに自分では(かな)いそうにない。この場で選択肢は1つだけだ。大人しく指示に従うだけ。


「……ルミナ、さんは?」


 震える声で、エトルはルミナに訊く。


 ルミナの返事はなかった。ただエトルに笑いかけただけで、それ以上は何も言わなかった。



 ―――あぁ。そうか。ルミナさん、僕に「逃げろ」って言ってるんだ。僕よりも強くて、冒険してきた元冒険者のシスターさんが言っている。きっと、それが最適解なんだ。



 剣を握りしめる。何も出来ない自分を、今すぐ突き刺してやりたいと。


 そう思いながら、振り返る。



 そして、今できる精いっぱいのことを。この場で、決めた。



「……なに、してるの?」



 ルミナの声が、背後から聞こえてくる。



 ―――両手を精いっぱい広げて、ルミナさんをかばってる僕の後ろで。



「……お断りだ。ルミナさんが教えてくれた、やり口が汚い教団につくことも。ルミナさんの言う通りに逃げることも」



 ―――僕は日記を書き続けたい。精いっぱい生きて、冒険者としての人生を書き続けたい。



「……続けたいけど」



 ―――あこがれの人を置いて逃げたと書けるわけがない。

    こんな僕のためにお手伝いしてくれている、優しくて元気で明るくて、冒険者であるシスターさんを見捨てて書いた日記はいらない。

    そんなの書くぐらいなら……!



「……僕が、ルミナさんを護りますよ。ルミナさんの足なら、きっと逃げ切れますから」



「…………なんと、素晴らしい自己犠牲」



 司祭の言葉が、敬意を示すかのような声色で響く。



「……やめてよ、そんなこと」



 ルミナの願いが、エトルに届く。



 エトルはただ、ルミナに振り返って微笑んだ。



 今の彼に、恐怖はこれっぽっちも感じていなかった。ただただ、満たされた感情だけが、彼には会った。



「えぇ。いいでしょう。この場は彼の犠牲だけで済ませましょう。……さようなら。冒険者」



 怪物が、トドメを刺そうとエトルに突っ込んでくる。



 エトルは、ただその場でルミナをかばう姿勢を保ったまま、怪物を見据えていた。



 それだけだった。



 ―――あぁ。ここで終わるんだ。でも、これは自分で決めたことだ。そこに『間違った』なんて思ったことはない。ただ、後悔だけは2つある。



 もっと日記を書き続けたい。ルミナさんといろんな話をしてみたい。



 もう、叶わないけど―――





 ―――ォォ





 トドメを刺される寸前。突然暴風が吹きすさぶ。その風に、怪物の動きが止まり、上空へと吹き飛ばされた。



「……え?」



 ―――オォォ



 暴風に混じって、狼の遠吠えが木魂する。



 やがて暴風は、エトルの隣に集まってくる。確かにめちゃくちゃな強さだ。でも体勢は一切崩れない。まるでその風は、エトルとルミナを護っているかのように。



 そして気づいた。エトルのボーチから緑の光が漏れ出していることに。誰に言われるまでもなく、エトルは光っているものを取り出した。緑色の、何もないはずの原石(お守り)だ。



 同時に暴風がパッと止む。その中心には、淡い緑の毛を纏った全長2mありそうな巨大な狼がいた。



「……ウォフ?」



 その狼の姿を見て、ルミナからかつての『相棒』の名前が漏れ出した―――。

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