冒険と意思と心 その2
次の日の朝。エトルは朝食を食べ終えるとギルドへと歩いて行く。今日も訓練のためにギルドの地下の訓練所を借りる予定だ。
今のこの街、フルーラはどことなく寂しく感じる。冒険者たちが遠征に向かったからだろうか。街の人たちはいつも通りに見えるが、どことなくソワソワしているようにも見える。
そんな人たちを眺めながら、ギルドの近くまでやってきたエトル。すると見覚えのある顔がギルドの前に立っていた。
「あ……ルミナさーん! おはようございま……」
「ちょっとこっち来て」
挨拶しようと駆け足で駆け寄ったエトルに、ルミナはエトルに向かって歩いていき、やがてすれ違うかのように何処かへと向かってしまう。言われたエトルは不可思議な顔をしながらルミナへとついて行く。
「……改めて、おはよ。エトくん」
ギルドから少し離れたところの十字路、そこでルミナは足を止めて緩やかな笑みを浮かべる。
「え……あ、おはようございます。……どうしたんですか?」
「今ちょっとね、ギルドで問題があって……」
珍しく、神妙な顔つきのルミナだ。何だろうと思いつつ、同時にそんなに問題ならギルドに向かうべきでは、とも思うエトル。
「今エトくんが呼び出されてる」
「……? だったらここまで来る意味がないのでは?」
呼び出されているのだったら向かうべきだ。そう思ったエトルで一歩進もうとした直後、不可思議な疑問が頭に浮かぶ。
何故、自分が名指しで呼ばれているのだろう? ランクが最底辺である自分なんて、名無しも同然だ。にもかかわらず自分が呼び出されてる。これまでなら理由はある程度察せる。
しかし一昨日までに事情は全部説明したし、それに対する処置も聞いた。これ以上一体何があるのだろう?
そんなエトルに1つだけ、心当たりがあった。
「……子どもの親に呼び出されてる?」
そう呟くエトルに対して、ルミナは頷いた。
「そ。あの子どもの親がね。私はあんまり知らないけど、あの様子からして逆恨みか何かだろうね」
「……内容は聞いたんですか?」
エトルの質問に、ルミナは再度頷いた。
「外からだけど、あんなデカい声なら嫌でも聞こえたよ。……『自分の子が失踪した』って」
「……え、え!!? またですか!!?」
まさか性懲りもせずに親から離れるとは。どうしてそれが自分に繋がってしまうのか。やり場のない感情にエトルは頭を抱える。
そんなエトルを見て、ルミナは片腕を上げて頬杖をつくような体勢になる。何か問いかけるような顔だ。
「一応聞くけど、昨日の夜は何処にいたの?」
「昨日ですか? 昨日は夕方に宿屋に帰ってからそれっきり。外には一切出ませんでした」
「……となるとやっぱり違うよね」
違う? ルミナの一言に首をかしげるエトル。
「うん。失踪したのは昨日の夜辺りからだって。夜出てないならエトくんは関係ないし」
さも他人事のように言うルミナ。
確かに自分には関係のないことだ。ましてや今回の件は自分が原因ではない。それどころか自分の知らないところで知らない事件が発生していた。エトルには全くの無関係だ。
「……確かに、今回の件に関しては僕自身は関わってないけど」
しかし。それを「自分は関わってないから」と言う理由でエトルは何もしないはずがなかった。
「……探しましょう。街の人たちに訊けばある程度情報は集まるはずです」
「ふふっ。そう言うと思った」
まるで予言通りに行ったかのような軽い笑みを浮かべてルミナは頷いた。どうやら彼女も協力しているようだ。エトルは思わず安堵の息をついた。
「じゃあ30分程度時間が経ったら……教会に集まろっか。今日はギルド行っても仕方ないし、教会なら普段人もいないから大丈夫だろうからね」
「分かりました。……じゃあまた、教会に集合で」
そういって2人は頷き合うと、お互いに違う方向へと向かって歩き、情報収集を開始した。
予想していたことだが、やはり一筋縄ではいかなかった。大半の人が「知らない」「見てない」との声が多い。それもそうだ。起こったのは昨日の夜。夜になると人は出ることは少ない。「見た」という人に関しても「どこに向かったか」までは知らない。
有力な情報がないまま時間だけが経過してしまった。
「……一度戻らないと」
とくに戦果のないまま戻るのは申し訳なくなるが、今は約束の方が大事だ。エトルは額を軽く抑えた後、教会へと向かって歩き出そうとした。
ふと、あるものを見かけて足が止まる。昨日見かけた謎の宗教の人たちだ。中心には老人もいた。今日は場所を変え、露店がいくつかある道の端で演説をしていた。もちろん人はいない。
「もしかしたら……」
もしも昨日の夜まで演説をしていたというなら、子どもを見かけたかもしれない。そう思ったエトルは5人ぐらいの集団に歩み寄る。
「あの、ちょっといいですか?」
「おぉ! もしや我が教団に……」
「昨日の夕方から夜、これぐらいの子どもを見かけませんでした?」
話を遮ってエトルは自分の腰のあたりまで手を添えて尋ねてみる。その人たちは顔を見合わせた。どうも宛てはあるように見える。
老人はこう答えた。
「でしたら我が教団に……」
「じゃあいいです。自力で探します」
これは駄目だ、と思ったエトルはすぐに話を切り上げてそそくさと立ち去っていく。昨日のように老人が何か言っているかのようだったが、気にしてても仕方ない。
逃げるかのようにその場を離れ、教会にたどり着いたエトル。中に入るとルミナと神父がいた。
「あ。おかえりエトくん」
「ようこそ、エトルさん。……その顔だと、どうやら収穫がなかったようですね」
事情を知っている、と言うことはルミナが先に話したのだろう。神父の言葉に、エトルは軽く頷いた。とはいえ情報は情報だ。エトルは人々から得られた情報を2人に話した。
「……やっぱり、見ててもどこに行ったかまでは知らないかぁ」
ルミナは長椅子の1つにある、その辺で拾ってきたかのような小石がいくつか置いてある地図を眺めながらそう呟いた。地図にはフルーラの構図が描かれている。
「こっちもダメ。どこで見かけたか、までは何とか整理できたけど、どれもまばらでどこに向かったのか分からない感じ」
「分からない……あぁ、そういえば」
エトルは昨日の夕方、そして今日のつい先ほどの教団らしき人物たちのことについて話した。もちろん特に意味はないが、念のためだ。
すると、その話を聞いていた神父が「ふむ……」と言って内陣から一度奥へと消える。ちょっとしたら手に何かを持って現れた。
「エトルさん。その方々にこんな紋様があったのを見かけませんでしたか?」
「……はい。確かにこんな変な紋様のローブ着てましたね」
プレートに書かれている紋様を見て、エトルは頷いた。やや複雑そうに見える、鳥の骨格のような紋様は印象にあったので間違えるはずがない。
それを見てか、神父はそのプレートをルミナに見せる。ルミナも見覚えあるかのように瞼を少し開いた。
「……ルミナ。以前貴女はこの教団のことを『単なる押し付け』という話をしてましたよね。覚えてます?」
「流石の私でも2週間ぐらい前のことぐらいは覚えてる。……何? そいつらここにいるの?」
「そうらしいですね。……これは推測に過ぎませんが」
そういって間を置き、神父はエトルとルミナを交互に見た。
「今回の失踪事件、彼らが関わっている可能性があります。尤も、関わったとしてたら何故そうしたのかは一切不明ですがね」
そう言った神父。
エトルは「確かに」とつぶやく。しかし同時にどういうもので、何故そのプレートがあるのかは分からない。
「あの……すいません、その教団って一体? それにそのプレートは?」
「あ。エトくんは知らないか。……そうだね、教団のことは私はほとんど知らないけど、そのプレートの経緯は知ってるよ」
エトルの質問にルミナは両手を軽くたたく。そしてルミナはエトルに2週間ほど前の事の経緯を話すことにしたのだった。




