冒険と意思と心 その4
信者2人の追手から逃げ帰るかのように、教会に戻ってきたルミナは教会の扉を開いた。中には神父とエトルがいた。
「ルミナさん! おかえりなさい!」
「ただいま、エトくん。……とりあえず持ってきた情報を共有しとくね」
ルミナはエトルに、ギルドで起こっていること、信者2人から得られた情報を話した。
その間に神父は先ほどと同じように紅茶と小さなスコーンを持ってきてくれた。
このスコーン、どうやらルミナのお気に入りらしく、彼女はそれを見るやひったくるかのようにつまんで口の中に放り込んだ。それを食べてルミナは満面の笑みを浮かべる。
「エトルさんも、どうぞよろしかったら」
神父に促されて、エトルもお礼を一つしてから一口食べる。素朴な味だが、嚙むたびに麦と牛乳の味が広がっていく。不思議と何処か落ち着くような感覚だ。
「えへへ。これ美味しいでしょ? 味は薄いけど、寧ろそれが良いんだよね」
「はい。とても」
感想を言い合って、2人は軽く笑い合う。
少しだけその味を噛みしめた後、エトルは真剣な表情になる。
「カティエさんが今どうにか説得してくれてることと、その遺跡に向かったこと……とにかく、早くその遺跡に向かわないといけないんですよね」
「そうだね。……もちろん後でギルドとかにも報告しとくよ。そうすればエトくんがやったって疑いは晴れるし」
「そうですね。本当にありがたいです。……それに、僕自身は街の外への外出は禁止されてますし……」
言われてルミナは「あぁ」と声をあげた。それなら仕方ない、と言わんばかりに片目を瞑る。
「確かにこれ以上やってくれたんだし、後は他の人に任せちゃえばいいもんね。よくやったよ、エトくんは」
「……そんなことないです。ルミナさんがいなければ行動も出来なかったし、情報だって集まらなかった。……何も役に立ってないですよ、僕」
落ち込んだ表情でエトルはそう言った。声に悔しさがにじむ。
言った通り、全てルミナが動いてくれたおかげだ。自分は何もしていない。それどころか重要な手がかりだって集められなかった。何かに頼るしかない自分がみじめで、嫌になる。
そんなエトルを見て、ルミナは優しい表情で首を横に振った。
「ううん。エトくんが行動しなかったら私も行動しなかった。私はエトくんのお手伝いさんだからね。本当にすごいのはエトくんだよ」
ニッコリと笑みを作りエトルを励ますルミナ。エトルは複雑そうな表情だ。
「……とにかく、ちょっとギルドに報告してくるね。そうすれば……」
何か言いかけた直後、ルミナの動きが止まる。何だろうと、エトルはルミナを見たが、すぐにルミナは着ていたローブを脱ぎ、エトルに乱暴にかぶらせた。
「うわっ……!?」
「……誰か来たから静かにしてて」
ルミナは真剣な様子でエトルにそう言った。エトルは素直に指示に従い、かぶられたローブを改めて羽織る。
その直後、教会の扉が開いた。扉の先から軽鎧に身を包んだ、フルーラの憲兵が3人入ってくる。
「おや……憲兵さんがこんなところに。何かご入用ですか?」
神父の問いに、真ん中にいた憲兵が1歩進んでから答えた。
「ここに、冒険者が来た可能性があるという情報を受けてやってきました。名前はエトルというのですが……知ってますか?」
「いえ。知りません。……彼が、何かしましたか?」
神父がもう一度問う。先ほど質問に答えた憲兵が言う。
「それについてはお答えできませんが……上層部のエルシュデル家の方からの要請で、彼を連れてくるようにです」
「……私からも質問していい?」
そういってルミナが、フードを被っている人物から少し離れてから聞く。「どうぞ」と促す憲兵。
「連れていってあげてどうするつもりさ?」
「……それは我々が決めることではありません。決定はエルシュデル家の方ですから」
その答えに、エトルとルミナはこう思った。エトルを問い詰めて、最悪無実の罪で処刑しようということ。
エトルの手から、嫌な汗が出てくる。怖い。何故自分がそうならなくてはいけないのか。自分が何をしたというのか。やり場のない感情を、両手を握って抑える。
「……ところで、そのローブを被っている人物は一体?」
真ん中の憲兵ではなく、ルミナ達から見て右にいた憲兵が質問してくる。
エトルの身体が大きく跳ね上がりそうになる。それを必死にこらえ、平常心を装う。振り返らないし、声も挙げてはいけない。
だが下手に行動すればすぐに怪しまれる。何もできない。
「(……どうして、僕は何も出来ないんだ)」
ずっと任せっきりだ。自分は何もできない、どうしようもない人間。
何かに頼るだけの、弱い自分がとても嫌だった。
寧ろこのまま、姿を見せて捕まった方がいいのでは? エトルの脳裏に囁かれる。
どうせ、後は自分無しでもなんとかしてくれる。これ以上迷惑かけるぐらいなら、ここで諦めた方がいい。
ゆっくりと立ち上がる。そして振り返ろうとして―――
「……ごめん。神父」
突然、小声でルミナは神父を呼んだ。神父はそっと目を瞑る。
その行為は、今から起こす事を許すかのように。
「それが貴女の信じる道ですか。……勿論、堂々と進みなさい」
「……うん。ありがとう」
安堵の表情で、ルミナは神父に感謝する。そしてルミナは獲物を見定めるかのように憲兵たちへと人差し指を突き出す。
「―――落ちろ、鋼鉄、大きく、大きく、落ちろ」
ルミナが『何か』の声で詠唱すると、ルミナ達と憲兵の間を遮るように、以前よりも一回りも大きい鉄球が落ちる。
「―――暗闇、広がれ、丸く、広がれ」
更にその鉄球から中心に、漆黒の霧が広がっていく。憲兵たちはパニックになっていく。
「ほら、行くよ!!」
ルミナが漆黒の霧に向かって駆け出していく。ルミナの姿が見えなくなる。
「……彼女の事、信じているのでしょう? だとしたら、やることは1つですよ」
神父の言葉が、エトルの耳に、否、心に入る。
そうだ。信じてる。何も出来ないから、今はルミナを信じるしかない。
「……ありがとうございます!」
ルミナの後を追うかのように、エトルもその漆黒の霧へと突っ込んでいく。目の前が一気に暗くなる。暗闇の中を駆け抜ける気味の悪い感覚が、ローブの中からでも分かる。
それでも―――。
「行くしかないんだ……!」
何かに肩がぶつかったが、今はいちいち気にしていられない。霧を抜け出し、石橋を走る。ルミナが少し遠くに見え、エトルも食らいつくかのように追いかける。
「エトくん! このまま街の門まで走るよ!」
「はい!!」
ルミナの先導のまま、エトルは街を駆け抜ける。人々の驚く顔が視界の横でチラリと移る。こんな平和な中、ちょっとした騒ぎが起きてるのだ、見られても同然だろう。
普段の自分なら、きっと恥ずかしくなることだろう。だけど今は違う。
不思議だった。今の状況は決して良くはない。寧ろ少しでも止まりさえすれば悪化するようなこの状況。走るしかない、それだというのに。
「……すごく、楽しく感じる」
思わず、笑みがこぼれてしまう。危機的状況すらも楽しんでいる自分に、驚いているようにも、呆れているようにも、同調しているようにも思える。
「随分楽しそうだね、エトくん」
ルミナが、後ろを振り返りながらエトルに向かってそう言った。エトルははっとなって、慌てて口元を腕で抑える。ルミナは笑いこらえるような声を少しだけあげた。
街の門の前にたどり着く。門は開いている。エトルとルミナは停まっていた馬車を1台見つけて、その騎手に「急ぎの用事だから」とだけ告げて馬車に乗せてもらった。ここから街の近くの遺跡までは徒歩では時間がかかる。ならば馬車に乗って行った方が、走って消費したスタミナを元に戻すついでに速い。
幸いこちらにまでは憲兵たちの情報は回っていなかったようだ。これ幸いと、思った2人だったが。
「……やば、遠くから声聞こえてきた」
遠くに耳を澄ませていたルミナはその方向を見る。確かに遠くから、憲兵がこちらに向かって走ってるのが見える。
「すいません! 急いでください!」
エトルが慌てて騎手に声をかける。しかし同時に遠くから、「そこの馬車! 停まりなさい!」と言う声が微かながら聞こえてきてしまい、騎手もどうしようかと戸惑っている。
「ほら、急いで行ってやれよ。ここは俺が理由を話しとくから」
突然、誰かがその騎手に声をかける。その声に動かされた騎手は手綱を一振りして馬車を発進させる。荷台がガタリと動き、エトルはバランスを崩した。
馬車が速度を上げながら門を出る。エトルは素早く身体を起き上がらせて、その声の主を見た。
「……アーディロさん! ありがとうございました!」
エトルに声を掛けられたアーディロはこちらを振り返らないまま、片手を振った。
その手は何処か、2人の旅路を祈るかのように。




