冒険と意思と心 その3
長椅子に座ったエトルとルミナ。ルミナは2週間ほど前の謎の老人のこと、その老人がそのプレートを持っていた雨の日の出来事を話した。その間神父は奥へと再び姿を消した。
「……それって、つまり洗脳じゃ……」
聞き終えたエトルは、血の気が引いたような顔でそう呟いた。ルミナは少し考え込むような仕草を見せる。
「だからやり口が汚いって噂は聞いた。魔法とかでパッとするんじゃなくて、獲物追い詰めるみたいにじわじわとやってくるから、『これは洗脳ではない』って言い分も出来るってこと。……まぁ、私も詳細は知らないんだけど」
「知らないけど、ルミナさんは知ってるんですよね……?」
その言葉に対して、少し目を泳がせた後にわざとらしいため息をついたルミナ。
「昔ちょっとね。ある用事でその教団の内部に入ることがあったから……」
「それって……依頼で?」
「まぁそうだね、そんな感じ」
「……?」
エトルにはいつも通り、平然と装っているように見えるルミナだったがが、どこか挙動不審のように見える。何か事件があったのだろうか。
とはいえ今重要なのはそこではないし、神父も言っていた通り、関わっているのはあくまで『可能性』の話だ。タイミングは単なるだったこともありえる。
「……とにかく、また情報収集ですね。有力な話が聞ければいいけど……」
「それについてですが……」
神父が奥の扉から姿を現す。神父はティーカップを持ってやってきた。ティーカップから、レモンのいい匂いがする。
「一番有力なのはもう一度その人たちに尋ねてみることですね。とはいえエトルさんがまた聞きに行けばトラブルもありえるかもしれません。……ここはルミナに任せるべきでしょう」
「えぇ? 私?」
仕事を押し付けられたような口調だが、意外にもその顔は「やっぱりね」と言わんばかりに口元に笑みを浮かべていた。
「しょーがないか。私はエトくんの手伝いだし、エトくんが解決しようとしてるんだからね」
「……ごめんなさい、ルミナさん」
非常に申し訳なさそうに謝るエトルだったが、問題はないと言わんばかりにルミナは首を横に振った。
「だいじょーぶ。気にしてないし、寧ろ私も結構楽しんでるし。……あぁ、ついでにギルドに向かって様子見てくるかな。ローブ借りてくねー」
ルミナは神父にそう告げると、内陣から奥へと姿を消した。
それを見て、エトルは決意を新たに秘めるかのように立ち上がったが、神父に声をかけられる。
「エトルさんは一度休まれた方がよろしいかと」
「え? でもルミナさんが行動してるのに僕が動かないなんて……」
「仮にもしですよ? もしその貴族の親やそのお付きの方に貴方の姿が見られたらどうなりますか?」
「……確かに、無理やり同行されるかも」
少なくても30分以上は経過している。しかしまだギルドに向かってはいないから疑われてる可能性だってあるし、怒りが収まってるとは思えない。もしかしたら他の人も巻き込んで自分が追われてる可能性だってある。そうなったら捜索することは出来なくなるだろう。
「そうですね。ですからここはルミナに任せましょう。……あんな風に見えて、ルミナはとても信頼できる子ですから。……どうぞ、これを」
そういって神父はカップをエトルの近くに置く。カップの中は黄色い紅茶だ。
「……ありがとうございます」
一言、お礼を言うとエトルはカップを持って一口飲む。ほのかに温かく、優しい酸味と苦みが身体にゆっくりと伝わるのが分かる。
ルミナはこちらには来なかった。どうやら裏口から出て行ったようだ。出かけたルミナに「お願いします」と心の中でエトルはつぶやいた。
腰まであるローブを羽織りフードを被ったルミナは、まず最初にギルドへと足を進める。現状ギルドはどうなっているのかの確認のためだ。
ギルドにつくと、中へ入る。誰もいない。異様な光景だ。冒険者ぐらいはいてもおかしくはないだろうと、そう思ったルミナだったがふと思い出す。
「あぁでも、そういえば……ガルーダ討伐に冒険者が出てるんだっけ。それならいないのは分かるかな」
内部をキョロキョロ見渡した時、ふと2階へと顔を上げる。声が聞こえた。女の人の怒鳴り声だ。
「多分……じゃなくても、さっきの人っぽいね」
一応確認するため、ルミナは2階へと上がるとその閉まっている扉の1つに、一度フードだけを取って耳を澄ます。カティエと別の人の声が聞こえてきた。
「だからあの冒険者はどこなの!? そいつなら知ってるはずでしょう!!」
「ですから……彼がそんなことをする人間でないことはみんな分かってます。だから彼は無罪で……」
「いいからそいつ呼んできなさい! すぐに捕らえて吐かせてやる!!」
その声のやりとりに、ルミナは呆れるようなため息をついた。恐らく何度も同じことを言って、その繰り返しなのだろう。
エトルをここに連れてきて「何も知らない」ことを言ったところで、母は納得するのだろうか? そんなことは絶対にありえない。何が何でもエトルを悪として処罰するに決まってる。
恐らく、カティエが最終防衛ライン、とも言えるだろう。ここで折れてエトルを探させることになったら状況は悪化する。きっと誰にとっても良い結末には転ばない。
「しょーがないなぁ……」
ルミナは再びフードを被ると、「もう少し耐えてて」と小さな声で扉に囁くとギルドを後にした。
次に向かったのは、エトルが教団の信者たちを見かけた場所だ。先ほどエトルからその人たちの情報を聞いた際に場所も聞いている。
そこにたどり着けば、信者たちはおらず、代わりに何処かへと向かおうとしていた信者たちが少し離れたところに見えた。ここは駄目だと分かったのか、場所を変えているか、あるいは帰ろうとしているのだろう。
ちょうどいい。ルミナはそんな風に笑みを浮かべると、街の壁や看板等、物陰に移動して信者たちの後を追う。直接聞くより、盗み聞きの方が意外な話が聞けるからだ。
「(……あれ? でも……)」
ふとルミナは疑問に思う。確かエトルの話では5人ぐらいと言っていた。
しかし今はどうだ。ここには2人しかいない。別々の所へ向かったのだろうか。
とはいえ、今は気にしてる余裕はない。物陰に飛び移りながらルミナは信者2人の後を追う。
「あぁ、何故だ。何故誰も耳を貸さない」
信者の1人、男の嘆き声が聞こえる。
「熱心に聞いてくれたのは1人……まだ子どもとはな」
その隣の別の1人から有力な情報を聞けた。ルミナは隠密を続けつつも話に耳を傾ける。
「だが子どもならばきっと、良き信者になるだろう」
「うむ。楽しみだ。彼ならばきっと我らが教団の教えを広めてくれる! あの身分だ、誰しもが耳を傾ける!!」
どうやら当たりのようだ。この信者たちがその子どもの、以前エトルが助けてた子どもに違いない。
となると、残りは場所だ。このまま追跡してもいいが、それよりもエトルや神父、ギルドに情報を渡した方が早いはずなのでどこにいるのか聞けばいい。このローブを着てきた理由も、下手に顔ばれして警戒させないためだったのだから。
ルミナは物陰から出ると、その2人に声をかけるために近付く。
「……あーごめんなさい。お兄さんたち、信者?」
声を低めにしながらルミナは2人に声をかけた。かけられた2人は驚きながらも振り返る。それもそうだ。今まで気配を隠しながら近づいてきたので、急に後ろから声をかけられたも同然だ。
「今ちょっと悩み事とかいろいろあって……」
「おぉ! まさか我が教団に興味あるものがいるとは!」
信者の1人がルミナに近付いてくる。ルミナは一定の距離を保つために後退りした。
「興味は……まぁある。でも場所が分からない。……さっきのおじいさんに話を聞きたいんだけど、どこにいるか知らない?」
「司祭様の事か? 今先ほど、この街の近くの遺跡へと新たな信者と共に向かわれた」
「そっか……ありがとう」
新たな信者とは十中八九その子どもの事だろう。ルミナは軽く礼を言ってから踵を返してこの場を立ち去ろうとする。しかしその目の前に信者の1人が立ちはだかった。
予想していたが、連れて行く気だ。そのまま従えば丁寧に案内されるのは明白だろう。
「(そんなのお断り、だけどね)」
ルミナは鋭く短い息をつく。信頼している人以外に指示されるのは好きではない。
辺りを見渡す。大通りで小道がない。それでも振り切るのは、鈍足そうな信者相手には容易なことだろう。
とはいえ、出来る限り逃走経路はバラしたくない。となるとアレしかないか。ルミナは目を瞑り、つま先で軽く地面に何かを書くように動かす。
「―――暗闇、広がれ、丸く、広がれ」
その足元から、漆黒の霧がブワッと広がる。周囲の視界が一気に濃くなり、互いの姿が見えない。
広がると同時にルミナは背を低くして駆け抜け、ついでと言わんばかりに立ちはだかっていた信者の1人の背を蹴り飛ばす。蹴られた信者はうめき声をあげ、地面へと落ちる。
「(大成功っと)」
漆黒の霧から抜け出した勢いのまま全速力でルミナはこの場を退散し、2人が追ってこなくなるのを確認するまで走り続けたのだった。




